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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
パパ志願者と笑う少女
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試食会


「お待たせいたしました」

「「「おおっ⁉」」」


 メイを含めた給仕の女性たちが持ってきた多くの料理を見て、三人は歓声をあげる。あの後、フィーネさんに案内され通されたフロアは、洗練された装飾とインテリアのお洒落空間だった。そこで俺たちが着いたテーブルに並べられた料理は、デミグラスソースを使ったビーフシチューや、ハンバーグ、コロッケ、オムライスといったものから、ポークカツレツやパスタ、コンソメスープといった日本人がもっとも好む洋食であった。


「うわあ、すごいっ‼ 見たこともない、料理がたくさんあるね。お兄ちゃん、スタン君っ!」

「ああ、大したご馳走だぜ。なあ、おいィ⁉」


 はしゃぐエリスにそう答えながら、スタンがアレクに話しかけ絶句する。アレクの顔からは表情というものが一切抜け落ちていた。その瞳はただハンバーグしか映っておらず、もはや周囲の声も届く様子がない。微動だにせず、「ハンバーグにあの黒いソース、これはいったい……」と呟いている。基本、ウチは経済的事情で塩だけで食べてるからね。デミグラスハンバーグは得体のしれないものに見えるのだろう。


「大丈夫? アレク君、体調が悪いのかしら?」


 フィーネがそんなアレクを心配する。


「大丈夫です。ただこの子はハンバーグが好きなだけですから」

「そ、そう」


 ライクじゃなくてラブの方ね。ここでもアレクのあれが披露されてしまうのか。ちょっと楽しみかも。


「それじゃあ、頂きましょうか。リコもそうだけど、皆の正直な意見が欲しいから今日この試食会に招待したの。皆遠慮せずに意見を言ってね」

「じゃあ、皆食べようか。いただきます」

「「「いただきます」」」


 俺たちは手を合わせ、いただきますの挨拶をする。食事前の我が家の作法だ。だが、当然こんな習慣はこの世界になく、皆興味深く俺たちを眺めていた。


「面白いな、それ。スラムの習慣かなんかか?」

「いえ、うちの習慣です」


 シャーリーが興味深げにそれを面白がっている。この世界は多神教だから、似たような食事の挨拶はある。アレクやエリスも最初はそれだったが、いつの間にか俺を真似るようになっていた。今では違和感なく皆で行なっている。


「それじゃあ、私はまずこれ食べよっと」


 エリスは我先にと茶色いデミグラスソースのかかったオムライスをスプーンでよそい、口へと運ぶ。そして、もぐもぐと丁寧に咀嚼すると、パアッと眼を輝かせた。


「美味しいっ! ふわふわでトロトロだし、この茶色いソースもまろやかで美味しー!」


 どうやら気に入ったようだ。パクパクと勢いよくオムライスを口へと運んでいく。


「こいつもいけるぜ!」


 スタンもビーフシチューを勢いよく平らげていた。俺もすこしばかり食べ、その洗練された味に驚かされた。ヨハンさんが完成させたデミグラスソースのレベルに、趣味の域を出ていない自分の力量を思い知らされる。


「うわあああ、美少年が、美少年が溶けてるうううぅ⁉」


 そんな感慨に耽っていると、一人食堂に残り、給仕をしていたメイの悲鳴が響き渡る。見ると、いつのまにかハンバーグを頬張っていたアレクの顔が見るも無残に崩壊していた。「失望はしたくない」などと呟き、ハンバーグを口にすることに葛藤していたようだが、ようやく食べたのか。


 だが、ゆるキャラになり損ねたようなその容貌に、慣れっこな俺たち以外は唖然としてアレクへと視線を注いでいた。まあ、初めはだれだってそうなるだろう。俺も当初は唖然としたが、今では普通に笑えるようになった。エリスやスタンも苦笑しつつ意に介さずに食事を続けている。


「り、リコ。彼は大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。仕様ですから」

「アハハハハ、面白ぇな」


 フィーネさんが心底心配する傍らで、シャーリーが大笑いしていた。この二人は本当に性格が対照的だな。繊細なフィーネさんと豪快なシャーリー。こういった態度にも性格が逐一表れている。そんななか、アレクがハンバーグを食べ終わった。


「あ、戻った」


 俺の眼のまえで、何事もなかったかのように瞬時に元の凛々しい美少年の面立ちとなるアレク。最早、魔法の領域に達しているのではないだろうか。どうゆうメカニズムなんだ、これ。アレクはホウッと嘆息すると、清々しい眼差しを湛え、口を開いた。


「……ハンバーグにソースをかけ、肉の本来の味が失われることが懸念でしたが、それはいらぬ心配だったようです。肉とソース、この二つの味が互いを高めあい、口の中で混然一体となり広がる。ハンバーグの新たな可能性、しかと味わいました」

「ギャハハ、次は真顔で語りだしたぞ」


 満足したとばかりに恍惚な表情を浮かべるアレクに、シャーリーが下品なまでに大笑いを続ける。余程、ツボに入ったのだろうか。しかし、アレクはそのようなことは意に介さず、ハンバーグ以外の料理に手を付け始めた。


 料理はどれも素晴らしく、前世での洋食屋にも勝てるだけの完成度を誇っている。これだけのものが食べられるとは、小金を稼ぐために料理レシピをフィーネさんに教えて本当によかった。おかげで、俺はヨハンさんという素晴らしい料理人に引き合わせてもらい、現代料理のレシピを教え、こうしてありつくことが出来たのだから。


 試食会はつつがなく進められた。俺たちはフィーネさんやシャーリーと語り合いながら、欠食児童よろしく、大量にあった食事を瞬く間に平らげてしまった。会話も美味しい料理のおかげもあって和気藹々と進み、皆で試食会を満喫することができた。 


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