行き倒れのスタン
まだ日が昇り切らぬ頃、秘密基地の前で俺たちは向かい合っていた。
「よしっ、アレク、エリス、準備はいい?」
「……うん」
「はいっ、いつでも大丈夫ですッ」
元気いっぱいに頷くアレクに俺は満足する。うむ、やはり子供は元気が一番。エリスは若干朝が弱いからまだ大分眠そうではある。首をときおりガクンと落とし、夢の国から帰ってくる。無理はしなくていいとは言っているが、俺たちと一緒にやりたいと真剣に訴えるので何も言わないことにした。子供の自主性を尊重するのも家長の務めだ。
では、始めるとするか。古よりの定めの修練を……。俺は胸いっぱいに早朝の空気を吸い込むと、叫ぶ。
「ラジオ体操第一ッ」
チャンチャンチャチャチャチャチャ、チャンチャンチャチャチャチャチャ。
夏といったら、これだ。脳内に鳴り響くBGMと早朝の澄んだ空気、夏草の匂い。小学生のとき、夏休みに近所の公園へ毎朝通ったことをノスタルジーに思い出す。
それにラジオ体操と侮るなかれ。この体操は全身を効率よく鍛えることができ、かつ子供から老人まで行える万能体操なのだ。なんかテレビで見たから間違いない。育ち盛りのキッズの俺たちにうってつけといえるだろう。まさに健康に勝るものなし。
数分に渡る体操をアレクとエリスも真剣な面持ちで行う。うん、いいね。素直な子供は伸びるっていうけど、二人の優秀さはそれも要因の一つだろう。俺の子供の頃は少し斜めに構えるぐらいが同世代に受けが良く、陰で教師をセンコー、センコー言ってたなあ。もう少し真面目にやればよかった。
だが、幸いにして俺は二度目の人生を歩んでいる。前世の教訓を活かし、素直系キッズとして優秀な人物になるべく、姉弟で日々研鑽だ。
「ふう、いい汗かいたぜ」
まだ涼しげな早朝とはいえ、数分も真剣に体操すると汗をかく。朝風呂といきたいところだが三人入ると、時間を大分費やしてしまう。軽く拭う程度で済ませておくか。
「ふう、朝の運動は気持ちいいねえ」
「だろう」
エリスが額にかかる黄金色の髪を払いのけ、額を拭う。
「でも?」
「ん?」
「ラジオって何?」
「まじないの言葉の一種だよ。特に意味はないかな」
当然ラジオなんてこの世界にはないので、訳の分からない知識をエリスの頭にいれないように俺は説明を省く。エリスも特に疑問に思うことなく、「そっかあ」と素直に頷いている。将来もしラジオが作れたら、そのとき教えてやろう。俺は文系だから、たぶん無理だけどね。
「でも、この体操のお陰で大分体が温まってきました。僕はこのまま、剣の特訓を少ししていきたいと思います」
「うん、わかった。ご飯ができたら呼びにいくね」
「お姉ちゃん、私も手伝うよっ」
その場で側に置いてあった剣を取り出し、素振りを始めるアレク。あの夜以降迷いが大分ふっ切れたようで、剣速も大分鋭くなっているのが素人目にも解る。俺は少し素振りを見た後、エリスを伴って秘密基地へと戻り、朝食を一緒に作り始める。
エネルギーを消費したのなら、その分栄養を取らねばならない。子供ならなおさらだ。今現在作れる料理は手間暇はかけているが、それでも栄養素的には若干不安を覚えるものとなってしまっている。いつか、腹がはち切れる程肉なんかを食わせてやりたいなあ。
そういえば、資金がまた乏しくなってしまった。今日も一般街で金策に励むとでもしますかね。
朝食を済ませた後、俺たちは一般街へと向かっていた。今日も花を売って、金を稼ぐ予定だ。
「おでかけ、おでかけ」
「今日もたくさん稼げるといいですね」
ウキウキなエリスの横で、アレクも笑顔で俺に話しかけてくる。以前は少しばかり嫌そうなそぶりを見せていたが、今ではすっかり見られなくなっている。アレクとはあれから数日に一度、夜に二人きりで話し合っていた。その甲斐あってか、俺に対しても以前より子供らしい笑顔を向けてくれるようになった。やっぱコミュニケーションって大事だなあ。
会話の中で、アレクが俺に聞きたがるのは主にラノベの主人公の英雄譚だったり、俺の世界の哲学の話だったりする。この前、孔子が父親の罪を訴えた子を正直者と評するのを否定し、本当の正直とは心の中にあるといったエピソードを教えてやると、目を見開いて聞き入っていたのを思い出す。
この世界にもそのような学者や哲学者などはいるのかもしれないが、俺はよく知らないので名前をぼかして前世の話をしたのだ。でも、知識を貪欲に吸収しようとするアレクを見て、教育もそのうち考えないいけないと思わされた。そして、俺自身もこの世界の知識をどこかで学ばねばならないだろう。少年老い易く学成り難しっていうしね。早い方がいいな。
「あ」
アレクとエリスの教育について考えていると、エリスが何かを見つけたようで声をあげる。
「どうしたの」
「うん、お姉ちゃん。あそこに人が倒れてる」
エリスが指さすほうを見ると、路地裏の間で背を壁に預け、少年がぐったりしているのが見えた。その体を覆う服はところどころ破れ、露出した肌は赤黒く染まっている。
酷いな。仲間内のリンチだろうか。ここでの死因は病気や餓死が多いが、その次に多いのが殺人であり、仲間内のリンチ殺人はその半分を占めるほど多いらしいと聞いた。加減を知らない子供故、その暴力の結果も惨いこととなる。
なので、ここで子供が倒れているのを見るのは決して珍しいことではない。故に誰もが見て見ぬふりをし、通り過ぎていく。俺も見つけたら、自身の眼でHPを確認しているが、残念なことに今まで死んでいるものしか見たことがない。まあ、生きてたとしても助けられなかったとは思うが。
……でも、今はエリスという存在がいる。もしあそこの少年が生きているならば、癒しの加護を使えば助けられるだろう。そう思って自身の眼でステータスを確認する。
「えっ⁉」
思わず目を疑うとともに心臓が跳ね上がる。名前の欄を見て、その少年が顔見知りであり、つい最近も親しく会話を交わしていた人物であったことに気付いたのだ。思わず俺はHPも確認せずに、大声でその名を呼んだ。
「スタンッ⁉」




