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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
ポンコツ家長とスリ少年
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アレクの初陣


 アレクは剣へと見立てた木の棒を手にした瞬間、それが手の平へとビタッと吸い付く感覚を覚える。それを通して四肢に力が漲ってくる。自分は幼い頃より自然と剣に憧れていた。こうして構えていると、庭先で剣の鍛錬をしていた騎士であった父の姿を思い出す。最近何故か、素振りの意図までもがはっきりとわかるほどに明瞭にその姿を思い出すこともできていた。直に教わってはいないものの、実戦を意図したその鍛錬を、今はアレクも取り入れ訓練している。

 目の前には自分よりも体格のいい者たちが六人いるが、不思議と動揺はない。今、自分の心は完全に己と相手との距離を把握し、なお自分を奮い立たせてくれている。怯えなどは微塵もない。


「コイツ、一人で俺たちを相手にするってよ」

「ハァン、じゃあ後悔させてやろうぜ。二度とまともに立てねえ体にしてやるよ」


 自分の態度に腹を据えかねたらしい男たちは、嘲りと共に得物を取り出すがその声は激高していた。殺意とともにナイフを取り出す者もいる。だが、恐れはない。自分の目から見た男たちはいずれも不安定で、芯というものが感じられないように思える。

 強く優しい姉や、底抜けに優しい妹、それに必死に己の信念を貫こうとするスタンに比べ、なんと脆い自制心なのだろうか。傲慢かもしれないが、日々自問自答する日々を送る自分にとって目の前の男たちはあまりに取るに足らない存在に見える。一見強者のように振る舞う男たちだが、その本質は弱きから脱け出せない者なのだとアレクは思う。だからこそ、思慮も分別もなく安易に暴力へと走るのだろう。


「大丈夫か、アレク。俺も加勢するぞ」

「ありがとう、クリス。でも心配はいらないよ。このぐらいだったら僕一人でなんとかなる」


 心配してくれているクリスに、振り向くことなくそう答える。


「死ねやっ、オラッ!」


 その返答が癇に障ったのだろう。体格の大きい青年が、砂をつめたらしい袋を振りかざし襲ってくる。受ければ手にした棒も折れ、自身も重傷を負うだろう。だが、大きすぎるその動作は明け透けすぎて軌道も限られ、回避するのは容易かった。怯むことなく相手の攻撃を凝視し、半歩身をずらすだけで眼前スレスレに鈍器は体に触れることなく地面へと叩きつけられる。

 余裕を残しているため、その男の手に木の棒を叩きつけるのは容易であった。鈍い音とともに、男は絶叫し地面を這いずり回る。


「なめんなああああああああっ!」


 同じく木の棒を手にした男が大上段に振りかぶり襲ってくる。だが、ドタドタとした足取りは拙く、迎え撃つことはあまりにも容易であった。この前姉さんから教わったケンドーイチダンとやらの特殊な歩法を使い、すり足気味に迎え撃つと、攻撃を躱しながら相手の胴へと斬撃を走らせる。


「ぶべらっ⁉」


 鈍い音とともに、男は胃の内容物を吐き出しながら悶絶する。瞬く間に仲間二人を戦闘不能にされた男たちは、互いに視線を交わすと同時に襲い掛かってきた。自分を包囲するように散開しようとする男たち。アレクも、それとほぼ同時に自身の正面にいる男へと距離を詰める。


「やんのか、オラァ⁉」


 瞬時に距離を詰められた男は顎を逸らせ、大仰にアレクを見下し威圧してくるが、そこには怯えがあり、腰が引けているのか重心が後ろへと引けている。躊躇うことなく、男の鳩尾へと体ごとぶつかるようにして突きを放つ。


「うっ」


 呆気なく急所を突かれ、男は声もなく膝をつき地面へと突っ伏す。こうなると暫く息はできなくなるし、動くことは困難だろう。残るは三人。アレクは警戒を他へと移す。


「死ねぇ‼」


 残りの内の一人が隙を突かんとばかりに、横からナイフを突き入れてくる。木の棒でそれを払いのけ、その威力を横へと流すとともに、密着するように距離を詰めると相手の足を己の足で払い地べたへと転がした。


「うわっ」


 無様に転んだ男に遮られ、挟撃しようとしていた男が足を止める。アレクは起き上がろうとする男の後頭部を踏みつけるとともに、跳躍しもう一人の男の頭部へとまっすぐに木の棒を振り下ろす。


「おおおおおおっ」

「うぐっ」


 鋭い斬撃をまともに受けた男も、頭部を踏みつけられた男も共に地面に倒れ、動かなくなる。


「もらったああああああああああああ」


 だが、最後までタイミングを計っていたらしい最後の一人が、背後から両手でナイフを構え体ごと吶喊してくる。咄嗟に振り向き迎撃しようとするが、タイミング的には際どい。だが、幸いにしてこの場には癒しの奇跡が使えるエリスがいる。急所さえ守れば、なんとかなるだろう。迎撃は諦め、冷静にその攻撃を最小限に受けようとするアレクは、己の体から不意に魔力が抜け出るのを感じた。


「あっ」


 見ると地面から土人形が隆起し現れ、自分と男の間に立ちふさがる。真っ直ぐ自分へと向かってくる男はそれに気づいた様子はない。拳闘士のようなポージングを取ると、土人形は渾身の右ストレートを男の脛へと放った。


「ぎゃああああああああああああああ」


 メキリと鈍い音が、アレクの耳にもハッキリと届く。男はもんどりうって倒れ、脛を押さえて地面を転がりまわる。相棒の土人形はというと、その存在を隠すかのように拳を放った後、アレクに力こぶを作るポーズを取るとすぐさま地面へともぐっていった。ありがとう、とアレクは相棒に対して心の中でそっと呟いた。

 さて、と油断することなく、周囲を見回すが既に男たちに戦意はないようだ。皆、腕や足を押さえながら地べたを這い、起き上がる様子ない。皆怯えたような目でアレクを見ている。


「これ以上やるというなら容赦はしない。失せろッ‼」

「ヒィ、わかった。だから勘弁してくれっ」


 もとより相手へ暴力を振るう気持ちは満々でも、自分がそうされるということは想像もしていなかったのだろう。体を起こすと男たちは我先にと蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。


「待ってくれえええええ」


 脛を砕かれた男もぴょんぴょんと片足で跳ねながら必死に仲間の後を追う。それを見届けようとしたアレクの後ろからワッと歓声が上がる。振り向くと皆が笑顔でこちらを見ていた。姉を見ると、親指をたてて優しく微笑んでいる。それをみて、不意にあのとき姉に助けられたあの日の夜を思い出す。護られるばかりだったあの頃から、少し強くなれただろうか。そんな想いを抱きながら、アレクも微笑み返すと皆のもとへと足を進めていった。

 





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