同盟
「いったい何を言ってるのかな? どうして、そんなことを言い出したのか分からないけど、もしかして他の誰かにもそんなことを言っているの?」
一度大きく見開いた瞳を糸のように細め、首をいっそう傾げながらモーラが俺に感情のない声で尋ねてくる。突拍子のないことをいって怒っているのかもしれない。だって、目のハイライトが消えているもん。ちょっと怖い。
「い、いや本当のことなんだ」
「君がどうやってそういう考えに至ったのかは分からない。でも、有史以来魔法は貴族の血を引いてなくちゃ使えないとされているんだよ。それを覆した例はない」
モーラは信じられぬようだ。まあ、俺としては歴史上その事実に気付けた人物はいるのではないかと思っているが。今現在にそれが伝わっていないのは、なんらかの偶発的な事故でそれを知る人物やその集団が断絶したか、もしくは意図的に消されたからではないか。
だが、言葉だけではやはり納得できないだろう。ならば、実例を見せるしかない。百聞は一見に如かずだ。
「エリス、モーラに見せてやってくれないか」
「うんっ! 見てて、モーラさん」
俺が促すと、エリスはモーラの前に出て、両手をかざす。すると、淡い光と共に、掌に水が生成されていった。
「これはっ⁉ でも、もしかしたらエリスちゃんもなんらかの貴種の落とし種なのかもッ」
エリスの魔法を見ても、なおモーラはその可能性を貴族の血へと求める。まあ、気持ちは解る。俺もまだ完全には確信しているわけでない。アレクやエリス、スタンに貴族の血が混じっているという可能性は否定できない。俺には相手の力を数値にして読む、生まれながらの眼があるし、異世界での前世という記憶があるから魔法が血など関係ないという発想にたどり着いた。だが、生まれながらの現地人で相手の能力値など当然見れないモーラが中々に信じられないというのは無理もない話だ。
「俺もまだ完全に確証を得たわけではないけど、エリスの兄のアレクも魔法は使えるし、スタンだって使えるんだよ」
「まさか……」
モーラは俺の言葉に再び目を見開き、アレクとスタンを凝視する。
「ええ、僕は一日一回らしくて、もう今はもう使えませんけど……。それに、以前僕の父が、家は騎士の家系だけど、貴族の血は混じってないから僕やエリスが魔法を使えることはないだろうと言っていました」
「まあ、俺の家も代々下町の一般人だろうな。少し魔力が回復してきたし、今はどうかな……」
うなだれるアレクの横で、スタンは掌を掲げ瞳を閉じて集中する。途端に、その掌の中心に風が集まり、突風を起こした。
「ほ、本当に……⁉」
スタンの魔法の行使にモーラは再び驚愕する。エリス、スタンが続けて魔法を行使したのをみて、どうしていいのかわからないといったように瞳が揺れる。
「まだ、俺が試したのは兄妹であるアレクとエリス、スタンの三人だけだからまだ百パーセントの確信ってわけじゃない。でも、ほぼそうだと思う」
俺の相手の力を数値として読み取るこの眼の力で、MPや魔力の存在はわかっている。それさえあればきっと魔法は使える筈なのだ。
モーラは俺の言葉を聞いて、ギュッと眉間を指で押さえると、そのまましばらく考え込む。そして一つ大きく深呼吸する。魔法が誰にでも使えるという事実を伝えられ様々なことを考えているのだろう。
あけっぴろげに誰かに言うにはリスクが高すぎる情報だ。俺もモーラに伝えることを最後まで真剣に悩んだが、もし俺の家族以外の誰かにまずこのことを伝えるならモーラ以上の人物はいない。それに何が起きる分からぬスラムにおいて、モーラという有力な協力者を得られるならこれから先の生活において大きな力となると思ったのだ。
「話は分かったよ。まだ完全にではないけど、信じてみようと思う。何より、リコの言葉だからね。でも、魔法を使ってゴロツキを倒しまわる銀髪ゴブリンの話を聞いて、いい協力者になれるかもと思って引っ越してきたけど、まさかこんなとんでもないことを言い出す子とは思わなかった」
モーラはやけくそとばかりに苦笑いを浮かべる。
そういえば、モーラはこれほど強いのに何故皆で移り住んできたのだろうか。疑問に思い、聞いてみる。
「そういえば、モーラはなんであそこに移り住んできたの?」
「以前いた場所では少しやり過ぎちゃってね。僕はいいんだけど、家の子たちまで狙われるようになっちゃって。それに麻薬の汚染が酷くて治安がすごく悪くなってたから」
麻薬、そういうのもあるのか。秘密基地周辺はあまり地理的条件はよくないから、力のない子供たちばっかり住み着いているし、ご飯だって満足に買えないようなグループがメイン層だからか、そういうのは見ないな。
「まあ、それはおいといて……。リコ、君はこの話を家族以外の誰かにしたことはあるかい?」
「いや、モーラが初めてだよ。うっかり喋ると謎の組織に暗殺されるかもしれないし。世界を裏から統べる秘密結社とか」
俺の言葉にモーラは目をパチパチとさせると、声を漏らして小さく笑う。
「ふふ、面白いことを考えるんだね。でも、今まで黙っていたことは賢明だ。魔法が使えるだけならまだしも、もし魔法が誰にでも使えるなんて大っぴらにしていたら、秘密結社とかがいるかは分からないけど、よくない連中に目をつけられるのは確実だしね」
まあ、魔法が使えるだけなら貴族の血をひいてますで誤魔化せるし。そういえばドリスも言ってたな。たまにスラムでも魔法を使えるようになる奴がいるって。でも、そういった人たちの中にいったいどれだけ貴族の血をひいていた人がいたのだろうか。案外、気付いた奴とかもいそうだけど、やっぱ何代か遡って引いてる可能性もあるからなあ。断定はできなかったのかもしれない。
「リコ」
モーラが真剣な声となり、俺に語り掛ける。
「今の話、今後は誰かにする前に僕に相談してほしい」
「うん、いいよ」
もとより俺たち家族以外の判断基準も欲しかったところだ。モーラに今回の件を伝えたのは、それも理由の一つだ。俺はどうしてもこの世界の事情に乏しいし、前世の感覚を引きずってしまう。純粋な現地人で、博識そうなモーラはうってつけの協力者になるだろう。
「それともう一つ。僕もクリスに魔法を教えてみようと思う。そのためにリコの許可が欲しい」
「大丈夫。それも問題ない。というか、是非やってほしい」
「よかった。取り敢えずはクリスだけに教えるつもりだ。万が一使えなくてぬか喜びさせたくはないし、他の子だと情報が漏れるかもしれないしね」
確かに、モーラの信頼厚く誠実なクリスであれば他者に漏らすことはないだろう。それに俺を介さずにクリスが魔法を使えるようになったら、確信は絶対に変わる。
「とりあえず魔法を教える際に注意したこととか、上手い方法があったら教えてほしい。参考にしたいから」
「最初は相性のいい魔法をイメージするといいよ。クリスは全部問題ないけど、風だけは少し苦手かな」
以前、ステータスを視た際は風だけDで他はCだったはずだ。
「リコ、クリスの四元の相性がわかるの?」
「えっ⁉ ああ、うんまあね。昔から見ただけで大体わかるんだ」
「それは凄いな」
この眼のことも告げようかと思ったが、これに関しては家族にも大分ぼかして伝えている。自分自身でも完全に把握しているとは言い難いし、これぐらいの表現で留めておいていいだろう。モーラ自身は少し不思議そうに思っているかもしれないが、それ以上は追及してはこなかった。
「でも、これが本当であればすごいことになるな」
モーラははあ、と疲れたように溜息を吐く。
「皆魔法が使えれば、悪い人たちにいじめられることもなくなるしね」
「うん、僕たちスラムの子供たちの頼れる力になるね」
「生活だって楽になるしなあ」
アレクやエリス、スタンがモーラの言葉に追従する。だが、モーラはそういった意味だけでは捉えていないようで、そんな三人に力なく微笑む。
「まあね。でも、そうなったら絶対に介入してくる連中がいる。それにこのスラムの中心には国すらどうでもできないような信じられない連中もいるんだ。もし、彼らにこのことを知られて興味でも持たれたら僕たちの命はないだろうね。この力はまさに諸刃の剣だ。扱い方を間違えればこちらが滅びかねない」
モーラが言うのはスラムの暗黒街を指しているのだろう。そこのトップの六剣とかいう連中は冒険者でいったらSランクに匹敵するとかしないとか。そんな奴らとはさすがに敵対できない。アレクたちもその話を聞いて、少しばかり蒼褪める。
だから、魔法を全員に教えるというわけにはいかないだろう。真実の公表も控えた方がいい。信頼できる人たちだけに教えて、バレないように力を蓄えてスラムを脱出するのが賢明だろうか。その時は、モーラたちも脱け出せるように手助けしてやろう。全員を救うなんてのは無理ゲーだし、目指すは仲間全員でハッピーエンドだ。
「まあ、なんにせよこれほどのことを打ち明けてくれたんだ。正直、知らない方がよかったとも実は思わないでもないけどね。だから君たちとは同盟を結びたい」
「同盟?」
「そう、君たちと僕たちとの。これからは互いに一蓮托生だから。この秘密を抱えながら、共に助け合うのさ。この話はそれだけ重い話だからね」
「ああ、わかった。困ったときは互いに助け合おう」
正直、願ったり叶ったりの申し出だ。
「それと、さっきも言ったけどこれからこの件に関しては、互いの了承を得ることなく勝手に動くことはしないということを決まり事にしたい。いいね?」
「構わないよ」
よく考えたら、巻き込む形になってしまったな。秘密は共有する人数が少ない方がいい。でも、これでモーラという冷静で理知的な少年という同盟者を得ることができた。万が一俺に何かあっても、モーラなら皆を助けてくれるだろう。逆にモーラたちに何かあったら、俺が全力で助けよう。モーラもきっとそういう想いで俺に同盟を持ち掛けたのだろう。
「これからよろしく」
モーラが微笑みながら手を差し伸べてくる。
「うん」
俺はその手を迷わずに握った。




