いざ、外食へ2
瀟洒な建物が並ぶ商業区を俺たちは歩く。ここ近辺は富裕層が住む高級住宅地と隣接しているため、店も宝石などを売る装飾店やら、貴族御用達のブティックなどといったセレブ御用達といった店が多い。当然、周囲を歩く人たちも皆上流階級やそれに近しい人たちであり、その身なりは一目でわかるほどに良い。
そんななかで、俺たち姉弟はというとなんとか浮かずに済んでいる。強い視線は感じるものの、それは概ね好意的であり、時折優しそうな初老の貴婦人などが挨拶をしてくれることもある。こんなことは前世では一度もなかった。いやあ、顔がいいってホントに得だわ。
「あ、お姉ちゃん、あそこ?」
エリスが少し先にある一際瀟洒な建物を指す。その建物はまさしく、フィーネさんがレストランとしてオープンさせるために買い取ったものだ。
「そうだよ、よくわかったね」
「だって、いい匂いがするんだもん」
確かに、すこしばかり離れているのに美味しそうな料理の匂いがここまで届いてくる。それは前世でよく嗅いだ洋食店の匂いと少しも変わらない。ふと、一瞬周囲の雑踏と、建物が前世での繁華街でのそれと重なる。
「そうだね。しっかり食べきるために朝ご飯は抜いてきたからね。はやく行こうか」
これは別に乞食根性を出して言っているわけではない。招待してくれたフィーネさんが、お腹いっぱい食べさせてあげるからお腹を空かせておいてね、とわざわざ言ってくれたのだ。それに応えねば男が廃るというものだ。
三人を促し、レストランへとたどり着く。扉を叩くと、「はーい」と中から給仕らしい可愛らしい少女がドアを開いて現れた。ブラウンの髪を丁寧に編み込んだ髪型と給仕服はまさにザ・メイド。そんな少女は俺たちを眼にすると、その大きな瞳をぱちくりとしきりに瞬きをし、そして黄色い嬌声を放った。
「きゃあああ、かっ、可愛いッ⁉ 妖精さんみたい、信じらんないっ!」
そして少女は俺の手をガシッと握ると、互いの鼻が触れ合わんばかりに顔を近づけてくる。この子、誰だ? 以前、フィーネさんに連れられてここに来た時には、こんな子はいなかったはずだが。
「ねえ、あなたエルフの血でも入っているの? 何か特殊なお化粧とかしてる?」
「いや、べつに」
「嘘ッ、それでこれ? 信じられない⁉」
少女は無遠慮に俺の頬をペタペタと触ってくる。さすがに無遠慮過ぎだし窘めた方がいいだろう。頬を触るその手を掴んで制止しようとしたとき――
「メイ、あなたやり過ぎよ。その子たちが私の客人ということを忘れないでね」
「まったく、可愛いものが好きっていっても限度があるぜ。しょうがねえ奴だなあ」
扉の奥より、烏の羽のように艶やかで真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばした女性と、かなりの長身の、紅蓮の如き赤い髪を無造作に腰まで伸ばした女性が現れる。フィーネさんとシャーリーだ。フィーネさんはいつもと変わらず、ドレスにもローブにも見える美しい装飾の施された清楚ないで立ちだ。シャーリーは珍しくスカートを履き、女性らしい恰好をしていた。スカートの裾からは、もふもふとした立派な尻尾が見えている。
「あっ⁉」
フィーネさんに諫められ、メイと呼ばれた少女はハッと我に返ったようだ。途端に顔色を悪くし、慌てて両手を万歳するかのように宙にあげる。
「あわわ、お客様ッ、申し訳ありませんッ。私、可愛いものをみるとつい我を見失ってしまって。で、でも私人間相手にこうなったのは初めてのことでしてッ。はわわ、フィーネ様のお顔に泥を塗ってしまいました、すみません」
あたふたとしながら必死に頭を下げるメイ。その様子をみるに、本当に我を見失っていたのかもしれない。まあ、メイは可愛らしい少女だし、怒りはないけどさすがにメイドがアレだと客商売に支障が出るからね。まあ、本人曰く人間相手には初めてらしいが。
「別にいいですよ。害があったわけでもないですし」
「ありがとう、リコ。メイは普段は真面目で有能な娘だから、私たちも驚いたわ」
「メイさんは最近お雇いになったんですか?」
以前、何度かここを訪れたときは見たことがない。レストランをオープンするのだから、フロアスタッフも必要だろうし。
「ええ。といってもメイはヨハンの娘なんだけど。給仕は他にも数名雇っているわ」
「ああ、ヨハンさんの」
ヨハンというのはこのレストランのシェフだ。ガキの俺にも腰の低い穏やかな人で、料理も食べさせてもらったが腕前も一流といっていい人だ。なんでもフィーネさんのお祖父さんが昔、その料理の腕前を買って支援し店を持たせたことが二人の縁だという。
ヨハンさんはその後、同僚の嫉妬から契約書をでっちあげられ店を取り上げられてしまったのだという。たまたま、街の食堂で借金を抱えながら下働きとして働いているのを見つけたフィーネさんが事情を聴き、今度はフィーネさんの出資の下でこのレストランを開くこととなったのだ。
「うぅ、フィーネ様のご寛恕のおかげで、私たち親子は生きていけてますぅ」
メイが、歓喜の涙を滝のように流している。コミカルな娘さんだな。ドジっ子っぽいし、メイドとしては侮れないところがあるかもしれん。
「で、その子たちがリコの家族なのね?」
フィーネさんが俺の後ろにいる三人に視線を向ける。振り向くと、三人とも大人しく俺たちのやり取りを見ていたようだ。どうしようかとばかりに俺の様子を窺っている。まあ、こういった場合初対面だと自分から名乗り難いよな。特にしょっぱなにメイが暴走してしまったし。
「はい、こちらからアレク、エリス、スタンです」
「アレクです。フィーネさんとシャーリーさんのことは姉さんから、いつも聞いてます」
「エリスです。きょ、今日はお招きいただき、本当にありがとうございます」
「スタンです。どーも、よろしく」
三人は三者三様に挨拶をする。アレクはさすがに堂々としている。エリスは普段あまり接さない大人の女性を眼にして、目をキラキラと輝かせている。スタンは変わらず飄々としているがさすがに礼儀正しそうに頭を軽くさげた。
「ふふ、しっかりした子たちね。私はフィーネ。リコのビジネスパートナーよ。よろしくね」
「おう、ガキンチョ共。あたしはシャーリーだ」
優しく微笑むフィーネの隣で、シャーリーが腕を組みながら自慢げに胸を張る。メイも改めて俺以外の家族に視線を向け、そして目を丸くした。
「はわわ、アレク君って王子様みたい。どえらい美形じゃないですか。それにエリスちゃん、リコちゃんに負けず劣らず可愛い。リコちゃんが妖精なら、エリスちゃんのそれはこ、こね、子猫ひゃ」
夢遊病者のように、フラフラと両手を突き出しエリスへと近寄ろうとするメイ。エリスは咄嗟に「ひっ」と怯え、俺の背後に姿を隠す。しかし、すぐさまその頭部にシャーリーのチョップが叩き込まれた。
「ていっ」
「うぎゃぅ」
失神したメイをシャーリーが小脇に抱える。
「こんなところで立ち話なんてアレだろ。とっとと、中に入って食いながら話そうぜ。ガキンチョ共も腹減ってんだろ」
フィーネさんも苦笑しながら、俺たちを中へと招いてくれる。
「さあ、入って。今日はオープン前の試食会ですからね。たくさん食べて、遠慮なく意見を言ってね」
その魅力的な発言に、三人は子供らしい歓声を上げた。




