スラム街の迷宮
冒険者ギルドで闇ギルドの情報を聞いた俺は、早速スラム街にある迷宮へと向かった。
スラム街の迷宮は、スラムの中心地にある。そこでは大人のグループが群れをなし、犯罪も多く治安も悪い。なので子供だけのグループは、あまりそこを住居には定めないと以前マルコから聞いた。……確かに、ここに入ってから住人の平均年齢がグンと上がった気がする。時折野太い怒声が聞こえたり昼間から男を誘う娼婦の姿が見えたりと、スラムの中では他よりも活気があるように思えた。
それから周囲を警戒しながら進んで迷宮のある広場に出た俺は、その光景に目を見開く。
「うわあ……」
その開けた広場の中央には大きな階段があり、地下へと続いていた。そこから武装したスラムの住人たちが何人も出入りしている。その中には、俺と変わらない年齢の小さな少年少女たちのグループなどもいた。彼らは互いに手をつなぎながら、ビクビクと怯えた様子で迷宮内に入っていく。
次に俺は周囲の様子を観察する。この迷宮は、かつて神殿のような建物で囲まれていたのだろうか。なんらかの紋様を刻んだ壁の残骸や、地面には擦れて霞んでいる幾何学模様の石畳が見受けられる。そして面白いと思ったのが、周囲に開かれている露店だ。そこには武器を売っている者もいれば、怪しげな薬や食べ物を売っている連中もいる。おそらく迷宮へ潜る冒険者相手に商売をしているのだろう。
しばらく興味深げに露店を眺めていたが、俺が金のなさそうな小さな子供だからだろう。露店の連中に怪訝な表情で睨みつけられ、中にはシッシと手で払ってくる者までいる。そして露店の一つには、この迷宮の地図という物が売っていた。俺は、それを購入するとずだ袋に入れる。……多少値は張ったが先行投資だ。いたくない、いたくない。
……よし。他に見たところ大したものは売ってなさそうだし、そろそろ降りるとするか。今日の目的は、あくまでも迷宮の視察だ。ということで、迷宮内を少し覗く程度にとどめておく予定だ。作戦名は、いのちをだいじに。でも闇ギルドの換金システムとかは理解したいし、一匹ぐらい魔物を狩れたらいいな。
「お、意外と明るいな」
迷宮内に足を踏み入れるとき、俺は予め用意しておいた松明に火をつける。その火種は、入り口に用意されていた焚き火だ。迷宮の通路には、ボンヤリとした明かりを放っている石の装飾がところどころに見受けられた。それは何れも手の届かない範囲にあり、壁などに付いていたと思われる同様の装飾は全部抉りとられてしまっている。なので、迷宮の中は薄暗いといった感じだ。それから俺は階段をつかつかと下りていくと、やがて広けた空間へと出る。
「へえ」
そこは洞穴のようになっていた。ゴツゴツとした岩肌に四方を囲まれ、じっとりと湿った空気が少しばかり肌寒い。しかし入り口なだけあってか、人数は少なかった。それから少しばかり歩くと、今度は先程よりも広い空間に出る。そこでは何組かの小さな子供たちのグループが待機していた。といっても、さすがに俺よりも2、3才ほど上の年齢だが。とりあえず、彼らは一体なにをしてるんだろう。
「おい、お前。見ない顔だな」
子供たちのグループを興味深く観察していると、少しばかりガッシリとした体格の少年が俺の方へとノシノシ歩いてくる。俺が自分の顔を指さすと少年は横柄そうに頷き、それから怒鳴るように威嚇してきた。
「ここは俺らのナワバリだぞ! 邪魔したら、ぶっとばすからなっ!」
その少年は拳を振り上げ、殴る素振りまで見せてくる。俺は少年の仕草を恐れているように見せるため、伏し目がちにコクコクと頷いた。それと同時に、一応ステータスの方も確認する。
【デイブ】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :12歳
HP : 98
MP : 7
力 : 92
防御 : 63
魔力 : 3
早さ : 40
器用さ: 32
知力 : 45
魅力 : 54
武器適性
剣 :C
槍 :C
斧 :B
弓 :E
格闘:D
杖 :F
魔力適性
火 :D
水 :E
土 :D
風 :E
まあ、普通の12才ならこんなものなのかな。アレクの成長率なら、あと一年もあればダントツで突き放せるぐらいのステータスだ。この少年の背丈は成人なみに伸び切っているが、まだ他の大人たちとは能力的に並べていない。
「ボスッ、来たよっ!」
「おう、来たか!」
そんなとき、仲間の一人がデイブを呼ぶ。デイブは途端に俺への興味を無くし、仲間の下へと駆けていく。そして、壁に向かって全員で待機し始めた。
「んん?」
いったい何をしてるんだ? そう思って観察していると次第に壁から淡い光が溢れ出し、その中から醜悪な姿をした小鬼が一匹ツカツカと歩きながら現れる。おお、あれが魔物か! 自分の前世を思い出してから早2年。ファンタジー世界のモンスターと、ファーストコンタクトだ。
……というかなんだ、あの光は⁉ ゲートって奴なのか? もしかして、迷宮は召喚式なのかな。
「よしっ、スライムじゃなくてゴブリンだ!」
「いまだ、構える前に殺せっ!」
少年たちは一斉に襲い掛かると、棍棒やナイフでゴブリンを滅多やたらに打ちのめす。
「ギギヤアアア!」
「いてええええええええ」
悲鳴を上げながらも、手にした石の棍棒で近くにいる少年を打ちのめすゴブリン。めきゃッと鈍い音を立てて棍棒が腕にめり込み、彼の腕はあらぬ方向に曲がる。うおっ! 痛そー……。だが、その様子に他の少年たちは目もくれず延々とゴブリンをボコっていく。そしてゴブリンは次第に動きを止め、やがて完全に動かなくなった。
「……ふう、やったぜ」
ゴブリンを倒して安堵するデイブと、勝利の歓声を上げる仲間たち。
「いてえ、腕がっ……! 俺の腕がぁ……」
しかし、その中でゴブリンに腕を殴られた少年だけは地面に転がりながら悶えていた。……あの曲がり具合からして折れてるな。周囲の仲間たちは少年の姿を笑いながら眺めており、あまつさえ嘲笑している者すらいる。
「ハハ、お前へまったなあ?」
「おいおい、まだ狩りは始まったばっかだぜ? 一匹だけしか貢献してねえなら飯にはありつけねえぞ」
それを聞いた少年は少しばかり絶望した表情を浮かべるが、すぐに歯を食いしばって腕を抑えながら立ち上がる。
「だっ、大丈夫……! 全然やれる、たいしたことない……!」
しかし、その顔は見るからに青ざめており言葉も震えていた。きっと弱みを見せたらダメなグループなのだろう。そうしたら一気にヒエラルキーの一番下に転落し、こき使われるのかもしれない。……俺も、こういうのが嫌だから今まで一人で生きてきたんだよなあ。
「よしっ、そんじゃ解体すんぞ!」
まず少年たちはゴブリンを仰向けにすると、胸部を切り開いて手をつっこんだ。そして、そこからブチブチと引き剥がすようにしながら石のような物体を取り出した。
「うひょお! 結構でけえぜ?」
「こりゃ高く売れるなあ……!」
なるほど、あれが魔石か。ゲートとかあるわりに、倒してもドロンとアイテムにはなってくれないのか。これは少し面倒くさいな。
次に少年たちはゴブリンの頭部から牙を引き抜いていく。あれは素材の回収だろうか。
「ゴブリンは牙以外あんま活用できないからなあ」
「魔石はいいんだけどね」
そんな会話を交わしながら、解体を続けていく少年たち。なるほど、参考になった。まあ再びいちゃもんをつけられてもあれだし、とっととこの場を去るか。そう俺が思ったとき、別の少年グループが叫び声をあげる。
「出たぞお!!」
「コボルトだっ! 逃げないように気をつけろ!」
この場所を少年たちのグループはナワバリとし、ゲートより出てきたモンスターをすぐに狩るというスタイルをとっているようだ。効率的には良いのかな。……でも揉めて因縁ができてしまう可能性を考えると、やりにくい方法だ。そう考えると、あそこにいるグループは他より強い集団なのかもしれない。
そして、集団にボコられながらも何とか囲みを脱しようとする二足歩行の犬。そこへ後ろからタックルをし、逃がさぬよう必死にしがみつく少年たち。そんな彼らを横目に、俺は奥へと進むことにした。




