エリスと神様
「愛し子とは、生まれながらして加護を授かった者のことをいいます。そういった子たちは大抵物心が付く前に奇跡を行使し、周囲の評判を聞きつけた神殿からの勧誘や、生まれた町や村の推薦により見いだされて教団へと迎え入れられますね」
「へえ、そうなんだあ。ありがとうおねえちゃん!」
これは以前、まだ俺が一人きりで過ごしていたときの話だ。とある炊き出しの日、俺はふと大地母神の神官さんのステータスを視て加護というものの存在を知った。その後、俺自身にも何かしらの加護があるかもと思い、様々な種類の奇跡を頭に思い浮かべながら行使しようと挑戦したが、結果は全て駄目だった。それから奇跡が使えないことに嘆いた俺は、加護持ちの神官さんたちに色々尋ねてみたことがある。
「じゃあ、愛し子に生まれたら奇跡使い放題なの?」
「いえ、最初の奇跡はともかくとして、その他の奇跡は厳しい修練によって授けられていますね。私の友人にも愛し子はいますが、資質的には愛し子の方が大成するものは多い印象です。しかし、その中には放蕩や悪行の末に愛し子としての寵愛を失ったものもいます」
「なるほど、なるほど」
まあ、使えない加護にあまり固執するつもりはないが。なんたって俺は魔法が使えるし。
「じゃあ、もし私が神殿で修行したいっていったらさせてくれるの?」
「そ、それは……親の喜捨とか、学問とかいろんな要素があったりして、アハハ」
それでも、もし神殿で神官職につけば食いっぱぐれないかも。そう思い立ち質問すると、いままで慈愛に満ちていた神官さんは歳相応の若さで慌てふためき、ボソボソと小声でそう話す。……まあ、そうだろうな。いつの時代も宗教ってのは儲かるビジネスだろうし。これは駄洒落だが、信者と書いて儲けになるとは言ったもんだ。結局神殿に入れるのは資質ある愛し子や学問ガチ勢か、もしくは金持ちや権力者の親が子供に箔をつけさせてやろうとする場合とかなんだろうな。神官さんも、スタートラインがスラムの孤児である俺にはハッキリと言いにくいのだろう。まあ、タダ飯食わせてもらっている関係上、俺も文句を言うつもりはないけど。
「お姉ちゃん、私神様から加護を貰ったよ」
「マジで!」
朝食をアレクとエリスと一緒に食べていると、エリスが唐突にそんなことを言い出した。ちなみに朝食のメニューは昨日の残りの野菜スープとメチャ固石パンだ。さすがに毎日昆虫食はどうかと俺自身も思うところがあったからだ。
俺は、エリスの唐突の発言に、以前に神の加護や奇跡について調べ可愛い神官のお姉さんに根掘り葉掘り尋ねたときのことを思い出した。奇跡を授かるには厳しい修行が必要だときいたが、俺の知らないところで壮絶な修行でもしていたのだろうか。
「すごいじゃないか、エリス。どうやったんだ」
「んーと、昨日この秘密基地にアレが出たでしょ」
感心しながら問うアレクに、エリスが指をピンと立てて悪戯っぽく笑う。ちなみにアレとは小さな黒い侵略者のことである。それを見たエリスは悲鳴を上げ、俺たちに助けを求めてきていた。バグイーター初心者のエリスではまだ、彼奴には対抗できなかったようだ。
俺が摘み上げ、地球を舐めるなよとばかりに「森へお帰り」と外へと侵略者を解き放った。だが、その後もエリスはショックだったようで暫く涙目でベッドに蹲っていた。
「それで、またアレが出たら嫌だなって思いながら寝たら、夢の中にね、神様が来てくれたの。可哀相なエリス。あなたに奇跡を授けましょうって。これさえあればどんな敵の侵略も防ぐことができますよって」
「なんやて⁉」
えっ、なに、なんなの。そんな簡単に奇跡って授けてくれるもんなの……? てか、たかがゴキっすよ⁉ あの神官さんの言ってた事と全然違うやん! エリスが愛し子だから? いや、あの神官さんが言ってた愛し子の友人さんも、もしかしたら気軽に加護を授けて貰ったことに後ろめたさを感じて嘘をついたんじゃないだろうか。それとも、エリスが愛し子の中でも特別なのか?
「よかったね、エリス」
「うん!」
しかし、二人は疑問に思わないようで、朗らかな笑顔を交わし合っている。だが、奇跡を授かったとなると、気になるのは俄然その内容だ。防御系であることは間違いないけど、もっと詳しい内容が知りたい。
「で、エリスはどんな奇跡を授かったの?」
「朝ご飯を食べたら見せるね!」
エリスは屈託のない笑顔でそう言うと、スープに浸したパンを口へと運んだ。
「じゃあ、いくよー」
朝食後、さっそく奇跡を見せてもらおうと、俺たちは一番広い訓練室へと来ていた。エリスは両手を胸の前で組むと、祈るようにそっと目を閉じる。
「豊穣を司る我が主よ。その腕にて、か弱き信徒を護り給え」
その途端にエリスから神々しさを放つ淡い光が立ち上り、チリチリと周囲の空気が張り詰めていくのが分かった。エリスを視ると、MPも減っているのが解る。確かに奇跡を行使したようだ。
「ん?」
よく見ると、エリスの前にうっすらと光の壁が張られているのが分かる。俺は部屋の隅に落ちていた小石を拾い光の壁に向かってゆっくり投げつけると、小石はコツンとぶつかり跳ね返った。
「おおっ⁉」
次に光の壁を中指で軽く弾いてみると、確かな感触が指へと伝わった。どうやら、壁自体にダメージはないようだ。うん、でもこれは凄いな。まさしくプロテクションって奴だな。
「えへへ、これならアレが出てきても安心だね」
おいおいエリス、まさかゴキブリ相手にコレを使う気か……? 迂回されて、ソッコーで終わりそうだが。まあエリスも嬉しそうだし、それは言わないでおこう。きっと、実際に試す時がきたら解るだろう。
そして俺は気持ちを切り替えると、今まで言わないでいた話をエリスに一つ尋ねることにした。新しい奇跡を授かったエリスにとっては、丁度いいタイミングのはずだ。
「なあ、エリス」
「なあに、お姉ちゃん?」
「エリスは教団に入るつもりはないの?」
その言葉に、エリスは瞬時に真顔となる。後ろでアレクが息を呑んだのも伝わってきた。やはり、二人も同じような内容を考えたことがあるのだろう。
「愛し子なら、神殿でも特別待遇だっていうよ。そこに入れば綺麗な街にも住めるし、人からも尊敬されて将来は安泰だと思うんだ」
「でも、それだとお姉ちゃんたちと別々に暮らさないといけないでしょ?」
やはりエリスは俺たちと離れたくないから、その選択をしなかったのだろう。でも、その利点を子供の二人が十分に理解していると俺は思わない。今は辛くとも、将来的には最善である可能性が高いのだ。
「それも以前調べたんだ。別に神官は外部との接触を制限されているわけじゃない。面会という形で、週一か月一ぐらいで会うことだってできるらしいし。もしエリスが神殿に入っても、アレクと一緒にちゃんと会いにいくよ」
神殿では修行の妨げとならないよう、当然ある程度は外界との接触を断っている。なかでも、修行中の見習いは特に厳しく制限されるという。だが、愛や豊穣を讃え司る大地母神の教団は、それほど戒律も厳しくないと聞く。そうしてエリスは俺の話を聞き終わると、胸に手を当てて大きく息を吸い、強い意思を秘めた目で真っすぐに俺を見つめてきた。そして静かに口を開き、ゆっくりと話し始める。
「そうだね。確かに私が愛し子であるなら、お姉ちゃんたちにも神殿のお仕事なんかを斡旋できるかもしれない。生活も今よりずっと楽になると思う。でも、それでも私はお姉ちゃんやお兄ちゃんと一緒に暮らしていきたい。お兄ちゃんも以前は教団に入ればって勧めてくれたけど、そのときも断ったの。だって、私たちは家族だもん。それで、大地母神様にも相談してみた事があるんだ。私は、どうしたらいいですか? って」
「……神様はなんて?」
「エリスの心の赴くままにしなさいって。だから、私の心はずっと家族と一緒だよ。お姉ちゃんは、それじゃいや……?」
少しばかりうるんだ目で、俺を見つめるエリス。……いやな訳があるか。そんなの当然だろ。万が一にだって有り得ない。せっかく共に生きていける家族を見つけたのに、それをわざわざ手放したくなんかない。ただ、俺はエリスたちの将来を……いや。やっぱり、まだ俺には覚悟が足りなかったのかもしれない。どこかに安易な道はないかと探していたのだろう。俺も自分の心に嘘をつくことはやめよう。たとえそれが我が儘だろうと、俺はこの二人と共に生きていきたいんだ。
「ううん、俺もエリスやアレクとずっと一緒にいたいよ。ごめんね、こんなこと言って……」
「お姉ちゃんが謝らなくていいよ。私のことを思って言ってくれたんだもんね。うんっ、お姉ちゃん大好きっ!」
エリスが俺へと抱き着いてくる。まだ一つしか違わないというのに、エリスの体はもう俺より大分おおきい。まあ、俺の体も少しばかり同年代よりコンパクトであるから、尚更そう感じてしまう。そういえば、もうすぐ二人とも11才になるのか。肉付きも徐々に女性らしくな りつつあるエリスの体を優しく抱きしめながら、俺は二人の誕生日が近いことに気付いた。そろそろお祝いの準備とかしときたいな。
「お兄ちゃんもカモンッ!」
やがてエリスのテンションが絶好調となり、アレクに手招きする。ただ、女の子がカモンはちょっとな……。俺がたまに使っているから、真似をしてしまっているのだろう。少し自重しないと。
「いや、僕はいいよ。見ているだけで十分だから」
「駄目ッ‼」
エリスは俺を抱擁したまま、アレクへとにじり寄る。うおぉ、体が引きずられるっ⁉ エリスの身体のどこにこんな力が。これが愛し子パワーなのか……!
「えいっ!」
そのままエリスはアレクも一緒に抱擁してしまう。そうして、しばらく三人でじゃれ合いながら俺たちは時を過ごした。




