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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
パパ志願者と笑う少女
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一蹴


「モーラッ」


 飛び出した俺に、全員の視線が集まる。あのクロスボウを構えた男も、呆けたように一瞬その動きを止めていた。好機とばかりに俺はその男に向かって火球を放つ。魔力を練る時間が弱いため、その規模は小さかったが、狙い通り男の持つクロスボウへと火球はぶつかり、小さな爆発とともに爆ぜた。


「アチイィィ‼」


 クロスボウごと腕を燃やされ、男は両腕の火を消そうとバタバタと腕をはたきながら地面へと転がる。


「誰だ、テメエッ‼」


 弓を構えた男が咄嗟に俺に向かって、その弦を引き絞る。弓矢を向けられるというのは、今までで初めての経験だ。でも、放たれてから防ごうとしてもおそらく間に合わないだろう。早く岩壁を作らないと。頭の片隅でそう思ったとき――


「えっ⁉」


 弓の男は、一瞬呆けた声を上げながら、己の胸をゆっくりと見下ろす。そこには岩の槍が深々と心臓に突き刺さっていた。モーラが俺に矢を放とうとした隙をついて、瞬時に放ったものだ。だとしても、なんというスピードと練度。俺なら長くタメを作らなければ、今の魔法は放てないだろう。


「ガフッ」


 ゴボリと口から血を溢れさせ、弓の男は膝をつき、そして前のめりに倒れた。糸が切れたようにピクリとも動かなくなってしまう。


「あ……」


 転生してこのかた、多くの荒事をこなしてきたが、それでも目の前で人が殺されるというのは初めての経験であった。もう動かない男の姿を見ながら、意識せず気の抜けた声が口から零れる。


「ごめんね」


 そんなときモーラと視線が合う。モーラは俺に対し、そう謝ると同時に地面へと手をついた。途端に大地が震動し、そして地面を這うように三方向に鋭利な岩が隆起し走っていく。


「ぎゃああッ‼」


 俺の登場から弓の男の死までの出来事に、その動きを止めてしまっていたモーラを挟撃した男たちは、その魔法の速さに避けることもできず、下からせり上がる岩に体を貫かれ上方へとモズのはやにえのように突き上げられる。貫かれた男たちはビクンと体を痙攣させる。だが、だらりと手足は垂れさがっており、HPを確認するまでもなく絶命は明らかであった。

 そしてもう一方に放たれた魔法は倒れ伏しているクロスボウの男を同様に貫いていた。もとより火傷で立ち上がることもできなかった男は、声を上げることすらできず、のけ反るように岩の剣山に突き刺さっていた。その姿はなんらかのモニュメントのようにも見える。


「さて、と」


 モーラは残りの一人の男へと眼を向ける。唯一の生き残りである最初に攻撃を仕掛けた男は、その視線に恐れおののき、命乞いを始める。


「たっ、助けてくれッ。俺が悪かった。金ならあるッ!」


 だが、モーラは取り合うそぶりも見せず、氷のような声でそれを突き放す。


「あなたたちは前回もそう言った。それがこのありさまだ。隠し武器で仕留めようとは随分手の込んだことをする。助けがなければ危なかったかな? そんな相手をまた許すほど、僕は寛容ではないかな」

「ひぃ」


 引き攣った声をあげながら、男は背中を見せて逃走を図る。モーラはチラリと俺を見た後、手を振りかざし、大きな岩の槍を生成するとその背中へと投擲する。一直線に放たれたそれは、男の背中を突き破り貫通した。

 断末魔の悲鳴をあげながら男はつんのめり倒れ、そしてそのまま動かなくなった。男の体からは赤黒い染みが水たまりのように溢れていく。


「これは……」


 その凄惨な光景に息を呑む。あっという間に五人の命は絶たれてしまった。相手の自業自得ではあるかもしれないが、それを顔色一つ変えずに行う覚悟とその技量は凄まじい。モーラは俺などより遥かに多くの修羅場をくぐってきたのかもしれない。


「ありがとう。おかげで助かったよ。さっきのは本当に肝が冷えた。君がいなかったら僕が殺されていたかもしれないね。彼らには前も襲われて撃退したんだけど、中途半端に見逃したのが仇になってしまったかな」


 モーラは少女のような柔らかな表情で、俺に微笑みかける。俺が殺人という罪の意識を感じていると思ってそう言っているのかもしれない。俺もモーラの道理は間違えていないし、正しいと思う。ここに住んでからこのかた、自分が人を殺す想像だって何度もしたし、その行為の正当性について何度も思案した。だが、実際に目にしてみるとそれは言葉では形容できない呆気のないものであり、それゆえに途方に暮れてしまうような感慨を覚えるのだ。


「いや俺は、ット」


 いかん、素で返事してしまった。目の前のインパクトにキャラを作る余裕もなかった。危ないところだったぜ。一応正体は隠しておいた方が後々便利だろう。なんのために仮面をつけている。さあ、イケボ発動だ。我はスラム街のダークヒーロー、銀髪鬼なりや。


「イヤ、ワレハタマタマトオリガカッタダケダ。ギヲミテセザルハユウナキナリトイウシナ。キニスルナ」

「ぷっ」


 俺がそう話した瞬間、モーラが手に口を開け瞬時に俯く。長い髪で顔が隠れてしまい、表情はわからない。でも、あれ? いま、笑った? あのいつも穏やかなモーラが?


「う、くく。ご、ごめんなさい。ちょっと唾液が変なとこに入って」


 モーラは涙目で顔を上げ謝ってくる。なんだ、笑ったわけじゃないのか。まあ、唾液が気管に入ったらしょうがないな。よくあることだし。結構つらいんだよな、アレ。


「ソウカ、キニスルナ」

「うぐぅ」


 俺がそう答えると、モーラは両手で口を押さえ俯き、その肩を激しく震わせる。そんなに大量に唾液が、ってわけじゃないよな。これは絶対に笑ってる。あれ、この声ってもしかして……。


「コノコエハヘンナノカ」

「あはははは。ごっ、ごめんなさい。でも、ゴブリンの鳴き声みたいだよ。まあ、だからこそ銀髪ゴブリンなんだろうけど」

「ギンパツキ……ナンデスケド」

「ぶふぅ」


 耐えきれなくなったのか、再び吹き出すモーラ。ぬう、やはりこの声は変みたいだ。スタンの言っていたことはからかいではなく事実なのか……。アレクやエリスが褒めてくれたから問題ないと思っていたが、あれはただの忖度だったのではないか。だとすると、今まで俺が描いていたクールなダークヒーロー像が、途端にコメディチックになってしまう。そう考えると、ぶわっと脂汗が全身から流れ出してくる。今まで、俺はいったい何を……。

 せめて普通に話すべきだったか。そう俺が変えられない過去に苛まれていると、笑い終えたモーラが、気安い様子となり友人に話すような口調で話しかけてくる。


「まあ、そんな喋り方をするくらいなら普通に話したほうがいいと思うよ」

「ソ、ソウカナ」

「うん。せっかく元の声は綺麗なんだし。でも、リコはなんで銀髪ゴブリンなんてやってるの?」

「ソ、ソレハマホウガツカエルコトガバレタラ、ヤバイソシキニネラワレルカナッテ……あ⁉」


 モーラの気安い口調に、つい俺も乗っかりいつものように会話してしまったが、答えてから初めて自分の名前を呼ばれたことに気付く。モーラを見ると、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、こちらをジッと見つめていた。


「あー、その」

「うん、やっぱりリコだったんだね。まあ、予想はしてたけど」


 どうやら大分前から疑われていたみたいだ。美少女然としたモーラのしたり顔を見て、俺は取り繕うことを諦め、今まで作り上げたダークヒーロー銀髪鬼の設定を全て脳内でボツとした。




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