神業
「おっかいものー、おっかいものー」
エリスが陽気に歌いながら先頭を歩いている。今日はスタンも含めた四人で一般街へと買い物に行くことにしたのだ。フィーネさんからの報酬で家計には余裕がある。食べ物だけでなく、今日は皆の衣類なんかも買ってあげたいな。
そう思っていると、誰かが諍いをしている声が聞こえてきた。まあ、ここでは日常茶飯事なことではあるが。野太い男の声と、まだ幼い少女の声がここまで響いてくる。
「テメエ、ふざけてんじゃねえぞ⁉」
「ふざけてないよっ、その子にお母さんの形見のネックレス返してあげてッ‼」
「おぁ、やるかぁッ⁉」
その声には聞き覚えがあった。近所に住むモーラ一家のセティだ。萌黄色の明るい髪が特徴な、元気で明るい女の子。さすがに顔見知りの窮地にのんびりはできない。
「お姉ちゃん、この声セティちゃんだよ」
「行きましょう、姉さん」
「うん」
急いで皆で現場に駆け付けると、その兄であるクリスが尻餅をつきながらゴロツキらしい巨漢二人を見上げていた。クリスの口からは血が流れ出ている。どうやら二人のゴロツキに抵抗し殴られたようだ。
「クソッ、そんなもの売っても大した金にはならないだろう。どうしてそこまで意地悪をするんだ」
クリスが悔しそうに、男たちを見上げる。見るとクリスの後ろには、二人の小さな女の子が泣きべそをかきながら、セティの背に隠れるようにして身を寄せ合っている。顔立ちも似てるし、姉妹なのだろうか。推測するに、なんらかのトラブルに巻き込まれたその子たちをクリスとセティは助けようとしたのだろう。
「ハッ‼ このガキが俺様にぶつかってきたのが悪いんだろうが。おかげで腕が痛くて痛くてしょうがねえ。ガキを殴るわけにもいかねえから、仕方なく慰謝料代わりにこれで勘弁してやろうとしてんじゃねえか」
「かぁー、優しすぎんわ俺たち」
わざとらしい態度で、男の一人が懐から木製の飾りを束ねたネックレスをジャラッと取り出す。なるほど、確かにそれは売ったところで、大した値段にもならなそうな代物だ。それを子供から奪い取るなど、いやがらせ以外の何ものでもない。
男は再度クリスを痛めつけようと思ったのか、近寄って片足を大きく掲げる。蹴られるのを覚悟したのか、クリスもそれを見て目をギュッと瞑る。
「おいっ、お前ら止めろ」
これ以上は見てられないと、俺はそれを制止しながら飛び出していた。皆もすぐさま俺の後へと続く。
「あァン⁉」
「う……」
勢いよく飛び込んでしまったが、相手はまるでヤンキー漫画のヤバイ奴みたいに俺たちをガンつけてきた。中身は凡庸なオッサンである俺は、いつものことながら心臓が跳ね上がり、背筋に冷たい汗が流れ出てしまうのを自覚する。魔法の力が無かったら、本当にちびってしまっていたかもしれない。
「リコッ⁉」
「リコちゃん、エリスちゃん、アレク君ッ⁉ それに、えーと」
「ども」
クリスたちは突如乱入した俺たちに、目を丸くした。セティも嬉しそうに俺たちの名を呼びながら、スタンに眼をやりキョトンと首を傾げる。そういえば二人はまだスタンとは面識がなかったな。スタンは戸惑うセティに小さく手をあげ挨拶した。
「人を無暗に傷つけるのは止めろ」
「なんだぁ、テメエ‼ やんのか、オラァ」
アレクの制止に、ゴロツキはどすの利いた声で脅しをかけてくる。沸点低すぎだろ、コイツラ。取り敢えず、能力でも視てみようかな。えいっ。
【オリバー】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :21歳
HP :182
MP : 22
力 :150
防御 :139
魔力 : 12
早さ :124
器用さ: 82
知力 : 45
魅力 : 93
武器適性
剣 :C
槍 :D
斧 :B
弓 :E
格闘:A
杖 :F
魔力適性
火 :E
水 :E
土 :D
風 :E
【バルク】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :20歳
HP :162
MP : 15
力 :142
防御 :102
魔力 : 0
早さ : 95
器用さ: 62
知力 : 60
魅力 : 77
武器適性
剣 :B
槍 :B
斧 :B
弓 :D
格闘:C
杖 :D
微妙に高いステを持っていらっしゃる。見た目も筋骨隆々だし、街の力自慢さんってやつか。肉体的には成熟した男だし、子供の俺たちではこれに肉弾戦では勝てないな。でも、ここで堂々と魔法を使うのも周囲の目があるしなあ。勢いに任せて飛び出したのは失敗だった。
「あぁン、黙りこくってどうしたァ‼」
「ビビってんのか、オラァ‼」
畳みかけるように威圧してくる二人組。アレクはどうしますかとばかりに視線で俺に訴えかけてくる。アレクも剣ではまだこのぐらいの相手にはかなわないと感じているようだ。
でも、魔法を使わなかったら普通にボコられそうだしなあ。クリスとセティは仲のいい隣人だし、言いふらすことはしないだろう。緊急の場合は魔法を使うしかないかな。
俺が僅かな時間の中でそう思案していると――
「それはその子の大切なものだっ! 返せッ‼」
突如として叫び声をあげたものがいた。その正義感溢れる言葉を吐き出したのは、驚くことにスタンだった。その叫びに周囲が呆然とする中、スタンは両手を伸ばしながら男に飛び掛かった。
「返せっ、返してくれッ」
「うるせえええッ‼」
男は激高し、スタンの頬を思いっきり殴りつける。まともにそれを喰らったスタンは、そのまま地面に蹲ってしまう。そんなスタンを見てエリスが悲鳴をあげる。
「ぐうぅ」
「スタン君ッ」
「貴様ッ‼」
殴られたスタンを見て、眦を裂けんばかりに吊り上げ、アレクがゴロツキ共を睨みつけた。男たちは別段それに気圧された様子はないが、突飛な行動にでたスタンに毒気を抜かれたのか、その場を退散しようとする。
「そいつが飛び掛かってきたのが悪いんだろうが。バーカ」
「ハッ、もう行こうぜ。テメエらも諦めねえようだったら殺すぞ」
「待てっ」
制止しようと男たちを追おうとするアレク。どうするべきか一瞬悩んだとき、地面に蹲っているスタンと目が合った。その眼は強い意思をもって、アレクの行動を諫めろとばかりに首を小さく横へと振る。
「アレク、やめろっ」
スタンのそのジェスチャーを見た俺は、すぐにアレクを制止する。どうしてと訴えんばかりに俺をみるが、真っすぐにそれを受け止め大丈夫と頷いてみせると、納得できなそうな様子だが、なんとかその足を止める。
二人の男は振り返ることなく、すこしばかり急ぎ足で去っていった。すると、すぐさますすり泣きが周囲へと響き渡る。見るとあの姉妹が肩を寄せ合って泣いていた。
「うう、ママのネックレス」
「取られちゃったよぉ」
スンスンとなく姉妹にクリスとセティが申し訳なさそうに、姉妹に寄り添っていく。
「力が足りないばかりに、君たちのネックレスを取り返してやれなかった。すまない」
「ごめんねえ」
二人も心なしか泣きそうになっている。まあ、今回は相手が少し悪かった。ちょっと戦闘力が高すぎたから、変に喧嘩を売っていたら大怪我ではすまなかったかもしれない。
「泣くんじゃねえよ」
そんな姉妹にいつの間にか立ち上がったスタンがヘラヘラと笑いながら、近づいていく。
「スタン、怪我は大丈夫か」
「ああ、ちゃんと殴られるときによく見て、顔を捻ったからな。大してダメージはねえ」
心配するアレクに手をヒラヒラさせながら答えるスタン。そのままスタンは姉妹の前へと立つ。
「でも、ママのネックレスが」
「ほれ、これだろ。もう、なくすんじゃねえぞ」
スタンはそう言って、服の袖からじゃらりとネックレスを取り出す。
「ああっ⁉」
「ママのネックレスだあ⁉」
姉妹は目を丸くして差し出されたネックレスを見つめる。そして、飛びつくようにしてスタンの手からそのネックレスをもぎ取った。
「あんま、見せびらかすとまた取られるからな。大切にしまっとけよ」
「うん、お兄ちゃんありがとー」
「もう絶対になくさないから」
礼を言う姉妹の頭をスタンは優しく撫でる。
「な、どういうことだ」
クリスが信じられないといった様子で、姉妹の持つネックレスへと視線を注ぐ。
「まあ、昔取った杵柄ってやつだな」
「スタン君は元はスリだったんだよ」
「すごーい、神業ッ‼」
ドヤ顔のスタンの隣で、エリスがスタンのことをそう説明する。セティは純粋にその技術に称賛の声をあげる。俺も盗む瞬間が全く見えなかったから半信半疑だったが、唐突なスタンの行動や意味ありげな視線からもしやと思い、アレクを制止したのだ。だけど、実際目の前にしてみると、その技量には目を見張るものがある。もし、スタンがスリを続けたなら伝説のスリ師とか呼ばれる男になったかもしれないな。
「まっ、盗られたものを取り返しただけだから、スリにはなんねえだろ」
「はあ、お前って奴は」
悪びれもしないスタンに、苦笑いをするアレク。でも、アレクのそういった表情は初めて見るかもしれない。案外水と油のような二人だから、合う部分ってのもあるのかもしれないな。
そうしてスタンの神業に皆が盛り上がってると、ふいに遠くからぞろぞろと少年の集団がやってきた。始めは何事かと思ったが、少年たちは俺たちを指さし、そして大声で騒ぎ出した。
「おーっと、まじでスタン君じゃん」
「だから言ったろ」
「もう、他のグループに入ってんか。相変わらず要領だけはいいな」
「まだボコリたんねえからな。邪魔するなら一緒にやっちまおうぜ」
会話の内容から以前スタンをリンチした集団に間違いないだろう。スタンも少しばかり顔を強張らせている。先ほどの大人のゴロツキよりかはかなり力は落ちるが、それでも数が多い。折角のスタンの機転で魔法を見せずに済んだと思ったが、無駄になってしまうかもしれないな。まあ、でも仲間を襲われそうになるのならば、仕方ないことではある。そう思いながら俺は呼吸を整え、魔力を内に練り上げていった。




