狡猾
「あれ、少ない?」
量だけはキッチリ確保してくれる大地母神の神殿の炊き出しにしては、与えられたスープは少なかった。なので、恵んでもらう立場ではあるがそんな意見もポロリと出てしまったのだ。
「ごめんなさいね。最近食料品の値段が上がってきて。辺境で魔物が増えているのが原因らしいけど」
神官さんが本当に申し訳なさそうに謝ってくる。うぅ、ただ恵んでもらっているだけの立場で、なんてことを口に出してしまったのだろう。
「こ、こちらこそすみません。施しを受ける立場なのに」
「いえ、私たちも本当はもっと炊き出しをしなければならないんです。でなきゃ、罪滅ぼしが」
「え、罪滅ぼし?」
意外な言葉が出てきたことで思わず面食らってしまう。施しを与える立場から罪滅ぼしとはいったいどういうことなのだろうか。
「およしなさい」
一番歳のいっていると思われる神官が窘めてくる。窘められた方も気まずそうな顔でそれ以上は何も話さなかった。仕方なく固い味気のないパンとスープを啜っていると、少し遅れて一つのグループが現れた。やたらオラついた雰囲気の少しガタイのいい男を先頭に、両手にケバイ女を侍らせ、その取り巻きも変に服を着崩した感じの威圧的な雰囲気を放っている。
「おら、どけっ」
「ッ⁉」
その先頭の男は最後尾の小さな子供たちのグループを足蹴にしながら割り込んできた。咄嗟に注意しようと思ったが、俺より先に動いてくれた人たちがいた。
「おぉ、ちょっとちょっと。今のはないだろう」
「そうだよっ! ちゃんと並べば神官さんは人数分はしっかり用意してくれてるから、そんなことする必要ないじゃん」
「そうだよっ! ここでの狼藉はマー君が許さないんだから」
見かねたアゼルが割り込むのをきっかけに、すぐさまセティとマノンもそれに続く。
「ああン⁉」
先頭の男はその声に怪訝な声をあげながら、こちらを睨みつけてきたがアゼルの姿を眼にすると途端にガラリと雰囲気を変えてにこやかな笑みを作る。
「あぁ、アゼルさんじゃないっすか。お久しぶりです」
「ん、そうだっけ。お前さんは……」
「俺ガイっす。覚えてませんかあ」
その話し方は前世の記憶にある陽キャそのものだ。男のくせにキャピキャピとガタイのいいアゼルにじゃれついている。
「ちょっと、そんなことより今あんたたちこの子たちに割り込もうとしたでしょ」
「そうだよっ、私たちちゃんと見てたんだから」
セティとマノンがその勢いに流されまいと必死に抗議する。ガイと名乗った男は顎をあげながら、見下すように二人を値踏みするが、その姿を視界に収めると途端に破顔しにこやかな笑みをうかべる。
「あぁ、モーラさんとマークスさんとこのお嬢さんかあ。今日も可愛いねえ。これ、少ないけどお小遣いね」
好青年といった感じで、少なくない硬貨を二人に渡すガイ。凄まじくにこやかな笑顔をマークスにも向けるが、マークスは一瞥しただけでそっぽを向いてしまう。
「で、えっと、この子たちは……」
ガイは次に俺たちを値踏みするように眺めやる。だが、その視線には一切の感情が籠っておらず、冷たさをその奥に湛えていた。
「この子たちはリコ、エリス、アレク、スタンだよ。私たちの友達なんだから」
「へぇ……」
セティの熱のこもった説明に、ガイはただ短くそう答える。だが、こちらをみる視線はあくまで冷たい。俺はたまらずこの男のステータスをチェックする。
【ガイ】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :17歳
HP :162
MP : 20
力 :138
防御 : 84
魔力 : 29
早さ :132
器用さ:125
知力 :170
魅力 :116
武器適性
剣 :C
槍 :B
斧 :B
弓 :D
格闘:B
杖 :F
魔力適性
火 :C
水 :E
土 :D
風 :D
ガタイもいいし、能力もそれなりだ。態度からして、猿山のボス猿といったところだろうか。
「まあ、それはおいといて。なあ、ガイ。こんな小さな子供たちの列に割り込むのはよくないと思うぞ」
アゼルがガイにそう諭す。ガイはしばし考え込む素振りを見せるが、すぐ顔を上げ、そしてアゼルへと謝罪した。
「すいません、アゼルさん。でもこっちにも事情があって。ウチのうるさいのが一人ピーピー言わせてましてね。おっ、来た」
ガイが視線を向けた先には、大きな袋を背負ってこちらへと向かっている一人の少女がいる。その荷はどう考えても少女の二倍以上の体積を誇っていた。その背負った荷物が重いのだろう、よたよたとこちらへと歩いてくる。
「おう、おせーぞノア」
「ごめんなさーい」
ガイのドスの利いた声に、しかし帰ってくるのは鈴を鳴らしたかのような朗らかな声。そして目の前に現れた少女を見た瞬間、俺は絶句した。まずその総身はいつ洗ったのかというぐらいに黒ずんでいた。着ている服も同様で、更には冬だというのに半袖半パンといった有様だ。靴すら履いておらず、手足には霜焼けもありところどころ赤くなっている。そして、なにより気になったのはその細さだ。まるで棒きれのようなその手足は、その少女が満足に食事をしていないことを示していた。
ガイは動揺する俺の様子などに頓着せず、傍らの少女の頭をガシッと掴む。
「こいつが腹減ってしょうがないっていうんスよ。一応人以上に食わせてはいるんスけど」
「えっ?」
「おう、お前が腹減ったから炊き出しにはやく行きたいって言ったんだよな? おかげで俺が怒られちまったんだけど」
ガイはそう言うと、ノアと呼ばれた少女の頭をゴン、ゴンと音が鳴り響くほどに叩いていく。ノアも「あう」と呻くとたまらず身を屈めてしまう。
「ちょ、ちょっとやり過ぎだろっ」
俺が思わず叫ぶと、ガイはマークスやアゼル、そしてモーラグループには向けないような眼差しをしながら、俺を冷たく睨みつけてくる。
「何?」
「やりすぎって言ってんだよ!」
激高した俺の叫びを聞きながらも、相手は泰然自若とした様子を崩さない。そして、息も荒く傍らに佇むノアの頭をゴンと軽く殴りつける。
「あうっ」
「おい、ノア。こういった事態になったのもお前のせいだよな。お前が炊き出しの飯が食いたいってわがままをいったんだよな。だから、こういう事態になってるんだよなあ。えぇ、おい」
ガイの言葉に、ノアは一瞬きょとんとするが、すぐさま満面の笑みとなり、ガイに頷き、そして次にそれを凝視していた俺にも頷いてみせる。
「えへへ、そうだね。ガイの言うことが正しいもんね。皆、ノアが全部そう言ったんだよ、だからガイを叱らないで」
少女のその笑顔には一点の曇りもなく、それ故に俺の心にその笑顔は深く突き刺さったのだった。




