スラムの子供たち
日々、アレクとエリスの魔法訓練を行う傍ら、俺は飯のために花を売りながら物乞いを行っていた。そんなある日。
俺はアレクとエリスを連れ、大地母神の神殿の炊き出しへと向かっていた。腹が膨れりゃいいんだ! 細けぇこたぁいいんだよ! とばかりにひたすらに質より量を追求する大地母神の炊き出しは、スラムの欠食児童たちにとっては救世主だ。タダ飯より美味いものはねえ!
「急ごう! アレクッ、エリスッ!」
「姉さん、この時間なら別に急がなくても間に合いますよ」
「お天気もいいし、ゆっくり行こうよー」
俺は二人を急かし、炊き出し場所へと向かう。こういうのは、いつの時代も早いに越したことはないのだ。そんな俺の様子に二人は穏やかに笑いあいながら、仕方ないとばかりに付いて来てくれている。その姿は傍から見ると、急かす妹に苦笑する兄と姉という感じだろうか。……俺の内心としては、ひな鳥に餌をやるため忙しなく虫を捕まえてる親鳥のような心境なんだけどね。
そうしてる間に、俺たちはスラムと一般街の境目にある広場へ辿りつく。広場には既に炊き出しのスケジュールを把握し、待機していた他のグループの姿がチラホラと見かけられる。その中の一人が俺たちを見て、陽気に声をかけてきた。
「あっ、リコちゃんたちだ! エリスちゃーん、やっほーーー!」
「セティちゃんだ、やっほー!」
元気に声をかけてきた少女は、近隣に住むモーラという少年をリーダーとした穏健なグループにいる仲間の一人だ。犯罪は犯さないという信条のもと、日々ゴミ拾いや日雇い労働で糧を稼ぎ仲間内で助け合っているグループだ。彼らは最近この周辺に越して来たばかりだが、リーダーであるモーラの高潔な理念は周囲からも一目置かれている。実際に当人も優しく親しみやすい少年であり、俺も会った時は積極的に会話を交わしている。
俺は、早速エリスと手を振り合うセティのステータスを視てみることにする。
【セティ】
種族 :人間
性別 :女性
年齢 :10歳
HP : 32
MP : 27
力 : 25
防御 : 18
魔力 : 21
早さ : 20
器用さ: 28
知力 : 31
魅力 : 90
武器適性
剣 :E
槍 :E
斧 :E
格闘:E
杖 :C
魔力適性
火 :C
水 :B
土 :C
風 :B
「セティたちも来てたんだ」
「うん! モーラお兄ちゃんや、兄さん、ギギたちと一緒にね」
そうセティは屈託のない笑顔で言うと、笑いながら自分の仲間たちへと振り返る。
「やあ、リコ」
そのとき、相手のグループ内で一際年長の子が微笑みながら俺に話しかけてきた。それはくすんでいても輝くような金髪を肩口まで伸ばし、白磁の肌に真っ赤な唇が映えるコケティッシュで美少女然とした外見の人物。その人物は、おっとりした可愛らしくも美しい笑顔をコチラへと向けてくる。そう……何を隠そう、この人物こそ俺の脳内に密かにある可愛い子ランキングで、エリスと共にツートップを張っている片割れの一人だ。しかしてその実態は――
「やあ、モーラ」
【モーラ】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :15歳
HP :163
MP :127
力 : 95
防御 : 78
魔力 :230
早さ : 70
器用さ:140
知力 :212
魅力 :267
武器適性
剣 :F
槍 :F
斧 :F
格闘:F
杖 :A
魔力適性
火 :D
水 :B
土 :A
風 :B
――だが男だ。そう、誰しも間違えるがモーラは歴とした男性である。線の細い体つきや美しい容貌、男にしては無駄に高い声と初見なら誰もが騙されるのだ。モーラ自身はとても穏やかで優しい性格のため、彼を女性だと勘違いする輩が後を絶たない。そのつど勘違いした相手に困ったように微笑みながら、自分は男だと優しく告げるのだ。でも、そんな優しい態度がまた相手を色んな意味で誤解させる遠因になってるんだよなあ……。
俺もモーラに初めて会ったときは、正直驚いた。あっちでは男の娘なんて言葉もあったけど、三次元でコレだけのレベルは見たことがない。さすがは月が二つある世界なだけあるぜ。俺も時折、心の中でモーラをモーラきゅんと呼んでしまう事もあるぐらいに可愛らしい容姿なのだ。
でも、彼のステータスの高さは容姿以上に目を見張るものがあった。なんでもモーラは貴族の妾の息子で、魔法が使えるという噂がまことしやかに囁かれている。俺は実際に見たことはないし、聞く気もないけど。だって、俺も魔法を使えるの隠してるしね。
「ガハハ! リコもエリスも相変わらず不細工だなあ。モーラ兄ちゃんを見習ったらどうだ!」
モーラの隣にいたツンツン頭のクソガキが、生意気な態度でのたまってくる。今の俺とエリスは炭を顔に塗っているから、そう見えるのも確かに仕方ないが。まあ、それを愚直に口に出してしまうのは幼さゆえかな。そんなんじゃモテる男にはなれんぞ、少年。
「こら、ギギ。女の子には優しくしないと駄目だよ?」
「そうよ、あんたって本当に最低の馬鹿ねっ!」
「イてぇっ⁉ これくらいで殴るなよっ、アンナ!」
モーラが慌ててギギと呼んだ少年を窘める。その隣では、ギギと同じぐらいの髪をツインテールにしているアンナと呼ばれた女の子が、ポカリとギギの後頭部を拳で殴りつけていた。どうせだからと、その二人のステータスも俺は視てみる事にする。アレクとエリスにはステータス向上のおまじないをしているため、その比較対象として同年代の子供たちのステータス確認は貴重なサンプルとなるからだ。
【ギギ】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :10歳
HP : 80
MP : 5
力 : 82
防御 : 58
魔力 : 3
早さ : 37
器用さ: 12
知力 : 28
魅力 : 49
武器適性
剣 :E
槍 :B
斧 :B
弓 :D
格闘:C
杖 :E
魔力適性
火 :E
水 :E
土 :E
風 :E
【アンナ】
種族 :人間
性別 :女性
年齢 :10歳
HP : 42
MP : 48
力 : 48
防御 : 31
魔力 : 77
早さ : 32
器用さ: 42
知力 : 46
魅力 : 82
加護:法神の加護
武器適性
剣 :D
槍 :A
斧 :C
弓 :B
格闘:C
杖 :B
魔力適性
火 :B
水 :D
土 :C
風 :D
うん、アレクたちと同い年だが、やっぱり二人よりかは低いな。でも、他の同年代の子たちよりは少しばかり高めである。モーラが何かしらの教育でも施しているのだろうか。同じ家長として、もっとモーラと仲良くなったら色々聞いてみたいところもある。いわゆるパパ友というやつかな。
「あはは、ごめんねリコ。うちのギギが」
黒髪のおっとりとした少年が、俺にそう言って詫びる。先ほどのセティの実兄である、クリスという男の子だ。彼の背後には、まだ数名の幼い幼児たちが隠れるようにしていた。クリスはモーラのグループ内で彼に次ぐ年長であり、副リーダーのようなポジションにいる。年齢は確か12歳だったと思うが、一応参考のために視ておくか。
【クリス】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :12歳
HP :122
MP : 67
力 :131
防御 : 81
魔力 : 57
早さ : 92
器用さ:112
知力 :165
魅力 :182
武器適性
剣 :D
槍 :D
斧 :D
弓 :A
格闘:D
杖 :C
魔力適性
火 :C
水 :C
土 :C
風 :D
以前に視たときよりも、ステータスがかなり上がっている。背も見違えるほど高くなっているし、やっぱり第二次性徴期を迎えた子供ってのはホントに数日で変わってしまうな。既に背丈もモーラより高くなっている。目測でも170㎝ぐらいは行ってそうだ。まあ、モーラは男性にしては身長が低くて160㎝ギリギリぐらいに見えるから、尚更クリスの方が長身に見えてしまう。
「別にいいよ。顔が良いと絡まれることも多くなるしね」
「はは、そうだね。うちもモーラ兄さん目当てで結構な頻度で絡まれることが多いから、よく分かるよ」
クリスは、そう言って苦笑し頬をかく。その仕草は大人びており、すでに少年から脱しようとしているようにも見える。よく見ると、その顎にはうっすらと髭も生えてきていた。俺は思わず、傍らにいたアレクの横顔を確認する。今はまだ子供だが、いずれはアレクも大人の男になっていくのだろう。
「ん、どうかしました?」
「ううん、なんでもない」
まだ中性的といえるアレクの顔を確認し、俺は首を横に振る。もう少ししたら、性教育とかをした方がいいのかなあ……。このスラムでは時々、まだ小さい女の子でもお腹が膨らんでいる姿を見かける事がある。その姿を見るだけで、俺は彼女たちの将来に不安を感じてしまう事も多い。アレクとエリスはしっかりしているから大丈夫だと思うが、知識はあった方が良いだろう。……まあ、俺も保険体育の知識は殆ど未実践で終わってしまったが。
「ところでリコたちは上手くやれてるの? 何か困った事があったら、いつでも言ってね。力になれる事があるかもしれないし」
「うん、ありがとう。その時はお願いね」
モーラきゅんが俺を心配するように、そう言ってくれる。そのアンニュイな表情は正に美少女。俺の耳朶をくすぐるボーイソプラノの響きに、思わずゾクゾクしてきちゃうぜ。
俺はモーラに礼を言うが、実際に頼ることはないだろう。俺も魔法を使えるから困ってないし、モーラのところには年端のいかない子供たちも多い。でも、彼らのグループは食事に困っている様子もないし、スラムの孤児が出来る仕事だけで果たして生計を立てられるのだろうかと疑問に思う。
「おう、存分に頼れや! モーラ兄ちゃんはスラムの迷宮に潜ってるから、ガッポガッポだぜ!」
「この馬鹿っ! それは言うなって言われてるでしょっ‼」
ギギの言葉に、アンナがゴツンと拳をギギの後頭部へと振り下ろす。そして、痛みに悶え蹲るギギを更に蹴りつけるアンナ。それを困ったように見ていたモーラは俺へ振り返ると、心配そうな表情で釘を刺してくる。
「……リコ、今のは聞かなかった事にしてね。あそこは、とても危険な場所だから。お金が稼げそうだと不用意に入った子供たちの死体が沢山あるんだ。あそこは大人でも危険なんだよ。それこそ、魔法でも使えなければ厳しいからね。分かったかな?」
そう言うモーラの表情は本当に悲しげだ。だが、最後に言い含めるように強調した言葉に、俺は強く惹かれた。やはり、何人もの子供たちを食べさせて行けるほどに迷宮は稼げるのだろう。モーラは心配してくれているが、俺が魔法を使えるということは知らない。……やはり、近々迷宮について調べる必要がありそうだな。
「あっ、兄さん! 神殿の人たちが来たよっ!」
セティが、兄であるクリスの裾を引きながら指をさす。それを見た周囲の子供たちも歓声を上げていた。大地母神の神官服を着た団体が馬車と共に現れ、この広場へと向かってくる。
「じゃあリコ、先に並ばせてもらうね」
モーラが皆を促すと、それに一斉に従う子供たち。うん、慕われているなあ。その様子を微笑ましく眺めながらも、俺の意識は迷宮へと飛んでいた。……今度、一般街のギルドにでも行ってみようかな。




