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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
ポンコツ家長とスリ少年
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想い出


 今日はそのまま、スタンの看病をすることとした。アレクとエリスに家を頼み、俺も街で食材を購入するとすぐさま家へと戻る。帰宅後も、まだスタンは目を覚まさず眠っていた。傍らでエリスが付き添い、小まめに額の手ぬぐいを替えてやっている。土製のたらいの中には氷が入れられ冷やされていた。エリスが魔法で作り出したものだろう。大分魔力のコントロールも上手くなったみたいだ。アレクはテーブルに座り、本を読んでいる。


「う……」

「お姉ちゃん!」


 エリスが顔を拭ってやると、スタンが短く呻き身じろぎをする。そして目を覚ますと、ぼんやりとした様子で周囲を見回し、俺たちを見た。その表情は熱のためかまだぼんやりとしている。顔も大分赤い。


「ここは……?」

「俺たちの家だ。スタンが倒れてるのをみたときは驚いたよ。慌ててここに連れてきたんだ」

「そうか、面倒かけたな」


 スタンは上体を起こし、自分の顔や腕を触り首を傾げる。怪我がすっかり治っていることに戸惑っているようだ。


「怪我はもう大丈夫だ。でも、熱があるから安静にしていたほうがいい」

「大丈夫って、結構酷い怪我だったと思ったけど」


 信じられないといった様子で己の顔を触るスタン。先ほどまで腫れあがっていた顔もすっかり元通りとなっている。


「私が神様にお願いして、スタン君を治してもらったんだよ」


 エリスが胸を張りながら、フンスとネタ晴らしをする。


「エリスは加護持ちなのか」

「うん、愛し子ってやつだ。大地母神の加護を持ってるんだ」


 ここまできたら隠してもしょうがない。


「助けられちまったな」

「まあ、困ったときはお互い様ってやつだよ。それよりスリのグループを抜けたんだって?」

「ああ、まあな」


 誇らしげに笑うスタン。どうやら本当に脱退したようだ。このスラムでたった一人となって生きようとする勇気は大したものだと思う。打算がないのは幼さのお陰なのか。だが、まだ子供のスタンがこれから先どうするつもりなのかが気になる。本人はいったいどう考えているのだろうか。


「スタンはスリを辞めて、これからどうしようと思ってるの?」

「ああ、俺は手先が器用だからな。奇術師の真似事でもして稼ごうかと思ってる」

「そっか」


 大分大雑把なプランだな。だが、たとえそれで食っていけたとしても問題はまだまだある。寝床も一人では見つけにくいし、常に危険が伴うだろう。俺もアレクやエリスと暮らし始めて、人が隣にいるありがたさというのが身に染みて理解できた。社会保障などないこの世界で、一人で倒れたら助けてくれるものなどいないからだ。


「でも、随分思い切ったね。あんなこと言っておいてなんだけど、スタンはまだ小さいし、もう少し大きくなってからグループを離れるとかは考えなかったの?」

「まあ、それも確かに考えた。でも、また失くしちまうのが嫌だったんだ」

「失くす?」

「ああ、姉貴をな」


 あの強盗に殺されたという姉か。その話をしてくれていた時からスタンの様子は変だったな。もう既にそこで決意を固めていたのだろう。でも失くすとはどういうことだろう?


「えっ、スタン君もお姉ちゃんいるの?」


 エリスがスタンの言葉に食いつく。だが、既に故人となっている姉のことを話させるのは、スタン的にはどうなんだろうか。


「スタン、辛いなら無理して話さなくても」

「いや、いい。姉貴の顔を思い出せたのもリコたちのお陰だからな」


 小さく首を横に振り、スタンはエリスに笑いかける。そして今までの自身の境遇を話し始めた。


「俺には姉貴がいたんだ。母親は俺を生んですぐ死んで、酔っ払いの暴れ者だった親父はいつのまにかいなくなっちまった。それからは姉貴が俺を育ててくれたんだ。工場で一日たりとも休むことなく働いて俺を養ってくれた。曲がったことが大嫌いな人で、法神の熱心な信徒だったなあ。よく俺にも聞いた説法を同じように説いてたよ。真っ当に生きろって」

「いいお姉さんだね」

「ああ、いい姉貴だった。でも二年前の俺の誕生日に呆気なく強盗に殺されちまった」

「えっ⁉」


 エリスが小さく息を呑む。背後でアレクも少しばかり身じろぎをした。チラリと見ると、居住まいを正しているのが見える。真剣な面持ちでスタンを見ている。


「それから孤児院に預けられたが、そこがまた最悪の場所でな。逃げ出して、ここに流れてきたときにズマってスリの人に拾われて、なんとか飯が食えるようになった。俺は才能があったみたいで結構可愛がられたし、居心地は悪くなかったよ。まあ、生きてくためにはしょうがないってすぐ割り切ることもできたしな。でも、そうして過ごしていくうちにふと気付いたんだ。想い出の中の姉貴の顔が思い出せなくなっていることに」


 スタンは己の手をじっと見る。曲がったことを嫌う姉の教えに背いていたことに、内心では苦しんでいたのだろう。その罪の意識から逃げるために、姉の顔を思い出さないようにしていたのかもしれない。


「必死に思い出そうとしてもできなかった。でもあの日、リコが俺の姉貴と同じことを言ったとき、霧が晴れたように姉貴の顔を思い出せた。あれだけ思い出そうとして思い出せなかったのに」


 開いた手の平をぐっと握るスタン。


「涙が出そうになるぐらい嬉しかった。もう失いたくなかった。だから、決めたんだ。もう、スリはしないって。必死に俺を育ててくれた姉貴に報いるために、真っ当に生きていくって。それがどれほど困難であっても」

「そうか」


 スタンにそんな事情があるとは知らなかった。老婆心とほざきながら、スタンのためとばかりに気軽にした忠告が、まさかそんな形でその心に刺さっていたとは。その結果、スタンは真剣に姉の想いに応え、幼い身でありながら困難な道に己を投げ出した。なら、俺も相応の責任をとらないといけないだろう。

 そう思っていると、部屋にすすり泣きが響く。見ると、エリスが泣いていた。ボロボロとその頬に大粒の涙が流れていく。


「うおっ、泣くなよっ」

「だって、スタン君が可哀そうなんだもん」


 スタンが慌てふためきながら、立ち上がりエリスに歩み寄ろうとする。しかし、数歩するとグラリとふらつき倒れそうになる。


「おおっと」

「スタンッ」


 危ないと支えようとするが、いつのまにか近づいてきたアレクがスタンの腕を取り、その身を支える。


「病人なんだ。まだ横になっていたほうがいい」

「あ、ああ」

「そうだよ、無理しちゃだめだよ」


 優しげな様子のアレクに戸惑いながら、スタンは頷く。エリスも目を赤くしながら、腕をそっと触りスタンを気遣う。二人共今の話を聞いて、スタンに対する距離感が大分近くなっているようだ。アレクに支えられながら再び、ベッドに横になるスタン。大分疲れたのか、何か話そうとするも目を閉じるとそのまま眠りに落ちてしまう。


「おやすみ、スタン」


 健やかに寝息をたてるスタンに、俺はそっと声をかけた。






 


 

 

 

 




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