前世の上澄み掠めて
「フィーネ様、シャーリー様、それにリコさんとそのご家族様方。料理の方はいかがでしたか?」
あーだこーだとアレクやエリス、スタンがフィーネさんに意見を述べているときに、一人の男性がフロアへと現れた。
「あっ、パパ!」
給仕を務めていたメイがその男性を見て喜びの声をあげる。現れたのは、この料理を作ってくれたシェフであるヨハンさんだ。中肉中背で温厚な面立ちの男性だ。ヨハンはメイに軽く微笑むと、再び俺たちへと向き直る。さりげない動作だったが、そこには娘に対する父親の情愛が示されているようで、それを見た俺の胸中に淡い羨望が湧き上がる。
「とても美味しかったわヨハン。これなら問題なくオープンできる出来だと思うわ」
「おう、メチャ美味かったぜ。まだ食い足りねえくらいだ」
フィーネさんは幼い頃よりヨハンさんと付き合いがあるため、親し気にそう告げる。シャーリーはこの中で一番料理を平らげていたが、まだ足りないといった感じで自身の腹を叩いて、そうアピールする。本当なら下品と思わされる作法なのがろうが、シャーリー程の美人がそれをすると全くそのような感じを受けない。むぅ、美人は得だというけど、シャーリーレベルで不作法だと不公平感を感じるな。
「お褒めに与り光栄です。リコさんはいかがでしたか」
更に腰をかがめ、俺にそう聞いてくるヨハンさん。まあ、これまでの過程を経れば、そうなるのは必然ではあるのだけれど。
「はい、問題ないと思います。とても美味しかったです。俺の稚拙なアドバイスでよくこれほどのものを作り上げたとただ感服するのみです」
俺が料理チートを行使しようと、現代レシピをフィーネさんに提示した際、すぐに引き合わされたのがヨハンさんだった。ヨハンさんは馬鹿にすることなく、俺の提言に頷いてくれ、労を惜しまずそれを実現しようとしてくれた。俺はそこに本当の料理人の矜持を見たのだ。
「いえ、全てはリコさんの教えがあったからこそです。数々の料理の既成概念を打ち破り、観賞用であったトマトをまさか食用として流用し、ここまで昇華するとは。お陰で料理の幅が大きく広がった。リコさんがいなければ、私は所詮旧弊に囚われた一人の凡庸な料理人に過ぎなかったでしょう」
ヨハンさんは微笑みながら、俺にそう言ってくれる。俺もヨハンさんにニィと気安げに微笑んでみせる。俺たちがここまでに信頼をする間柄になったのも、フィーネさんを介して、仕事があったからだ。最初は俺がフィーネさんにマヨネーズを売り込んだのだが、フィーネさんがそれを気に入り、そこから話はとんとん拍子に進んでしまった。
俺たちがここまでくるのには、長い商品開発の歴史があったのだ。知識もあいまいな俺のレシピを、ヨハンさんは鍛え上げられた経験と舌で超一級のものへと完成させた。
その過程でトマトも発見できたのもよかった。この世界で庭先に置かれていたのをよくみたが、食事にあがらなかったのを疑問に思っていたが、ヨハンさんに観賞用の植物と教えられ合点がいった。
前世でもトマトは発見後もしばらく観賞用であった。匂いがキツク食用に適していないと思われていたのだ。実際、この国のトマトも酸味や渋みが強すぎ生食には厳しいが、調理する分には申し分ないレベルであった。
「ええ、本当に素晴らしい発見だったわ。トマトはまだ一部のやんごとなき方々にしか召し上がっていただいてないけど、とても好評よ。いずれ、この国でもポピュラーな食材となるでしょうね」
「リコの考えた乾燥パスタも結構好評だよな。結構冒険者の間でも評判いいぜ。あとは缶詰めさえ完成すりゃ旅先でもミートスパゲッティが食べられるな」
缶詰めは今、フィーネさんか懇意にしている職人さんがたえず研究中だ。大分モノにはなってきているらしい。
フィーネさんと商売するようになって思ったが、アイデアというのは金になる。前世でも主婦が便利グッズで億万長者というのをテレビで見たが、異世界でのそれは絶大な効力を誇る。
別段、天才というわけではない俺だが、アイデアを提言するだけで、この世界の一流の人材が奮起してモノにしてくれる。そして、提言しただけの俺が称賛されるのは複雑な気分だ。俺はただ前世の上澄みを掠め取っているに過ぎないのだから。
「リコさんのご教授のお陰で私も料理人としてまた一つ上のステージに上れました。本当に感謝しております」
「そんな。ヨハンさんがいなけれは、こんなに見事な料理はできませんでした。全部、ヨハンさんのお陰です」
ヨハンさんは俺の言葉になにも言わずに優しく微笑む、そして、満腹そうに腹をさすっているアレク、エリス、スタンたちを目を細めて見た。
「それでは最後に、リコさん直伝のデザートをお出ししたいのですが大丈夫でしょうか」
「デザート‼ 食べられますっ‼」
エリスが途端にシャキッと背を伸ばし答える。そのあからさまな反応にフィーネさんやシャーリーが小さく笑みをこぼす。ヨハンさんも優しく微笑むとパンパンと手を叩いた。すると、メイたちが奥からデザートのトレイを手にこちらへとやってきた。




