はじめてのギルド
俺はその日、一般街にある商業区の冒険者ギルドを訪れていた。冒険者というものが経済の中に組み込まれているからか、ギルドは商業区の中心域に存在していて建物もかなり大きい。
「入りにくいなあ」
ガチムチのアメリカ海兵隊みたいな連中が武骨な装備を身に着け、ガサガサと出入りしている。こええ……。今から俺、あそこへと入っていくのか。確実に浮くだろうなあ。でも、やってみなければ何も始まらない。これからのためにも金を稼ぐと決めたのだ。だから家長の努めを果たさねばならぬ。ええい、ままよ!
ギルドのドアを開けた瞬間、喧噪とそれに紛れた怒声が耳へと響く。ギルド内には飲食スペースなどもあり、そこでは日が高いうちから酒を酌み交わす者もいた。そしてギルド内に入った途端、何人かが俺に視線を向けてくる。中には子供という外見のためか興味深げにしげしげと眺めるものもいたが、次第に興味をなくしたのか自然と視線は外れていった。
あまりの喧噪に圧倒されて俺は暫くぼーっと周囲を見回していたが、後ろから更に人が入ってきたため邪魔にならないよう掲示板らしき物の前へと移動した。そして、なんとはなしにそれを読んでみる。……ふむふむ、なになに、なるほどねえ。大量に発生したスライムの駆除に迷い猫の捜索か。他にもゴブリン退治など、いかにもといった内容の依頼ばかりだ。そして、それらの詳細を示した付箋が掲示板に貼られて並んでいる。いずれも見る限りでは簡単そうなものしかないが、より高度な依頼は窓口で直接行うのだろうか。
そして、その場でギルド内の冒険者たちを観察してみる。それにしても、皆筋骨隆々だな。アスリートって感じだ。意外に女性も多いな。マッスルだけど。よし、どうせならステータスも視てみるか。あっちのマッスルお兄さんなんかいいかも。
【サーム】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :24歳
HP :203
MP : 24
力 :180
防御 :148
魔力 : 24
早さ :149
器用さ:167
知力 :124
魅力 :180
武器適性
剣 :C
槍 :B
斧 :C
弓 :B
格闘:C
杖 :D
魔力適性
火 :D
水 :F
土 :E
風 :F
うん、やっぱ街中でみる一般人よりかなり戦闘面の力が高いな。他の人も視てみるか。……うん、皆大体100以上で上も200前後ってところかな。200を超えるって結構優秀なのかもなあ。あ、あっちのムキムキお姉さんがこっちを怪訝な感じで睨んでる。ガン見してたのがバレたかな。そろそろ止めて、冒険者として登録でもしますかね。
ギルドの窓口には受付嬢らしき女性が複数おり、並んでいる冒険者たち相手に業務をしていた。いずれも中々に可愛らしい女性ばかりで、中には冒険者と楽し気に談笑している者もいる。やっぱ、容姿とかも採用条件に含まれているのだろうか。
「うーむ……」
しかし、俺の中で一つの疑惑がムクムクと湧き上がる。今の俺は結構悪目立ちっぽい感じとなってしまっているのが現状だ。すれ違う冒険者の中には驚いた顔で凝視しているものもおり、俺ぐらいの子供はどうやら珍しいようだ。
あれえ、おかしいなあ。以前にマルコから、年端のいかない子供でも迷宮へ魔石を取りに行って稼いでる者がいると聞いてたんだけど……。まあ、マルコ自身は危ないからよした方がいいと言ってたなあ。俺も自分の魔法の才能がどれほどあるか分からなかったから、あまり詳しくは聞かなかったし。……それが今となっては悔やまれるけど。
周囲を見回すと、確かに未成年らしき男女の姿は見える。だが何れも青年に近い年齢であり、俺と同じぐらいの子供の姿は見えない。でも、ここで悩んでても答えは出ない。受付で聞けば分かるだろうと、やむなく向かおうとしたとき――
「おい、そこのガキ」
一人の巨大な長い斧を背負った屈強な男が、俺に向かって声をかけてくる。年は中年に差し掛かったばかりというところか。厳ついが精悍な顔立ちをしている。俺は咄嗟に眼を使い、男のステータスを確認した。
【ボルト】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :31歳
HP :326
MP : 35
力 :245
防御 :228
魔力 : 20
早さ :151
器用さ:110
知力 :120
魅力 :242
武器適性
剣 :C
槍 :D
斧 :A
弓 :D
格闘:B
杖 :F
魔力適性
火 :F
水 :F
土 :E
風 :F
うお、強ぇ! この中じゃピカ一の性能かも知れない。……一体、そんなおっさんが俺に何の用だろう。
「な、なんですか……?」
ビビりながらも、俺は男へと返事をする。少し声が震えてしまったかもしれない。魔法で多少は自信がついたといえ、俺の中の根本的な部分はチキンであることに変わりないからなあ。
「おめえ、スラムから来たのか? 随分とボロッちい服装だが」
男は俺の全身をジロジロと眺めてから、そう尋ねてくる。その物言いはぶっきらぼうだが、敵意はないように感じられた。
「は、はい、そうですけど」
「登録か」
「はい、できればしたいなって」
嘘をついても仕方ないし、俺は正直に頷く。しかし、男はあっさりと俺の言葉を否定した。
「じゃあ無理だな。諦めて帰れ」
「えっ、なんでっ⁉」
その素っ気なく言われた言葉に、俺は驚愕する。
「お前、年はいくつだ?」
「えっ、9歳ですけど」
「ほらみろ。冒険者登録ができるのは12歳からだ。お前じゃ後3年かかる」
年齢制限があったのかっ⁉ 普段、無法がまかり通るスラムに住んでたから、すっかりその可能性を失念していた。……いや、言われてみれば普通はそうだよなあ。特に、一般的な常識や道徳を考えたら尚更ね。いくら門戸が広そうな冒険者だろうが、すぐに死んでしまうような子供を無条件で受け入れることなど考えられない。でも、だったらどうしよう? 俺の家計改善計画がこのままでは頓挫してしまう。
「じゃ、じゃあ、魔石の交換とかはできますか?」
「できねえぞ。魔石の交換にも冒険者カードがいる」
それも駄目か。もしかしたらギルドが主体となって魔石の供給とかを統制してるのかな? なら、俺が迷宮で稼げるのは三年後か。それまで物乞い生活は継続かあ……。
「それこそ、暗黒街の闇ギルドでもなければ換金はできねえ。スラムの連中は、スラムにあるクズ迷宮で魔石とかを稼いで換金してるらしいがな。まっ、お前みたいなガキがやっても死ぬだけだから止めとけ。命は一つしかないんだからな。どんだけ稼げたとしても、死んじまったら終わりだぞ」
俺は男の言葉に肩を落としていたが、闇ギルドと言う単語にガバッと顔をあげる。
闇ギルド‼ そういうのもあるのか。そこなら、俺のプランも実行できるかも。でも、暗黒街か。そこに住む連中は色々な噂や武勇伝があり、スラムの畏怖の象徴だ。これまでは保身のために足を伸ばさなかったが、今の俺なら魔法もある。ちょっとだけ覗いてみるぐらいなら良いだろう。まあ、はっちゃけなければ大丈夫だ。……たぶんね。
そういう事だから、ここにはもう用はないかな。一応、色々と分かったし。とりあえず、この男に礼だけ言って去ることにしよう。ここへ来るのは三年後に再検討だ。
「ありがとうございます。そういうことなら帰ります」
「おう、分かったならいい」
偉そうに胸を張り、鷹揚に頷く男。だが、親切心から声をかけてくれたのだろう。言葉はぶっきらぼうだが心配してくれてたし。俺は男にペコリと頭を下げ、その場を去ろうとした。だが、そのとき頭上より凛とした女性の声が響いた。
「ボルト、あなた馬鹿でしょう。迷宮に行くのを諫めようとして、闇ギルドのことまで教えちゃってどうするのよ」




