かまをかける
今日はアレクとエリスの二人を連れて、一般街に花を売りに来ていた。
あの後、迷宮に潜ったことを二人に話したら、なんでそんな危ないことをとお怒りの言葉を頂いてしまったのだ。確かにヒヤッとしたこともあったし、単独での迷宮は危険であると身をもって理解した。
だが、あの実入りの良さはそれに見合うものだ。正直一人なら物乞いでも充分いけるが、三人だと厳しい。だから俺は二人と話し合い、今は迷宮行きを保留して魔法を二人がしっかり行使できるようになったら、三人で迷宮で稼ごうということになった。
「お花ー、お花いりませんかー」
「お母さんにお薬を買ってあげたいのー」
「……」
エリスが楽しそうにお花を道行く人たちに売っている横で、アレクが不承不承といった感じに花を恐る恐る差し出している。兄妹でもこういったところで性格が出るなあ。二人共似てる部分も多いが、違うところも結構多い。アレクは少し真面目すぎるところがあるかもしれない。花を売る前に、「姉さん、僕は屑拾いでもやるよ」と俺に言ったが、それで稼げる値段など雀の涙ほどなのでそれをアレクに伝え、却下した。
でも、やっぱりアレクもエリスも美形だし、三人そろってお涙頂戴とばかりにいない病気の母親をアピッたら、売れるわ売れるわ。やっぱ、人は見た目が七割ですわ。
しかし、そのとき俺の背筋に電流が走る。
「姉さん?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ぬう、このプレッシャー。奴か……」
迫りくる威圧感。これは間違いない。クソッ、このまま、ここにいるのはマズイ。
「行くぞ、アレク、エリス」
「えっ」
俺はアレクとエリスの手を引き、駆け足でその場を離れる。そして、路地裏に身を隠したとき、絶叫が響き渡った。
「天使ちゃーーーーーーん。今、確かにここに天使ちゃんの気配がッ。どこにいるのーー」
それはいつぞやの危ない女性であった。あれ以降も何度か遭遇し、一度など小脇に抱きかかえられ拉致されそうになってしまっていた。やむなく、魔法で不意をつき失神させて逃げ出したが、それでもめげずに俺を探してくる。
「ふう、やはり奴だったか。危ないところだった」
「誰ですか?」
「知らん」
名前はジェニーといったか。一見、真面目そうな風貌だが、異様に俺に執着をみせるロリコンなのだ。他にも危ないストーカー野郎みたいなのはいるが、その中でもあの女はとびっきりだ。ヤバイ匂いがプンプンするぜ。やっぱ、ああいうのもいるし、迷宮に稼ぎをシフトするのがいいかもしれないな。
「行こう、ここにいると見つかるかもしれない」
なんとも言えない表情の二人を伴い、俺はその場を後にする。ああ、ちょうど昼頃で人が集まる時間帯だったのになあ。
「ふう、ここまでくれば大丈夫だろ」
裏道を抜けて遠くへと退避した俺たちは街路樹の下へと入り涼をとる。いまだ日差しはカンカンに照っており、既に全身に汗が張り付いている。一刻も早く秘密基地に帰り、水風呂に入って涼をとりたい気分だ。
「あ、スタン君だー」
そんなとき、エリスが道を往来する人たちを指さす。そこには確かにスタンがいた。悠々とポケットに手を入れ、呑気に人込みをスイスイと歩いている。
「あっ」
アレクが小さく声をあげる。その理由は俺にも分かった。スタンがスリを行ったのだ。速すぎて何をやっているのかよく確認できなかったが、素早くその手が恰幅のいい男性の懐へと伸びたように見えた。しかし、その男性は全く気付く素振りも見せずに去っていってしまう。スタンもスリなどしていなかったかのように堂々と人混みから脱け出し、そしてこちらへと気付く。
「おっ、リコとエリスか」
ニヤリと笑みを浮かべると、スタンはこちらへと歩いてくる。その際、一瞬アレクと視線を交差させるが、互いに何も言葉は交わさない。
「ねえ、いまのって」
「おっと、わかったか。まあ、ちょいとお仕事をな」
そう言ってポケットよりジャラリとたくさんの硬貨を握ってみせてきた。
「身なりがいいだけあって、中々の収穫だったぜ。後であのおっさん、空になった財布を見て驚くだろうぜ」
「うん、そっか」
前世でならすかさず交番に駆け込む案件だが、ここでは社会が弱者を護ろうとしていない。スラムでは過酷な人生を終える哀れな子供もいるのに、手は一向に差し伸べられない。女子供というだけで、俺の盗られた金を取り返してくれたスタンを批判することなど、今はできようはずがなかった。
「スタン君は働き者なんだね」
「ま、まあな。今のところには拾ってもらった恩もあるしな。ちゃんと返さねえと」
スタンはエリスの褒め言葉に、顔を赤くしながら少し誇らしげにに鼻をこする。うん、わかりやすいな。
そんなとき、アレクが唐突にスタンに話しかける。
「おい」
「あん、なんだよ」
最初から一触即発な様子の二人。そのプレッシャーの前に俺の胃はキリキリと痛む。喧嘩は止めてほしいなー。
「お前、ジョセフさんを知ってるか?」
「知らねえな、誰だよ」
俺も知らないな。誰だろ、とエリスを見るとキョトンと首を傾げていた。エリスも知らない人らしい。
「顎に髭を蓄えた、茶色の帽子をいつも被っている人だ。よくスラムでも炊き出しに来てくれていた」
「へえ」
スタンは興味なさそうに相槌をうつ。アレクが何を言いたいのか、今一つ掴めない様子だ。
「紅班病は知ってるか?」
「ああ、冬にかかりやすい病気だろ。定期的に流行るんだよな」
「そうだ。一度かかったら適切な処置ができなければ最悪死もある病だ。でも、ムーンセレッソ草さえあれば死には至らない」
それは俺も聞いたことがある。病気は怖いから、冬場などうがい、手洗いを徹底的に行い、かからないように祈りながらビクビクして過ごしたものだ。一人で病気になったらほぼアウトだからね。
「だだ、この病は時折夏にもかかってしまう者もいる。ジョセフさんは奥さんに旅立たれ、残された一人娘を溺愛していた。でも今年の夏、娘さんが紅班病にかかってしまったんだ。だからジョセフさんはムーンセレッソ草を求め商人たちの間を必死になって歩いた。冬なら常備されているそれも、夏には乏しいから。幸いにして在庫を持つ商人の場所がわかってジョセフさんはその商人のもとにむかったがその際に、財布をすられ買うことは叶わなかった。財布には馬車代しか残っていなかったらしい。食い下がったが金がなければ品は渡せないと言われ、明日来るからムーンセレッソ草は取っておいてくれと言い残し、家へと帰ったんだ。一日ぐらい延びても大丈夫と思って」
「……それで」
スタンがいつのまにか無表情となってアレクに話を促す。その顔は大分白くみえる。大丈夫かな。
「だが、娘さんの容態はその夜に急変した。劇症化することはこの病には稀にあることだ。手当虚しく娘さんは亡くなってしまった。たった一人の家族を失い、悲嘆にくれたジョセフさんも先日首を吊って死んでしまったよ」
へ、そんなことなんてありましたっけ。大体炊き出ししてくれた商人にジョセフなんて人がいた記憶はない。俺がいないときに、そんなことを経験していたのかとエリスを見ると、エリスもフルフルと首を横に振る。どうやらエリスも知らないらしい。
「な、そんなこと。……俺は、ただ」
しかし、スタンは顔面を蒼白とさせ動揺している。心当たりがあるのだろうか。確かに馬車代を残すというのはスタンのスタンスではあるけれど。もし、スタンが原因でそのような悲劇が起きてしまったら、どう声をかければいいのか。
しかし、アレクはそんな緊迫した思いをあっさり一蹴する。
「まあ、作り話なんだけどな」
ハァ⁉ コイツ、今なんて言った。
「ジョセフなんて人は存在しないから安心しろ。今のは全部嘘だ。よく考えてみろ。顎に髭を蓄え、茶色の帽子を被った人なんてたくさんいる」
「てめええええッ‼」
スタンは激高し、アレクの胸倉を掴み上げる。しかし、アレクは平然とした面持ちで、スタンを挑発する。
「確かに今のは嘘だ。でも、その嘘に容易く引っ掛かるのは、お前自身に覚悟ができていないからにほかならないんじゃないか? それに、お前がスリを続けるんなら、こういった事態が今後起こらない保証はないぞ」
「ぐうっ」
スタンは歯を食いしばりながらも、アレクの襟から手を放す。そして何も言うことなく、俺たちに背を向けて去っていってしまった。
うーん、今のは……。アレクに視線を向けると、そこには満足そうな表情が浮かんでいた。うわっ、やってやったって顔してやがる。
「ふふん、どうやらアイツも少しは己の業を身に染みて分かったようですね。だけど、開き直ることなく、ショックを受けるだけ見込みはあるかもしれません」
ドヤ顔でそう言い放つアレク。確かにコイツの言いたいことはわかる。でも……
「アレク」
「はい、なんでしょうか姉さん」
「お前、結構酷いな」
「えっ?」
俺がジトッとアレクを睨むと困惑した表情を浮かべる。まさか、称賛されるとでも思ったのだろうか。
アレクはエリスに助けを求めるように視線を向ける。
「お兄ちゃん、今のは酷いよ……」
「ええっ⁉」
エリスにもNGを出され、意気消沈するアレク。でもアレクも結構こじらせてる気がする。今度、そこらへんのことをじっくり話し合う必要があるのかなあ?




