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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
ポンコツ家長とスリ少年
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幕間 フィーネのコネクション


「おう、ついたぞーフィーネ」


 シャーリーが馬車を止め、フィーネにそう声をかける。

 自分たちが来たのは、貴族街にあるとある人物の邸宅だ。正直苦手な人物だが、重要なビジネスパートナーでもある。今日は招待を受け、ギルドマスター直々にそれを伝えられたのだから、事情を設けて断ることも難しかった。

 確認していた商いの書類を置くと、フィーネは馬車から下りる。その邸宅は、貴族街にあるだけあって瀟洒なデザインのよく手入れされたものだ。だが必要以上に華美とはならず、周囲の邸宅と比べると簡素過ぎるぐらいだろう。なにせ他の貴族の邸宅は皆、華美を競うように庭師に過剰に手入れをさせたり、金に飽かせた魔道具で噴水を作ったり、意味もなく彫刻を置いたりしているのだ。


「おっ、ガキンチョ共が出てきたぜ」


 邸宅のドアが開くと、二人の子供が歓声をあげながら、広い庭を渡ってこちらへと来ようとしている。慌ててメイドの老婆が追いかけてくるが足の速い子供には追いつけない。子供たちは笑顔で駆け寄ってくると、二人の前で立ち止まる。


「わあい、フィーネさんとシャーリーさんだ」

「ねえっ、この前持ってきてくれたオセロとトランプ、すっごく楽しいよっ」


 子供たちは小さな双子の兄妹だ。年は今年で7つになる。二人共明るい茶褐色の髪をしており、白い頬に明るい瞳をした美しい容貌をしている。聡明で明るい子たちで、その血筋にもかかわらず偉ぶったところが微塵もないのところもまた好感が持てる。


「おうっ、元気にしてたかラスティ、メアリー」

「「うんッ‼」」


 子供好きなシャーリーがフサフサな尻尾を揺らしながら、両の手で二人の頭をガシガシと撫でる。本来なら不敬となる行為なのだが、幸いにしてこの子たちの両親はそんなことを一切気にする人物ではなかった。


「はあ、ラスティ様、メアリー様、お待ちください。もし、相手がフィーネさんたちではなかったらどうするんですか。危のうございますよ」


 老メイドが息を切らせながら必死に追いついて二人を窘める。


「そうよ、ラスティ、メアリー。あまりハンナに迷惑をかけちゃだめよ」


 本来なら呼び捨てはできないが、両親から是非と言われ、また敬語を使うと悲しそうな顔をされるので、フィーネも二人に親戚のお姉さんのような口調で窘める。


「はーい、ごめんねハンナ」

「ごめんなさい」


 二人は素直にハンナに謝る。ハンナもそんな二人を愛おしそうに見つめた後、フィーネたちに向き直る。


「よくぞいらしてくださいました。ネイル様がお待ちになっております。ささ、中へ」


 フィーネは頷くと、頷かれるままに邸宅へとシャーリーや子供たちと共に入る。中に入ると一人の女性が明るい笑顔で自分たちを迎えてくれた。


「いらっしゃい、よく来たわね二人共。今、ちょうどパイが焼き上がったところなのよ。後でもっていくわね」

「ありがとうございます、フローラ様。ですが、お気遣いなく」


 出迎えてくれたのは、二人の母親であるフローラだ。亜麻色の髪を背中まで伸ばしたとても美しい女性だが、貴族にありがちな線の細さはなく、その魅力はどちらかといえば健康美にあるだろう。着ている服も布地はいいが簡素なデザインのものとなっている。


「ふふ、遠慮しないで。我ながら上手くできたのよ。さあ、入って頂戴。ネイルは書斎で待ってるわ、ハンナ案内してあげて。ほら、二人はこっちよ。お仕事の邪魔をしちゃ駄目。おやつの時間にしましょうか」

「わあい、やったあ」

「ねえ、シャーリーさん。後で一緒にオセロしよーねー」


 フローラがそう子供たちを促す。子供たちも元気に声を上げ、母親へとついていく。それを見送るとハンナが「こちらへ」と二人をこの家の書斎へと案内してくれる。


「ネイル様、お二人をお連れしました」

「ああ、すまないハンナ」


 書斎へと入ると、一人の青年がソファーに座り、長い足をテーブルに乗っけながら本を読んでいた。フィーネたちが中に入ると、足をテーブルから下ろしこちらを見てニヤリと笑う。その顔は整っているが、どこか悪童っぽさを残していた。


「よく来てくれた二人共。さ、座って座って」

「では、お言葉に甘えて。ネイル殿下」


 青年はこの国の第二王子という人物だ。何故そんな身分の者と親交があるかというと、とあるきっかけでこの王子を魔物の群れの襲撃から助けたところから、両者のつきあいが始まったのだ。まあ、その助け自体は別段いらなかったと今では思っているが。

 だが結果として、フィーネも有力なコネクションを得た。ネイルの持つ王族の権限には随分と助けられている。とはいえ、ネイルは庶子の生まれであった。なので王位の継承権も低く、その権限は他の王族よりも限られてはいるのだが、それでも行商の身でありながら多くの商いをできているのもこの付き合いのお陰ではあるのだ。政商というあり方が好きではないフィーネとしては、少しばかり複雑な気分であるが。

 ソファーに座ると、ネイルが身を乗り出して口を開いた。


「ジェフから聞いたよ、プルナ平原行きを断ったんだって?」


 ジェフとは王都のギルドマスターの名前だ。開口一番その話かと、ウンザリした気持ちでフィーネは溜息をつく。


「ええ。ギルドマスターとしては私たちにあそこに住まう古龍を討ってほしかったんでしょうけど。ですが私はまだ死にたくありませんし、本業は商人ですから」

「そうだぜ、いくらあたしたちが強くても二人だけじゃさすがに分が悪い。同じぐらいの奴らが後二、三人はせめていねぇと無理だ。それにどうせサポートもしてくれないんだろ」

「まあ、古龍討伐をしてくれるなら是非してやりたいが俺の権限ではできないと言ったほうが正しいな。他の貴族も私兵や財をドブに捨てることはないだろうしね。それにSランクを五人も揃えている国なんて存在しないよ。他国への要請も借りをつくることになるし、王や貴族共が渋るだろう。そんな中で、君たちが行ったところでSランク相当の冒険者を二人むざむざ失う羽目になるだけだ。俺もジェフが無謀だとは思っている。だが、それでもジェフが二人に頼んだのにも理由がある」


 フィーネはネイルが言わんとしていることに気付き、眉をひそめる。


「それほどまでによくないのですか」

「フィーネ君も行商として各地を巡っているだろう。何か思うことはあるんじゃないかい?」


 行商をしていて各地を巡り、この国の各地の状態は目にしている。また、ネイルが配下とした人材に各地の様子を調べさせているのも知っている。フィーネも依頼されて、幾度か彼らと行商の傍らで調査を行なったこともあった。いずれも優秀な人物で国を善くしようとする意志に満ちており、好感の持てる者たちだった。その調査を手伝う過程で、見えてきたものも確かにある。

 固唾を呑み次の言葉を待つフィーネに、ネイルは何事でもないようににこやかに微笑み、そして突き刺すような言葉を平然と言い放つ。


「俺はね、フィーネ君。この国は早晩亡ぶと思っている。いや、確信といってもいいかな」



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