憧憬
「リコ、こいつらはいったい」
「あんたたちなんなのよ。急に出てきてボコるって」
クリスやセティが身構えながら、チンピラたちを警戒する。いましがた喜びあっていた姉妹も怯えたように手を取り合い身を寄せ合う。
しかし、突然の闖入者たちはそれには答えず、鈍器をこれみよがしに手の上でもてあそび、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。それはまさに暴力に酔った嗜虐そのものであった。最初からそのような人格であったのか、過酷なスラムの生活でそうなったのかは俺には分からない。だが、今のスタンはウチの住人である。危害などは加えさせはしない。
「ワリィ、こいつは俺の招いたことだ。俺一人でやる。……アレは使わないから心配するな」
スタンは責任を感じているのか全員に笑いかけると、一歩前へと出てチンピラたちを睨みつける。
「はあ、何言ってんだよお前?」
「この場にいる時点で全員ボコリコースだっての」
チンピラたちは嘲るようにそう宣告をする。どうやら俺たちも加害の対象らしい。
「お、でもあそこの女は結構いけてねえか」
チンピラの一人が、エリスを指さし下卑た笑いを浮かべる。エリスは体つきも大分成熟してきており、そのスラリと伸びた手足や肉付きのいいスタイルは人目を引くようになっている。栄養もしっかり取っているせいか、スラムの同年代の女の子よりも背の伸びなども早い。外出の際は目立たぬよう顔に炭などを塗ったりはしているのだが、それでもエリスという女性の魅力を隠し通すことは難しくなっていた。
「お、ホントだ。結構いい体つきじゃねえか。後で可愛がってやろうぜ」
チンピラたちの年齢は十代半ばといったところだろうか。体つきは大分大きいが、手足の細さや顔つきのあどけなさなどからはまだ幼さを感じる。実際、眼で確認すると年齢欄は皆13、4という年齢だ。だが、既に性のなんたるかを理解しているのだろう。欲望に血走った目でエリスを凝視している。そのおぞましさからかエリスは俺の背後に逃げるように身を隠し、俺も軽く手を広げてチンピラたちの視線からエリスを遮る。大事な家族を欲望だけの目で見られ、激しい怒りを覚えていた俺は覚悟を決め魔力を行使することに決める。
「テメエらっ、やめろっ‼」
スタンもそんなチンピラたちの態度に激高し、今にも飛び掛からんとする。危険だからと制止しようとするが、それよりも先にアレクがその肩を掴み、スタンの動きを阻む。
「やめておけ、スタン。お前ひとりじゃ、あいつらには敵わない」
「なっ⁉」
驚くスタンの前へと歩み出ると、アレクはチンピラたちに語り掛ける。その声は堂々としており、いつもの温厚さは身を潜め、大人顔負けの威圧感をもっていた。
「お前たち、何故こんなことをする。もう十分に殴っただろう。あの傷では下手したら死んでいたかもしれないんだぞ。なのに、まだ許せないのか。スタンは悪いことなどなにもしていないんだぞ」
チンピラたちは狐につままれたような顔を見合わせると、次の瞬間爆笑した。
「ギャハハ、なんだこの勘違い君は」
「やべー、騎士気取りの坊ちゃんコエー。背中に背負ってる棒は剣なの? ねえ、剣なの?」
ひとしきり笑うと、その中の一人が盛大に嘲りながら、アレクに罵声を浴びせる。
「楽しいからに決まっているだろ、バーーーーカ! 理由なんていらねえ。俺らが満足するまで、許されると思うなよ」
楽しい、と明確に口にだす男。本当に最早道理など関係ないのだろう。なら、もう言葉などいらないに違いない。話せば話す程、不毛な煽りで苛立つだけだ。なら、その時間は出来るだけ短いほうがいいだろう。
「アレク、どけ。俺がやる」
俺はまずアレクを下がらせようと声をかける。しかし、アレクは振り向くことなくチンピラ共を真っ直ぐに睨みつけていた。
「いえ、ここは僕が一人でやります。姉さんは見ていてください」
「なっ⁉」
突然のアレクの宣言。俺はアレクをどんなときでも周囲と協調しようとするタイプだと思っていた。なので、この強気な宣言には驚きを隠せない。
「大丈夫なのか」
「ええ、先ほどの二人には僕の剣は届かないとはっきりわかりました。でも、こいつらは違う。不思議とわかるんです。僕の剣はこいつらに届くと」
自信に満ち溢れたアレクの言葉。だが、俺のこの眼で見た限りでは一人ならまだしも、六人いるチンピラ全員を相手にできるだけの力はないように思える。だけど、アレクには剣神の加護というものがある。いまだよくわからぬその加護が、俺にアレクの力を期待させる。それになんとなくアレクの背中を見ると、今まさに雄飛しようとしているのではないかという想いが胸の内より浮かんでくるのだ。
「危なくなったら、すぐ介入するぞ」
「ええ、そのときはお願いします。わがままを言ってすみません」
アレクはようやく振り向き、俺へと穏やかに微笑む。
「おいっ、何考えてる。そんな木の棒一本であいつら全員と戦えるわけないだろう」
「スタンも見ていてくれ。さっきはお前が体を張ったからな。次は僕の番だ」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてだな。おいっ⁉」
アレクはスタンの制止にも止まることなく、一歩足を踏み出し手にしていた木の棒を構える。まだ、止めることを諦めていないスタンは、駆け寄ろうとするが俺がその腕をつかみ引き止める。
「なっ、お前も邪魔すんのか」
「黙って見守ってやれ。いざとなったら俺が出る。もう、ここまできたらバレてもかまわん」
「チィ」
スタンは苛立だしげに体の力を抜く。どうやら諦めたようだ。じっと、アレクの背中を睨みつけるようにして見ている。他人に自分の泥をかぶせるのが心苦しいのだろう。
だが、俺も見てみたいと思ったのだ。最初はスリだというだけで、スタンに敵対心を見せたアレクが、今そのスタンのために戦おうとしている。心身ともに今、アレクは成長期に入っているのかもしれない。かつての俺の前世ではこのような出来事はなかった。憧れはあったが漫画の中で満足して、凪のような日常にただ満ち足りて。
今のアレクはまさに少年漫画の主人公のようだ。胸が高鳴るのを感じる。この想いは憧憬なのだということを、魔法という非日常な力を手に入れながらも少女として生まれ変わってしまった俺は痛いほどに感じていた。




