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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
ポンコツ家長とスリ少年
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幕間 聖域へ


 マークスはスラム街の一画を淡々と歩いていた。細身の長身ながら、その体は鍛えられておりシャツから僅かに覗く前腕は持ち主に酷使された結果、隆々と盛り上がっていた。背中には得物である長槍を布にくるみ背負っている。頭部の後ろで無造作に紐でまとめた黒髪が、歩くたびに馬の尾のように揺れていた。マークスの容貌はまだ十四という実年齢よりも大人びており、その眼光は鋭い。本人から発する剣呑な雰囲気からか体格の立派なゴロツキたちも、マークスと視線を交錯させるも危機を察知するという生物としての本能からすぐさま目を逸らし、喧嘩を売ることは控えていた。

 その緊迫した雰囲気をぶち壊すかのように、朗らかな子供の声がスラムに響く。


「ねえっ、マー君ッ! 私たちどこに行くのっ?」


 チラリと視線を後ろにやると、栗色の髪のクリンとした大きな瞳が特徴の幼女がキラキラとした瞳で自分を見上げていた。


「はあ」


 マークスは大きく溜息をつく。現実逃避から今日、できるだけこの幼女をいないものとして扱っていたが、現実は当然ながら変わらず、依然として幼女は自分へとつきまとってくる。


「お前は黙ってついてこい」


 冷たくそう突き放す。最初出会った頃は見た目の幼さから少しばかり言い難さはあったが、今ではこの小さな疫病神がそのようなことでは微動だにしないメンタリティの持ち主だということを痛いほど知っている。


「ふふ、お前って呼ばれると奥さんみたいだね、マー君」

「やめろッ、マノン‼ 歳を考えろ、マセガキが。後、それとマー君はやめろ」

「えー、年齢なんて愛さえあれば関係ないけどなー」

「六歳児がなに言ってやがる」

「今の年齢で考えるとそうだけど、後十年したら普通だっておじいちゃん言ってたもん。ヨユーだって」

「あの糞ジジイッ‼」


 マノンが言うおじいちゃんとは、マークスの武術の師匠である。数年前にまだ幼いマークスは劣悪な孤児院を抜け出し、スラムをあてどなく彷徨った。そして食事の取り合いで複数の年上の男たちと衝突しリンチされていたところをたまたま助けられたのだ。片足が義足だったが滅法強い老人で、瞬く間に手にした槍で数人の男を叩き伏せてしまった。何も分からない子供だったマークスは、何かに惹かれるようにただ老人の後をつきまとい続け、その結果根負けした老人は「最後の気まぐれだな」と呟き、マークスを弟子として受け入れた。そしてマークスは、生活を共にしつつ老人のその槍術を余すことなく身に着けることとなる。そのおかげでマークスは近隣の住人からも一目置かれ、このスラムでも気兼ねなく悠々と過ごせていた。

 だがマークスがマノンにつきまとわれる結果となったのも、師匠が関係している。始めのきっかけはマークスが作ってしまった。三か月ほど前、マノンがスラムで年老いた老人に襲われそうになっていたのを助けたのだ。かつての自分をつい重ねてしまったというのが当時の想いだ。聞けば父親が再婚し、孤児院に子供を捨てたと噂されたくない義母の要望を叶えるためにここに連れてこられたのだという。誘拐されたことにでもするつもりだったのだろうか。そしてマノンは訳も分からずこのスラムをうろついていたらしい。

 酷い話であるとは思ったが、自分たちで小さな幼女を引き取るなどは高齢で体を壊し、生い先短いであろう師匠と自分の二人だけでは無理であるし、する気もなかったのでマークスはその時は何も言わずに立ち去った。

 しかし、マノンはマークスの後をしつこく追ってきた。なんとか振り払おうとするもマノンは不思議とこちらを見つけてしまう。しまいには住処も知られてしまい、冷たくあしらっても少し離れた場所で、マノンは窺うようにつねにこちらをジッと眺めていた。その間何も口にしていなかったが、その場を離れることなく、マノンはただそこに立ち尽くしていた。それが数日が続き先に折れたのはなんと師匠である。スラムにあるクズ迷宮から住処へと帰ると、そこで見たのはいつの間にかマークスが稼いできて師匠に買った食事をマノンに餌付けする姿。常に仏頂面しか見せなかった師の、まるで好々爺のような笑顔に唖然としながらもマークスはマノンを受け入れることを猛烈に反対した。

 というのも、マークスが数か月前に師匠に免許皆伝を受けた後、「王都を出て世界を見てこい、この国はもう駄目だ」と告げられていたのだ。マークス自身も広い天下を横行することに興味があったので、最近は立つことすら難儀しており、後少しで死ぬであろう師匠を恩返しで看取ったらサッサとこの国を出ようと思っていた。

 だが、マノンが来てから師は劇的に回復し、一時はまさかこのまま死なないのではと疑うほどに元気になってしまっていた。まるで別人のようにマノンを溺愛し実の孫のように接する師匠を見て、さすがに追い出せなくなってしまい、マークスは自分に異様に懐くマノンを躱しながらただ静観するしかなかった。

 それが最後の命の輝きとなったのだろう。再び熱で倒れ伏した師は今際の際にマークスに「マノンを頼む。この子を幸せにしてやってくれ」とまさかの遺言を残して死んだ。一月前ほどのことだ。

 本来なら今頃王都を出て冒険の旅に出ているはずだった自分は、いまだスラムからすら出れていない。自分一人であればいかようにも放浪できるが、六歳の幼女を連れていけるほどの実力や経験がないことぐらいはさすがに解る。師に世界を見てこいと背中を押されたと思ったら、最後の最後でとんでもない重石を足に着けられたようなものだ。


「はあ、どうしろっつうんだよ」


 溜息しかでないが、とりあえずは衣食住の確保をしなければならない。

 最近住処にしていた近辺は、麻薬ジャンキーどもが増えてきてただでさえ悪い治安がさらに悪くなってきている。師匠と一緒ならともかく、マノンを一人で置いておくにはいかないとマークスは考えた。最後まで面倒を見る気はないが、見殺しにするのは躊躇われる。師匠とは衝突もしたが、命を救われ生きる術を教えてくれたことには感謝の気持ちしかない。それを踏みにじるようなことはしたくなかった。

 以前、暴漢から助けた少年に銀髪ゴブリンなるものが護る聖域とよばれる地区があると聞かされたことがある。魔法を使うというゴブリンは狼藉を働く暴漢を追い出し、子供たちを庇護してくれるらしい。バカバカしい噂に過ぎないとマークスは思っているが、そういう噂が流れるくらいには治安もいいのだろう。

 そこで住処を見つけ、しばらくはクズ迷宮で稼ぐというのが目下の計画である。マノンを預けられそうなグループがいれば、預けて実入りのいい迷宮に挑むのも悪くないだろう。自分の力量ならすぐに稼ぎを得ることは可能だ。そうして稼いで、戸籍でも買ってやって、少しの金と一緒に子供のいない夫婦なんかにマノンを預ければ、師匠への義理も果たせるのでないか。そうしたら、すぐさまとんずらこいてこの国を飛び出せばいい。


「うん、中々いい計画じゃないか」

「えっ、なに? 私たちの新しい愛の巣のことでも考えてた?」

「……お前、どこでそんな言葉を」


 ニコニコと笑顔でこちらを見上げながら、いつの間にか手を握ろうとしてきたマノンの手を避ける。そして、マークスは少しばかり遠回りとなってしまった己の未来に想いを馳せた。




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