魔石ゲットだぜ
「ゴブゥ」
ああ、やっと二人きりになれたね……。
あれから俺は更に迷宮をさまよい歩き、なんとかこの状況を作り出していた。一階層目は予想以上に人数が多く、こっそり魔石をゲットとは中々うまく行かなかったのだ。こうして暫く歩き続け、ようやく念願が叶ってゴブリンとの対峙である。周囲に誰もいないし、これで魔法も使えるぞ。
そして、試したかったステータスチェックをゴブさんに行ってみた。これで魔物のステータスが分かれば、戦うのも大分気楽になる。
「駄目か」
だが、何度見てもステータスは見えない。……悪いなゴブさん。どうやら、この眼は人専用みたいなんだ。
「ゴブッ!」
焦らされたゴブ君がいきり立ち、棍棒を振りかざして襲ってくる。さすがに怖いので、その首目掛けて直ぐさま風の刃を放つ。ゴブリンは避けるそぶりも見せず、迫りくる風の刃に首を刎ねられる。そして、首を失ったゴブリンはパタリと呆気なく地面へ倒れた。うん、雑魚いね。
「さて、次は魔石を取らないとなあ」
これが一番の難点である。まあ、俺もスラム生活で虫や小動物を喰いまくった実績があるから、それほど拒否感はないが。それでも子供サイズほどある生物の解体は初めてだ。とりあえずゴブリンを仰向けにひっくり返すと、その胸部にナイフを突き入れる。それからズブリと埋め込んだナイフで切り開くと、確かに真っ赤な石が中から見えた。
うん。生き物の内部って意外と空洞が多いんだなあ……などとシリアルキラーじみた感慨を抱きながら、俺はゴブリンの胸部から魔石をブチブチと引き抜いた。そして目の前にソレを掲げてみると、少しばかりピリピリと感じる気がした。それは魔力によく似た感触だ。
「よし、帰ろうかな」
とりあえず、今日は下見も兼ねてこの迷宮に来たのだ。後は、これを換金して今日のミッションはコンプリートだ。先ほど見た子供たちのように、ゴブリンの牙も引っこ抜いてずだ袋に入れる。
「よしっと。……おおッ⁉」
そのとき、岩場にプニプニとしたゼリー状の動くものを発見する。……あれってスライムだよなあ。発見したスライムらしき物体は非常にトロイ動きで岩場を這っている。よく見ると、その中心部には魔石らしきものが見えた。もしかしたら、これも金になるかもしれない。そう思った俺は、取り敢えずスライムを焼いてみることにした。
俺は手から焔を出しながらスライムに近づける。するとスライムは塩をかけられたナメクジのごとく萎み始め、やがてぺしゃんこになる。
「よしっ! 魔石ゲットだぜ!」
それから縮んだスライムの外皮を剥ぎ、魔石を取り出す。……ふう、魔法が使えると迷宮はイージーモードかも。そう思った瞬間、後頭部に強い圧力を感じた俺はとっさに身を伏せる。
「ピィィィ」
途端にこめかみあたりに風を感じ、髪が数本ほど切り払われて宙へと舞う。……あぶねえ、危うく致命傷を負うところだった。すぐに襲撃者を視線で追うと、それは黒い羽をはためかせた真っ黒な蝙蝠であった。
「あんにゃろー、ヒヤッとさせやがってぇ……!」
俺は怒りに任せて、その背中に火球を撃ち込む。それを避けることもできずに、呆気なく灰燼に帰す蝙蝠。そして、俺は焼け落ちてきた蝙蝠の死骸から魔石を回収する。
「ふう」
だが、今のは本当に危なかった。この体は未だ幼女の域を出てはいない。大きな怪我を負えば、動けなくなる可能性だってある。そうなったら、待つのは死だ。いままでなら世界の片隅で孤独に死ぬというだけだったが、今の俺にはアレクとエリスがいる。だから、そう簡単に二人を残してくたばることなどできない。
でも、と俺は思う。確かに一人で迷宮へと挑むのは無謀かもしれない。今のようなワンミスで呆気なく命が失われるのだ。それで死んでしまったら後悔してもしきれない。……これは、まだ再考の余地があるなあ。
早目の帰還を決意した俺は、駆け足で来た道を戻ることにした。
「ということで、やってきました暗黒街」
場所は知っていたが、今まで足を近づけなかった場所。スラムに住む者なら誰もが憧れ、誰もが恐れる場所だ。足早に迷宮を退散した俺は、それから直ぐさま暗黒街と呼ばれるスラムの中心区に足を運んでいた。
「すげえな」
その景観に俺は目を見張る。しっかりと手入れをされた建物が立ち並び、そして驕奢な服装に身を包んだ華やかな娼婦が絶えず客引きをしている。悪臭などは余りしないが、酒と香水の匂いが鼻をつく。しかし、言われなければここが同じスラムだとは信じられないレベルだ。道行く人たちも皆、上等な衣服に身を包んでいる。もしここが一般街と言われても、暗黒街のことを知らない人なら誰も疑わないで信じるだろう。
俺はキョロキョロと周囲をおのぼりさんのごとく見回していると、急に周囲がざわめき始める。
「ん、何だ?」
何かお祭りでも始まるのかな? 俺は周囲の人々の視線を追う。すると両脇に数人の美女を侍らせた巨体の男が、悠々と割れる人込みの中を闊歩している姿が見えた。
で、でけえ……。あれ、何? 人間のサイズ超えちゃってるよ。3メートルはあるんじゃないの?
しかも、その巨体は鍛え上げられた筋肉で膨張している。縦も横も規格外のサイズで、皮のシャツがパツンパツンで今にも弾け飛びそうだ。そして、その背中には大きな二本の剣を背負っていた。
「ヤベエ!【六剣】の一人、バズさんだ‼」
「おいっ、目を合わせるなっ⁉ 殺されるぞ!」
隣のあんちゃんたちが、恐れ慄きながら囁きあっている。……てか、六剣ってなんだろ? 二つ名みたいなもんかな? それはわからないが、暗黒街近辺の有力者であることは周囲の反応からわかった。皆、すげえビビってるしね。よし、ちょっと視てみようかな。俺は、バズと呼ばれた男のステータスをチェックすることにした。
【バズ】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :29歳
HP :412
MP : 55
力 :312
防御 :302
魔力 : 42
早さ :212
器用さ:123
知力 :112
魅力 :189
武器適性
剣 :B
槍 :B
斧 :A
弓 :E
格闘:A
杖 :F
魔力適性
火 :D
水 :E
土 :B
風 :E
……うん、強いわ。今まで見た中で三番目に強い。何、アレ。スラムを支配する幹部か何かなのだろうか。
──そのとき、バズの視線がジロリと俺の方を向く。ヒィ、やべえ! ガン見してたのがバレたか……⁉
だが男は一瞬で俺への興味を無くすと、美女を侍らせたまま街の奥へと進んでいった。……ふう、アブねえ。心臓が止まるところだったぜ。だけど、すごいプレッシャーだった。もし、あんなのが俺の近所でうろついてたら……。とてもじゃないが銀髪鬼参上なんてかませないな。きっと、瞬殺されてしまうだろう。
俺は試しに周囲の人たちのステータスを確認してみたが、皆平均値より少しだけ戦闘力が高めってとこだ。おそらく、あの男は尋常じゃない実力者なのだろう。やっぱ、スラムの皆からビビられる暗黒街なだけあるぜ。あの手の連中には、絶対に喧嘩を売らないように気を付けておかないとなあ。
ふう、気を取り直して換金だ。そしたらこんな場所、とっととずらかろう。闇ギルドとやらを探して周囲を見回すと、ちょうど俺と同じぐらいみすぼらしい格好の子供たちが建物から出てくるのが見えた。その建物は大きく、看板にはでかでかとギルドと書かれている。うん、あれだな。
得た魔石と素材を換金すべく、その建物へと俺は入ることにした。




