揺るがないもの
「すっごーーーい。アレク君強ーい!」
セティがチンピラ共を一蹴したアレクに歓声を送りながら、ピョンピョンと跳ねている。
「ああ、大したものだ。最後の一人がよくわからないが、あれだけの人数をたった一人でやってしまうとは」
クリスも腕を組みながら感心しきりでアレクを褒めたたえる。二人共幸いにして途中で現れた土人形には気づかなかったらしい。まあ、死角になってたし、俺も一瞬チラッと見えただけだからセーフかな。
でも、本当にアレクは強かった。数値的にはアレクと大差ない者もいたのだが、結果としては圧勝といえる内容だった。加護による補正でもあるのだろうか。それか俺のこの眼の精度が案外しょぼいのか。自身の性能が見れないデメリットから何気に人間同士の戦いを見たのは初めてだが、案外数値の性能が戦闘に直結することはなさそうだ。技量や胆力などの数値にないものも当然ながら影響しているのだろう。とても参考になった。
アレクは二人の賛辞に照れたように笑いながら、こちらに近づいてくる。
「お疲れ、お兄ちゃん。怪我はない?」
「うん、運が良かった。最後は少し危なかったからね。もう少しうまくやれたと思う。今後の反省点だな」
アレクは勝利にも慢心することはなさそうだ。そういうのが一番怖いからな。命のアウトカウントは一つだし。もし、浮かれてるなら少し戒めておこうかと思ったけど、必要はなさそうだ。
「姉さん、ありがとうございました。すみません、わがままを聞いてもらって」
「ん、スタンのためだもんな。よくやった。でも、最後はすこしヒヤってしたかな。だから80点ってところかな」
もし土人形に気付かなかったら、俺が魔法を放つところだった。なんとか気付けてよかった。
アレクは最後にスタンに向き直る。スタンも少しバツがわるそうにしながらもアレクに礼を述べる。
「わるかったな。迷惑かけちまって」
「いや、気にするな。別に……」
アレクはそこで一度言葉を切る。顎を手にあて、意を決したかのように口を真一文字に結び、スタンを真っ直ぐに見つめた。
「スタン、お前は勇敢な男だ」
「な、急に何を言い出しやがる」
唐突な賛辞に、スタンは口を大きく開けて戸惑いを見せる。
「姉さんがスリに金をとられたとき、自身に利益がないにもかかわらず取り戻してくれた。そのおかげでエリスに栄養のあるものを買ってあげることもできた。それなのに、僕は正しさにのみこだわり素直に感謝することができなかった。本当にすまない」
「いや、べ、別にいいよ。俺が人から金を盗ってたのは事実だしな。急になんだよ、止めろよ気持ち悪いから」
スタンは実際照れが半分、気持ち悪さが半分といった感じで、急に謝りだしたアレクから一歩引いている。アレクもスタンに伝えたいことがあるのだろうが、確かにもっとスマートなやり方があるとは思う。どストレートすぎると茶化すこともできなくなってしまうからな。アレクが美少年でなければ、もっと暑苦しい絵面になってしまうだろう。
「それに今も自分が殴られるのも構わずに、女の子の母親の形見であるネックレスを取り戻してくれた。なかなかできることではないと僕は思う」
「な、なあっ! コイツ、急にどうしたんだ⁉」
止まらぬアレクに、スタンは助けを求めるように俺を見てくる。まあ、アレクも伝えたいことがあるのだろう。唐突で、恥ずかしくてもスタンにはちゃんと聞いてもらいたい。
「アレクなりに伝えたいことがあるんだよ。素直クールと思って聞いてやってよ」
「なんだよ、それっ」
慌てふためくスタンに、エリスとセティが顔を見合わせてフフッと笑い合っている。クリスもほほう、とでも言うかのように両手で腕を組みながらウンウンと頷いている。第三者からみるとやっぱ結構面白いのだろう。
「スタン」
「なんだよっ」
そんな周囲を気にせず、なお続けるアレクにスタンは諦めたようになげやりに応える。
「僕たちはかつて危ないところを姉さんに助けられた。もし、それがなかったら今の僕とエリスはこうして皆で笑い合えることはなかっただろう。スタンともこうして出会えなかった」
「お、おう」
アレクの声に真剣さが増す。スタンもさすがに受け流すことはできずに、真顔となって頷いた。
「寄る辺のない僕たちが、なんらかのきっかけでこうして出会い、そして助け合うことができる。僕も前は助けられるだけの存在だったけど、少しづつ強くなれている。そうやって互いに助け合っていければ、いつかは何ものにも揺るがされない、そんな存在……そう、家族にだってなれると思うんだ」
「……」
それはかつて俺がアレクに言った言葉に似ていた。ちょっと違うのは何ものにも揺るがされないというところだが、これはやはりアレクとエリスが実の母から見捨てられたことがアレク自身の心の傷となっているからなのだろう。運命に揺らぎ、失ってしまった家族。アレクはそれに代わるものを求めているのだろう、きっと。
スタンはアレクの言葉に何も答えなかった。姉を殺され、天涯孤独となりスリにまで身を落としたスタンに、今の言葉はどう響いたのだろうか。
「僕はスタンとも、そうなれたらいいと思ってる」
「俺は……」
アレクの素直な言葉に、スタンはだが答えにくそうに言葉を途切れさせる。スタンは一度は生きるために姉から教わった信念を捨てたことがある少年だ。悔いてるとはいえ、アレク程はまっすぐにはなれないのだろう。もし、スタンが俺やアレク、エリスのような関係になれるとしても、少しばかり時間が必要だと思う。アレクもそんなスタンをみて、少しばかり自信がなさそうな顔になってきてしまった。沈黙も長くなってきたし介入したほうがいいだろうか。そう思っていると――
「どーーーーーーーーん」
セティがアレクとスタンの間に割り込んできて、二人の手をギュッと握る。
「セティ⁉」
「うおっ、なんだぁ⁉」
急に現れ、手を握ってきたセティに、アレクとスタンは同時に驚きの声をあげる。
「もうっ、二人共そんな深刻な顔しちゃだめだよ。せっかく二人共カッコ良かったんだから、難しい話ばかりしてたらもったいないよ。こうやって手を取り合った方が楽しいよ。ねっ、お兄ちゃん」
「そうだな。今日の英雄たちに辛気臭い顔は似合わない。おかげでこの子たちの形見も取り返すことができたし、今日は本当に助かった。改めて礼を言わせてくれ」
クリスが二人の少女の肩を優しく押し出すと、女の子たちはアレクとスタンにトコトコと走り寄りペコリと頭を下げる。
「ママのネックレスを取り戻してくれてありがとうございます」
「おかげで助かったの」
笑顔で礼を述べる二人の少女。それを見て、アレクとスタンはふっと表情を緩めると、互いに顔を見合わせてぎこちなくだが笑いあった。どうやらもう心配はいらなそうだな。変にこじれることもないだろう。
場の空気が変わってよかった。確かに変に難しく考えすぎると、大抵上手くいかないからな。案外、物事っていうのは単純に進む。子供の時、深刻に考えすぎたことが、大人になってから何故あんなに悩んでしまったのかと呆気に取られることも多い。まあ、その逆もあるんだけど。
でも、セティには感謝だな。案外、それを感じとって突飛な行動にでたのだろうか。だとすると、言動よりも遥かに賢い子なのかもしれないな。
「皆、よかったねえ。お姉ちゃん」
エリスものほほんと俺に微笑む。そういえばエリスもあまり深刻にならずに、のんびりマイペースな子だけど、案外考えすぎるアレクのことを考えて、そう行動してるのかもしれないな。明るいと単純にとらえずに、しっかりと気持ちを汲み取ってあげられるように気を付けていこう。
「それじゃあねー。エリスちゃん、今度遊びにきてねー」
「うん、絶対に行くー。セティちゃん、バイバイー」
気付くと日も大分落ち、夕暮れが周囲を橙色に染めていた。あの姉妹をスラムで働くという父親の下に送り届けた後、俺たちはクリスとセティにも別れを告げた。
「さてと、帰るか」
「うん、帰って夕ご飯食べよー」
俺の言葉にエリスが元気よく頷く。アレクとスタンは言葉こそ発しないものの、雰囲気は大分柔らかくなっているように感じる。まあ、二人ともいい子だから心配はいらないだろう。きっと、これからもうまくいくに違いない。共に過ごす時間が、きっと俺たちを強く結びつけてくれるだろう。




