いざ、外食へ
「よし、皆着替えは済ませた?」
俺が皆にそう声をかける。
「ええ、問題なしです姉さん」
「うん。私の髪の毛おかしくないかな、お姉ちゃん」
「ったく、飯食いに行くだけだろ。なんで、大ごとみたいになってんだよ」
アレク、エリス、スタンが俺の呼びかけに各自それぞれの反応で応える。
「駄目だよ、気合を入れていかなくちゃ。フィーネさんはビジネスパートナーなんだから。今回はあくまで商談であることは変わらないし。あんまし酷い恰好で行って幻滅されても困るだろ」
「だからって、スラムで着れねえような一張羅まで用意する必要あったかあ?」
スタンが自身の着ているしっかりと仕立てられた洋服を、少しばかり呆れたように見ている。それは今回奮発して皆に揃えたものだ。スタンが言うようにスラムで着ていたら、すぐさま目をつけられてしまうような代物だろう。
きちんと刺繍の施されたベストやしっかりとした仕立ての白いシャツ、しっかりと染められた茶色のズボンを身にまとったスタンは、いいところのお坊ちゃんといった様に見える。
まあ、こいつも顔面偏差値は結構高い方だからな。基本顔のパーツは整っているし、十二分にイケメンの資格を備えているといっていいだろう。後は減らず口さえ減れば、女の子にもモテるに違いない。だが、うちにはアレクという存在がいるため、スタンのそういった面は可哀そうかな目立つことはない。
「そう言うな、スタン。然るべき場所に然るべき格好で臨むのは当然の礼儀だよ」
微笑みながら、スタンをそう諭すアレク。アレクもスタンとほぼ同じものを纏っている。だが、しっかりとした恰好をしたアレクは、まさにお忍びで街に出てきた王子様といった様子だ。艶のある黒髪に、涼やかな切れ長の目、赤い唇、形のいい鼻などまさに神がもたらした配合といわんばかりの目鼻顔立ち。絶世がつく美少年のアレクが側にいると、スタンでもそこらへんの少年Aみたいに感じられるほどだ。
「お姉ちゃん、どうかな? 似合う?」
そう言って、俺の眼のまえでくるりと全身を一回転させるエリス。フリルの入ったブラウスにスカートといったいで立ちのエリスも、アレクと兄妹であるのは当然といわんばかりの美少女だ。エリスもまたちょっとお目にかかれないレベルの美貌で、対抗できるのはモーラや今日会うフィーネさんやシャーリーぐらいしか俺は思いつかない。
背中まで伸ばしたキラキラと光る金髪や、艶やかな肌、美しく愛らしい顔立ちなどは、少し整えただけで瞬く間にピカピカと光る。スラムでは目立たぬよう、わざとみすぼらしく振る舞っているが、それでも最近はエリスの魅力を隠しきれなくなってしまっている。
「うん、似合ってるよエリス。凄く可愛い」
「ありがとう。お姉ちゃんもすっごく綺麗だよ」
エリスが頬を紅潮させながら、俺の全身を眺めるように見てくる。俺が着ている純白のワンピースはフィーネさんから貰ったものだ。是非着てほしいと言われたので、ちょうどいい機会だったため今回着ていくことにした。中身が男の俺にとって、スカートというのはいまだに慣れないが、まあ我慢するぐらいのことは容易い。
男の自我が蘇ってから、早二年。当初はあやうく立ちながら排尿しようとしてしまったこともあるが、今はもうそんなことも無くなっている。前世では標準装備されていたマイサンの感覚ですら、もう思い出すことも難しいぐらいだしな。
薄暗い路地裏から通りを見ると、日も高くなってきているため人も大分多い。今回、うちで着替えると大分悪目立ちしてしまうから、人気のすくなそうな路地裏のここで着替えを行なったのだ。男たちは手早くその場で着替えさせ、当然俺とエリスは木箱の陰で互いに布で体を隠し、男性陣に見張らせつつ着替えた。冬の最中、路地裏での着替えは中々に寒かったが、スラムで鍛えた耐寒性能は伊達ではない。
「よしっ、じゃあ行くか」
気合を入れて俺は皆にそう声を掛ける。皆が頷くのを確認し、防寒用のコートを羽織り、脱いだ着替えを愛用しているずだ袋へと入れると路地裏から出る。向かう先はフィーネさんがオーナーを務め、今月オープンさせるというレストランだ。今回はフィーネさんから是非、うちの家族も一緒にということで皆でお邪魔することとなったのだ。
「お店でご飯なんてすごいねぇ」
「ああ、しかも富裕な商業区にあるお店らしいしね。楽しみだね」
「まあ、タダ飯食えんなら高かろうが、安かろうがありがたく頂くけどな」
皆、思い思いに期待を口にする。
ああ、でもおめかしして外食なんていつぶりだろうか。前世でも、社会人になってからは両親と月一でちょっと高い店に行ってたな。健ちゃんや優ちゃんが泊まりに来た時も、よく連れていってあげたっけ。なんか、最近殺伐としたことも多いから、こういうことが凄く嬉しい。なんだかテンション上がってきたかも。




