表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/269

これからは一人で


 前世でも荒事は少し苦手だった。学生時代は冗談を装いながら自分より弱いクラスメイトをいたぶったり、大声をあげて高圧的な態度で周囲へアピールする人種がたまらなく苦手であった。また、わざとそうしていたのかはしらないが、社会人になっても上から睨まれない程度に尊大で横柄な態度を部下へとり、自分の方が上だとマウンティングをする上司や同僚には何度も苦い思いをさせられた。……だが、これは――


「おっ、戻ってきたなあ」


 ギョロリとした目で、俺のことを舐るように眺めてくる男。そして、わずかに男の後ろから見えるマルコの手足はダラリと脱力し、ピクリとも動かない。俺は無駄と知りつつもステータスを確認する。




【マルコ】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :56歳

HP :  0




 俺は一度だけ目を固く瞑る。昨夜、穏やかな表情で自身の半生を語ってくれたマルコの優しさを湛えた瞳を思い出す。……何故、こんなことに。

 次に俺は全身に力を入れて眼を見開き、男を見上げる。




【デイブ】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :36歳

HP :115

MP :  8

力  :149

防御 : 82

魔力 : 19

早さ : 67

器用さ: 52

知力 : 22

魅力 : 26


武器適性

剣 :C

槍 :D

斧 :C

弓 :E

格闘:C

杖 :E


魔力適性

火 :E

水 :E

土 :E

風 :E




 いかにもゴロツキらしい風体同様、力に特化した能力をしている。男は嗜虐的な愉悦に顔を歪ませながら、相変わらずニヤニヤと俺を物色していた。人を殺めるという凶行を行い、なお平然とする暴力そのものの形がそこにあった。


「どうして……」


 喉から、かろうじて掠れた声が出る。声を出したことで体が少し弛緩してしまい、膝がブルブルと震え始める。前世では、最期の時以外は幸いにして見ることがなかった一線を越えた暴力。それを目にした俺の心は、恐怖という感情に塗りつぶされていく。

 デイブもそれに気付いたのか、口が裂けんばかりに口角を吊り上げて醜悪な笑みを浮かべる。


「ハッハア、コイツがこのくたばり損ないが言ってたガキか。中々いいじゃねえか」

「どうして、マルコさんを……」


 俺は震える声を抑えつつ、デイブに理由を問う。マルコはもう死にかけていた。殺す必要など微塵もなかったはずだ。だが、次にデイブが発した言葉に俺は衝撃を受けた。


「ああ、コレか。最近、魔法を使うガキがいるってアホらしい噂を聞いてなあ。まあ、暇だから来てみればガキの姿はねえ。だから、この気持ち悪りぃ死に損ないにちょっと聞いてみたんだけどよ、知らねえって言い張りやがる。仕方ねぇから軽く痛めつけたんだが、それでも知らねえって言いやがった。せっかく俺様が出向いてやったのに、徒労に終わっちまった。だからよお、憂さ晴らしにガキを捕まえて色々発散しねえとなあって言ったんだ。そしたらコイツ、眼の色変えてソレだけはやめてくれ、頼むってキタネエ手で触ってきたから俺様もぶちぎれて、ついプチッっと潰しちまったのさあ」


 なんてことだろう。マルコが殺されたのは俺のせいであったのだ。人目は気にしていたつもりだったが、それでも誰かに魔法を使うのを見られていたらしい。そして、自らが死に瀕してもマルコは俺を心配し、わが身を顧みず目の前の暴漢を制止しようとしてくれていた。結果は無残なことになってしまったが……。


「あの人は死にかけていた。ワザワザ殺す必要はなかったはずだ……!」


 昨日の夜、マルコは奥さんと子供の想い出を抱いて穏やかに逝きたいと言った。それは、俺さえ彼に関わらなければ叶ったかもしれない未来だったのに……。


「こんなよお、気持ち悪りぃ奴に触られたら誰だってキレるだろうが。オメエだって、虫ケラの一匹や二匹潰してんだろ。それに、ここじゃ自分の足で立てない奴に生きる資格はねえんだよ」


 サディスティックにデイブは嘲笑し、更にマルコを侮蔑する。震える俺に欲情を刺激されたのか、その股間はズボンを突き破らんばかりに屹立していた。デイブは、それを見せびらかそうとばかりに胸を張り、両手を広げて俺へと近づいてくる。


「もとから魔法が使えるなんて話は信じちゃいねえ。暇だから来てみただけだ。でも、まさかこんな上玉だとは思わなかった。これは楽しめそうだぜ」


 ゆっくりと近づいてくる男の巨躯。7歳児の体ということを差し引いても、平均以上のガタイだろう。心臓の鼓動が痛いほどに速くなる。耳からザアッと血流の音が聞こえてきた。


「お前、女か? それとも男か? まあ、どっちでも穴はあるから問題ねえ。それに金持ち共の中には、ついてる方がいいってド変態どももいるからなあ。まあ、とりあえずお前は俺とランデブーだ」


 ひたすら下種な言葉を浴びせかけてくるデイブ。しかし、そんなデイブの言葉は不思議と耳をすり抜けている。俺は、この体の震えが決して恐怖だけではないことに気付いていた。そこには怒りも含まれている。マルコは恩人だった。報いたいと思っていた。孤独のうちに死ぬ。もしかしたら前世の俺でもありえたかもしれない未来。それを粛々と迎えようとしていたマルコに、俺は感動と共に深い敬意を抱いていたのだ。それを目の前の男は容易く踏みにじった。だから――


「お前に男ってものを味わわせてやるよ。一緒にいこうぜハニー!」

「逝きたいなら一人で逝け、屑がッ‼」


 マルコは優しかった。決してお前ごときに殺されていい男ではなかった。俺は体内の魔力を振り絞ると、恐怖を払拭すべく四肢に力を入れ、まっすぐにデイブを睨みつける。


「ハッハアッ! いいねソレ! 抵抗してくれた方が、おぅ?」


 睨みつける俺を満足そうに見下ろすデイブは、そのまま真横へと横転する。


「なっ、いったいっ……?」


 デイブは己の体を見た。そして硬直する。なぜなら己の両足首が綺麗に切断されているのを見たからだ。俺の手から放たれた風の刃が、それを一瞬で切り裂いたのだ。


「アアぁあアあァぁあッ⁉ 痛えええええぇぇっ‼ 俺の足があああぁあ」


 両足を切断されたデイブは、その痛みに絶叫しながら転げまわる。俺は、そんなデイブの視線に入るように近づき見下ろした。


「自分の足で立てない奴は生きる資格がないんだったよな。どうする。お前が望むなら、今ここで終わらせてやってもいいぞ」

「ひいぃ、本当に魔法使いかよっ、助けてくれぇぇ!」


 デイブは両手の力で必死に地面を這いずりながら、路地裏から外へと逃げていく。俺は、ただ黙ってその様子を眺め続けた。こんな場所で両足をなくしたあの男が、これからどうやって生きていくのだろうか。それを考えると少しだけ嗜虐心は満たされたが、あまり負の感情に囚われれば奴等と同類になるかもしれないと思い、必死に頭を振りながら暗い考えを追い出した。

 とはいえ、人に向けて魔法を放つのは驚くほど呆気なかった。感触が残らぬため、幸いにしてか感慨も全くない。聞いた話では引き金を引くだけの銃も心理的抵抗が少ないため、初心者も容易く扱える武器だという。魔法も似たようなものなのかもしれない。


「マルコさん……」


 俺はマルコの遺体を確認する。何度も殴打されたのだろう。頭蓋は原型を留めておらず、脳漿らしきものが飛び散っている。しゃがみ込み、俺は手を合わせた。天国にいるマルコの奥さんと子供さん、どうかマルコを優しく迎えてやってください、と。マルコは生前、自分は悪いこともしたから死んでも女房と子供には会えないと笑って言っていた。だが、俺を助けてくれた功徳もあることだし、神様一つ頼みます。マルコと家族を天国で一緒にいさせてください。


「……さて、と」


 俺は祈り終えると、マルコの遺体を見る。恩人だし、このまま腐り果てさせるのも何となくバツが悪い。この国ではどうか知らないが、日本の風習だと遺体は火葬と決まっている。


「さようなら、マルコさん」


 俺は掌より火球を出し、マルコがねぐらにしていたゴミ山へとそれを放った。




「ふう、やばかった」


 まだ空気の乾燥しているこの時期、火は予想以上に燃え盛った。なんとか水魔法で鎮火させたが、あのままでは大火事になっていたかもしれない。しかし、鎮火のために魔法を使い過ぎて体が怠い。だが、それでも今日は安全なねぐらを探すために頑張らなくてはならない。マルコの教えと願いを無視しておっ死んでしまったら、それこそ手向にならないだろうから。

 今後は魔法の行使も周囲に気付かれぬようにした方がいいだろう。生きる術を身につけたとはいえ、課題は山積みだ。


「じゃあ、行こうかな」


 俺は、あてどもなく歩き出す。そして、そこで初めて自分が独りきりだと気付いた。前世では帰るべき実家があったし、今世でも母やマルコとほぼ一緒であった。だが、これからは常に独りで生きていかねばならない。


「でも、頑張らないとなあ」


 リコを死なせるわけにはいかない。助けられた恩義を無意味な物にもしたくはない。俺は、すこしばかり広くなったように感じる世界で俯かず、前を向きながら進み始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「リコを死なせるわけにはいかない。‥」他の転生ハイファンタジー作品では見ない生きる動機。 今後挫けそうになっても逞しく更に大きく成長しそうです。 〉リコを死なせるわけにはいかない。助けられ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ