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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
ポンコツ家長とスリ少年
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闇ギルドにて


 闇ギルドに入った俺は、まず中の薄暗さに目を奪われた。街のギルドでは解放された窓から光が差し込み、その中で豪快に談笑する冒険者たちがいた。だが、ここでは窓は閉ざされ、中にいる者たちは皆息をひそめるかの如くジッとしている。人も街のギルドほど多くはないようだ。

 空気も、どこかじめっと湿っている気がした。更に何かの薬品みたいな刺激臭が鼻をつき、それを嗅いだだけでも頭がクラクラとしてしまう。もしかして、ヤバイ薬でも扱っているのだろうか?


「ん、またちびっ子冒険者か。今日は多いな。だが、たった一匹だけとは珍しいの。お前さん、他に仲間はいないのか?」


 店頭に立つ皺だらけの老人が、目を細めて俺を観察するように眺めてくる。


「あ、はい。ここに来たのも初めてなんです」


 俺は、そのことを正直に話すことにした。それで足元を見られるかもしれないが、魔物数体分の素材や魔石の価値等たかが知れている。それよりも、今は確実に金に換えられるかどうかを知ることの方が重要だ。


「そうか。まあ、ええ。ワシはただ物を受け取り、金を渡すだけじゃ。憐れな子供の境遇なぞ知りとうはない。飯がまずくなるからのう。ほれ、お前さんもチャチャッと出すとええ」


 そう呟き、手招きする老人。俺はカウンターへ歩み寄ると、ずだ袋から魔石と幾つかの素材を取り出して手渡す。


「ほうほう。……魔石3つに、ゴブリンの牙とスライムの外皮。後はノーマルバットの骨か。スライムの外皮はしっかり水抜きしてあるのう。うむ、大した手際じゃ。ノーマルバットの骨は……これは焦げているが、まあ許容範囲かのぉ。値は下がるがな。初心者モッパーにしては上々の出来じゃのう」

「おじいさん、モッパーってなんなんですか?」


 モッパー。あの迷宮にいたゴロツキたちも、そう言って子供たちを嘲笑っていた。


「モッパーとは、自分で魔物を狩れない者が、取りこぼしたアイテムや手負いの魔物を狩る行為のことじゃ」

「なるほど」


 きっと小さな子供なりの知恵なのだろう。それでも危険だし、他の奴らに目をつけられるリスクもあるが。


「それはそうと、今回の金額はこれじゃ」


 老人は魔石と素材を手に取り鑑定すると、それをもって奥へと行く。そして戻ってくるとカウンターの上に硬貨をジャラジャラと取り出し、俺の前へと置く。

 おおっ、結構いいな! これだけで数日は飯に困らない。たしかに、これなら命の危険を冒してでも潜ぐる者がいるのも納得できる額だ。


「ありがとう」


 俺は爺さんから硬貨を受け取る。硬貨のこすれるジャラっとした感触が実に嬉しい。まさに労働の喜びってやつだな。


「また、魔石や素材が入ったら持ってくるとええ」

「うん。……あ、そうだ。お爺さん、一つ聞いてもいい?」


 金も受け取ったし、こんなヤバイ場所からサッサと退避しようと思った。だが俺は、この老人から最後に聞いておきたいことがあったのだ。このお爺さんは飄々としてるけど、何だかんだいって色々なことを分かりやすく説明してくれたからな。だから、この質問も恐らく教えてくれるだろう。


「なんじゃ? 手短にすませい」

「うん、まあ別に大したことじゃないんだけど……。えーと、さっき街の外で凄い大きな人がいたんだ。で、周りの人が六剣とかいってたんだけど……六剣って何?」


 その瞬間、ギルドの空気が一瞬で張り詰めたのがわかった。気楽に聞いたつもりだったが、何か不味かったのだろうか。目の前の老人は黙ってジッと俺の目を見据え、周囲からは刺すような視線を感じた。うう……。少し悩みながらも結局好奇心に負けて聞いてしまったけど、これは聞かない方がよかったかなあ?


「……ボウズ。ここでは、その名を気安く口にだすな」

「う、うん。ごめんなさい。知らなかったから……」

「知らんで殺されても後悔はできんぞ。ここではお前さんぐらいの殺し屋もいる。体内に呪術を仕込まれ相手ごと自爆するような類の、な。だから、子供でも容赦はされん。……ここではな、気安く他人を詮索すれば死ぬことになるぞい」


 うわお、ここが魔窟と呼ばれる理由が今わかったよ。そりゃ皆怖がるわけだ。ここでは子供だからといって、気安く人になんでも聞くのは止した方がいいな。


「まあ、差し障りない程度には教えてやる。【六剣】はこの暗黒街のトップを張る六人のことを言うのじゃ。彼らは圧倒的な武力を持ち、その実力は冒険者でいえばSランクに届くともいわれておる。この国で彼らに勝てる戦士は皆無と言ってええ。故に国もこの暗黒街には介入できんのじゃ。ここは彼ら六人の総意で全てが決まる。彼らの意思こそが、ここでの法なのじゃ。六剣の怒りに触れ、殺されたものも数多い」


 注意してきた割には何だかんだで色々話してくれるな、このおじいさん。意外と親切な人なんだろう。でも、そんなヤバイ奴らがいるのか。しかも、国が介入できないって……。ま、まあ……平穏に暮らしていけば関わらずに済むだろう。君子危うきに近寄らずだ。今後ここへは換金のためにだけ来ることにしよう。


「彼らとは関わらないことじゃ。……もし関わったら最後、命はないと思うがええ」

「うん、絶対に関わらない」


 俺が抱く将来の展望は、金を稼いで住居を一般街に移してアレクやエリスと平穏に暮らすことだ。そうしたら、こんなところには二度と関わるつもりはない。そんなおっかない奴らがいるのなら尚更だ。


「それがええ。お、次の客がきたか。長く話し過ぎたのお。お前さんはとっとと帰れ、商売の邪魔じゃ」


 ギルドのドアが開き、まだ俺よりは歳上だが幼い少年少女の一団が入ってくる。確かに、ここにいれば色々と邪魔になってしまうな。俺は老人に頭を下げ、闇ギルドを出ることにした。


「おお、そうじゃ。ボウズ、ふらふらと奥へは行くなよ。あそこは富裕層の居住区になっとる。みすぼらしい恰好の者が踏み入ると、最悪殺されるぞ」


 背を向けた俺に対して老人は、そう最後に忠告してくれた。……殺されるまであるのか。帰る前に少し奥まで覗いてみようかなと考えていたけど、とっとと帰ろっと。



 ギルドを出ると、再びガヤガヤとした喧噪が響き渡っていた。空は大分暗くなっていたが、路地には松明が灯され周囲を明るく照らしている。スラムの夜は明かりなどほぼなく、月明かりがない日は静寂に包まれる。だが、ここでは夜も繁華街のごとき活気があった。不夜城ってやつだな。


「大分遅くなったな」


 秘密基地で待機している二人も心配していることだろう。今日は買い物をせずに帰るか。まだ食料の備蓄もあったし、大丈夫だろう。

 俺は暗黒街の門を出て、一度そこへと振り返る。ここは国すら介入できぬという場所。それを聞いたとき、この国のことをあまりにも知らなさ過ぎるという事実に俺は気付かされた。今まで漠然と日本にいた感覚で、ここの統治機構などに何の疑念も抱かなかったのだ。だがそれは、かなりヤバイことなのかもしれない。これほどまでの規模を誇るスラムを王都の外れに作り、あまつさえ暗黒街を取り仕切る六剣などという連中の存在を許してしまっている。どう考えても、それは異常だ。もし、暗黒街の連中が国に対して反旗を翻しでもしたら……。

 国外のことだってよくわからない。でも、例えば戦争などがあったら個人の幸せなど、あっというまに崩れてしまうだろう。もしそうなったら、家族を護るため別の国に逃げるという選択肢も必要となる。

 だが、それも金があってこそだ。これから俺は沢山強くなって、いっぱい金を稼ぐ。そして来るかもしれない未来に対し、備えなければいけない。幸い、今回の迷宮で稼げる算段はついた気がする。それに、もう一つ稼ぐプランを用意しているのだ。それが成功すれば、スラムの脱出もグッと近くなる筈だ。


「よーし、頑張るぞお!」


 まだうっすらと明るい道を、俺は声をあげて自分を鼓舞しながら帰路へとついた。

 




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