居場所
俺はその日、一人帰路へと歩いていた。
今までモーラの家で、クリスを交えてモーラと三人、魔法訓練を行なっていたのだ。
あの同盟を結んだ日から、俺はちょくちょくモーラと情報の共有を行なっている。
モーラは元は貴族の嫡男だったらしく、様々なことを知っていた。魔法の一般的な学問体系などの他、この国の文化や風習、貴族たちの思想など様々なことを俺は教わった。
そのおかげで、今後の見通しもたち、魔法の新しい鍛錬なども思いつくことができ、並々ならぬ恩恵を得た。
いやあ、同盟っていうのは最高だね。
「お」
薔薇色の未来を妄想しニヤニヤと頬が緩んでいた俺の視界に、一人の少女の姿が映る。
その少女は大きな木の箱に縄を括り付けたものを懸命に担いでいた。何を運んでいるのかは分からないが、顔を真っ赤にし、冬だというのに全身に汗をかいている。
「んしょ、んしょ」
その少女はノアだった。ガイという眉をひそめたくなるような男がリーダーのグループに属する痩せっぽっちの女の子だ。その体はこの近辺の子と比べてもガリガリで、体も髪も真っ黒に黒ずんでいる。着ている服もみすぼらしく、シャツと膝までのズボンもボロボロだ。見ているこっちが寒くなってくるほどに。
「あっ」
ノアも俺の視線に気づいたらしく、俯きがちだった顔をあげる。そして、ニパァと花が咲いたように笑顔となった。何度かこの子を見かけたが、こんな境遇なのに常に明るい笑顔を見せている。だが、それが何故か俺の胸に引っ掛かる。どこかに違和感を覚えるのだ。
「こんにちはー」
天真爛漫ともいえる笑顔で、俺にそう挨拶をするノア。
「うん、こんにちはノア」
「えっ、ノアの名前知ってる? えーっとっ」
「リコだよ。以前炊き出しであったよね。ガイさんのところのグループの子でしょ」
「え、そうだったっけ。うーん」
思い出せないらしく、ノアはうんうんと首を傾げながら唸る。そんなノアに微笑みながら、俺は能力を視てみることにした。
【ノア】
種族 :人間
性別 :女性
年齢 : 9歳
HP : 42
MP : 0
力 : 22
防御 : 17
魔力 : 0
早さ : 27
器用さ: 18
知力 : 25
魅力 : 38
武器適性
剣 :F
槍 :F
斧 :F
弓 :F
格闘:F
杖 :F
特に何かに秀でた少女というわけではない。むしろ一般平均よりも低いぐらいだろう。少女のこの能力の低さがグループ内での立ち位置を決定してしまっているのかもしれない。
更に注目すべき点がもう一つある。それは先天的に魔力がないということだ。こういったことも想定していたが、実際目にしてみると少しキツイ。今は魔法が使えないことが一般的だから問題ないが、もし魔法が誰にでも使える世界となったら、この子みたいな子が異端な弱者とされてしまうだろう。まあ、それは遠い遠い未来の話であるけど。
「ところで何をしているの」
一通り能力を確認した後、俺はノアにそう問いかける。見たところ、ガラクタやゴミ、岩などを木箱に積んでいるが、いったい何に使うのだろうか。
「うん、ノアね、皆のお手伝いをしているの。これをお家まで運ぶんだよ」
ノアは誇らしげに胸を張りながら答える。その時、縄を担ぐ肩に血が滲んでいるのが見えた。まあ、こんなものをこんな小さな子が運んでいたらそうなるのも仕方ないけど。
でも、こんなもの運んでも使えるようには思えないけど。本当に必要なのだろうか。
「ノア、肩から血が出てるよ」
「あっ、本当だ。気付かなかった。い、痛いかも、えへへ」
ノアが縄から手を離すと、その肩は赤く血で滲んでいた。ノアは痛い痛いと言いながらも、その笑顔は崩さない。
「手伝ってあげる。これをお家に運べばいいんだよね」
さすがに見過ごすわけにはいかない。何か手当ができるものがあればいいのだが、モーラの家に行くだけだったので、着の身着のままで出てきてしまった。なので、荷運びを肩代わりすることぐらいしかできることはない。
「えっ、いいよ。悪いよ」
「大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんに任せなさい」
ノアは一個しか下ではないが、その外見のみすぼらしさからもっと幼く見える。背も大分小さいし、まともに食べさせてもらっていないのだろう。今、何か食べるものがあればあげるんだけどな。買いに行くにはもう日も落ちるだろうし、遅すぎる。
そう思いながら、縄を肩にかけ木箱を担ごうとした俺は絶句した。
「お、重ッ⁉」
勢いよく担いだはずがビクリともしない。この子、こんなものを持って歩いていたのか。
「大丈夫、無理しないで。やっぱ、ノアが引くよ」
「いや、大丈夫。ふ、ふんっ」
気合を入れて引くと、ズズっと木箱が浮く。だけど、縄が肩に食い込みかなり痛い。やっとの思いで、俺は木箱を背に担いだ。
「本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。さあ案内して」
心配そうなノアに、やせ我慢で笑ってみせる。しかし、本当に重いな。全身の関節が痛い。
しばらくそうして、ノアと二人で道を歩く。ノアは暮れかかる空を見て、その色の変化に喜びながら俺に向かって「あれきれいー」と指をさす。俺はそれに笑って答えながら、ここ最近の葛藤を胸に治めながら、覚悟を決めてノアへと一つの提案を行う。
「ねえ、ノア」
「なに、お姉ちゃん」
「ノアは今のお家にいたいと思う? もしよかったら家に来ない? そうしたら温かいご飯も、お洋服もあるよ」
大分、踏み込んだ質問かも知れない。いたくないと言われたら、保護しなければ畜生になってしまうだろう。正直、他にもひもじい思いをしている子供たちは近辺にも沢山いる。でも、この子のみすぼらしさは他のスラムの子たちよりも際立っているからな。
だが、俺の眼のまえに唐突に現れた、仲間から愛されず、みすぼらしくて可哀そうなこの子を見過ごしたくないと、自分でも訳が分からないのだがそう思ってしまうのだ。完全にエゴではあるが、だからこそ今、家にいたくないと言ってもらえればすぐに保護しようと、唐突にだが俺は思いついた。
今日、こうやって話せたのはラッキーだった。アレクやエリスは喜んで賛成してくれるだろうし、スタンもなんだかんだ言いながら頷いてくれるだろう。正義感は強い子だしな。もし、この子を保護したらご飯を食べさせて、風呂に入れてやろう。衣類だって暖かいものを着させてやることができる。だが、返ってきた答えは――
「うん、ノアあそこにいたい」
満面の笑みで、平然とそう答えるノア。もし、いたくないと答えてくれたら、この無駄に重い荷の縄を下ろしてすぐ家へとノアを連れ帰ろうと思っていた俺は、その答えとノアの嘘偽りない表情に思わず息を呑んだ。




