正義の味方
「じゃあ、行ってくるね」
夕食を終えた後、俺はアレクとエリスに留守番を頼む。
「はい、姉さん」
「頑張ってね! お姉ちゃん!」
アレクとエリスは快く俺を送り出してくれる。最初は二人も俺に付いて来ようとしていたが、魔法訓練で疲弊していたため秘密基地での待機を命じた。そして、俺は一人で秘密基地の周囲をテクテクと巡回する。夏という事もあって、日が落ちるのは遅い。まだ空はうっすらと明るく、熱さも完全には引いてはいない。
そうして目的地まで行く途中、怒号が俺の耳へと届く。どうやら、この近くで誰かが争っているようだ。
「……やれやれだぜ」
俺は懐に手を入れ、いつもの仮面があることを確認してから現場へと向かう。そこへ近づいていくと、段々話の内容も聞き取れるぐらいになってきた。
「いいから、とっとと金になりそうなモン全部出せっつってんだよッ‼」
「殺されてぇのかァ‼ ああん⁉」
粋がる野太い怒声と、子供たちの泣き声が響き渡る。どうやら子供たちが脅されているらしい。こっそり物陰から覗いてみると、二人組の男が刃物を持ち、俺より2、3歳ぐらい年上の少年少女たちのグループに迫っていた。
念のため、一応男たちの能力を俺の眼で確認する。まあ、こんなことしてる奴らが強キャラなわけはないだろうけど。でも、予想外に強かったら嫌だし……うん、雑魚だな。
安心した俺は子供たちを助けに飛び出そうと思ったとき、襲われていたグループの少年が暴漢に向かって叫ぶ。
「こ、こんなことしたら、銀髪ゴブリンが黙ってないんだぞ!」
その唐突な叫びに暴漢二人はきょとんと顔を見合わせると、次の瞬間けたたましく哄笑した。
「ギャハハ! 何を言い出すかと思ったら、あんな噂を信じてるのかよ!」
「正義の味方ってやつかぁ? バッカじゃねーの。そんなの居るわけねえだろぉ!」
……むっ、この付近なら結構ブイブイ言わせてる筈なんだが。しかし、実在すら完全否定とはコイツらご新規さんか?
「ほ、本当にいるよ。僕、見たんだから! この辺りでのを狼藉は許さないって言ってたもん! 悪いことをするんなら制裁を下すって……。だから、こんなことしたら銀髪ゴブリンが黙ってないんだよっ!」
別の少年が怯えながらも、そう暴漢に訴える。さすがにうっとうしくなったのか、男たちは再び顔を見合わせて頷き合うと互いの刃物を子供たちに突き付けた。
「じゃあ、ソイツが来る前にやることやらねえとなぁ! オラ、とっとと出せやッ‼」
「お、奥のガキ、結構いけてるんじゃねえ。ちょうどいい、お前は俺たちと来いっ!」
暴漢の一人が、少年たちの後ろにいる女の子の一人に目をつけて手招きをする。
「えっ、い……いやっ⁉」
「やめろ! この子に手を出すなっ‼」
勇敢な少年が両手を広げて、少女を庇おうとする。その行為が暴漢の逆鱗に触れたのだろう。いままで歯をむき出しにして威圧的だった表情を、スッと引っ込め真顔となる。……あ、これはヤバいやつだ。
「じゃあ死んどけや。おい、とりあえず一匹殺るわ」
そう相方に言い放つと、男の一人は無造作に少年へナイフを振り下ろそうとする。
――させねえよ。恐怖に硬直した少年の胸部に、その刃先が吸い込まれそうになった瞬間。俺の放った風の弾丸が、男の持つナイフを弾き飛ばした。
「なっ⁉」
驚愕に目を見開く暴漢。俺は仮面を手早く装着すると、その場にツカツカと足を進める。そして腹筋とアスに力を込めながら、低めにイケボを発動した。
「ソコマデダ。ワレハギンパツキナリ。コノシュウイハワレノナワバリ。ロウゼキハユルサン」
「銀髪ゴブリンだっ! 助けに来てくれた!」
先ほど俺の存在を口にした少年が、俺の姿を見て歓声を上げる。暴漢の二人は、信じられないといった様子で俺を眺めていた。
「マジかよ……」
「お、おいどうする?」
男二人は、どうするか決めあぐねているようだ。確かに、俺の見てくれは仮面を被った小さな子供だ。魔法さえなければ、制圧など容易に思えるだろう。だが、コイツらの結論を待ってやるほど俺はもう甘くない。刺されるのは痛いし、意表を突かれれば雑魚だって十分驚異になるのは経験済みだ。
「サバキヲウケヨ」
俺は自分の手に、これ見よがしに焔を纏わせる。恐怖に目を見開く暴漢と、それに反して歓喜の声をあげる子供たち。とりあえず殺しはしないが、二度とこんな事をしないよう適度に痛めつけなければならない。これは前世で読んだ漫画の内容だが、あるところに人里へ迷い込んだ子ザルがいた。それをみた獣医さんは子ザルを捕獲すると、ライターで軽く炙って痛みを与えてから逃がす。そして人間に酷い目に遭わされたと感じた子ザルは、二度と危険な人里に近寄ることはなかったとさ。めでたしめでたし。……とまあ、今から俺がする事は大体そんな感じだ。
「ヒィイ、ゆ、許してくださいっ⁉」
「もう二度としませんからぁあー‼」
それから数分後、暴漢たちは脇目も振らずに逃げ去った。彼らの全身は、俺の魔法によってズタボロだ。これで、この近辺に近づくことはないかな。でも、少々やり過ぎたかも。子供たちも引いてしまっただろうか……。
「すごいっ! 本当に魔法が使えるんだっ!」
「助けてくれてありがとー!」
「強ええ! かっけえええ‼」
なんということでしょう。全員が、目を輝かせながら俺の方へと駆けてきた。どうやら心配は無用だったようだ。まあ、スラムに住んでる子供たちだしな。暴力沙汰は日常茶飯事なのだろう。だが、この仮面を評価するとは中々に見どころのある子たちかもしれん。
「ケガハナイカ」
「はいっ、大丈夫です!」
少年たちなどは、特に目を輝かせてコチラを見ている。男の子って強さに憧れるからね。でも、あの暴漢たちみたいにはならずに、真っすぐに育ってくれるといいのだが……。
「オマエタチハイツカラココニイル」
どの子も、この辺りでは初めて見る顔だ。最近、少しずつこの近辺にも人が集まってるように思える。主に、力を持たない小さな少年少女たちだが。
「はい、僕たち以前は他のグループに入ってたんですけど、年長たちの暴力が酷くて……。だから、ここの噂を聞きつけて来ました。ここには、あなたが居るという噂を聞いて」
「ソウカ」
リーダーらしき少年が、俺の質問に丁寧な態度で答える。三ヶ月ほど前から、俺は近辺で治安維持活動を行うことにしていた。アレクとエリスに出会ってから、ただの傍観者として全てを看過することに疑問を感じ始めたからだ。
それに、ドリスとの戦いで自信を得られたことも大きい。騎士崩れといえど、魔法使いを斬ったという男に勝てた俺ならゴロツキの2、3人程度には容易すく勝てる。そうして特に暴力的なグループから順次潰していき、この周辺から追い出していった。この近辺を、アレクとエリスが安心して歩けるようにしてやりたかったからだ。それをこの少年たちは何処かで聞きつけ、安全を求めてここへと来たのだろう。
「あ、あの、別の子たちから聞いたんですけど、銀髪ゴブリンさんは水とかもくれるって。仲間の子が一人、お腹を壊しちゃって……」
「ウム、ナニカイレモノハアルカ」
おずおずと尋ねてきたリーダーの少年に、俺は鷹揚に頷く。それから少しして、少年の一人が素焼きの壺を持ってくる。俺は、その壺を受け取ると中を覗き込んだ。……うん、変な匂いはしないし乾燥もしてる。清潔そうだな。俺は魔法で水を生成して壺へと満たす。子供たちは再び目を輝かせて、その様子をジッと覗き込むように見ていた。
「ありがとうございますっ!」
リーダーの少年が深々と頭を下げる。この近辺では濁ってたり異臭がする危険な井戸も多い。燃料に乏しいスラムでは、煮沸消毒すら気軽には出来ない。だから見回りを行いつつも関わった子供たちに、安全な井戸や布で水を漉す方法などを教えてやるようにしている。それと共に、こうして水を作ってやる事も多い。
そして、この子たちにも井戸や飲み水のことなどを教えてやり、俺はその場を後にする。この子たちは、まだ世界の過酷さに歪んでいない。なんとか真っすぐに育ってほしいな。この活動が、その一助となれれば良いんだけど。
「デハワレハイク。ケンコウニハキヲツケルノダゾ。ウガイテアライ、ユメオコタルナ」
「ハイッ、ありがとうございますっ!」
「ありがとー、銀髪ゴブリンさん」
「また来てねー」
子供たちは去っていく俺の背中へ、いつまでも大声で呼びかけながら手を振り続けていた。それを見て、他の子供たちも野次馬のように集まって来ている。騒ぎが大きくなる前に早く行かないと……。
よし、もう今日は家に帰ろう。そして、アレクとエリスに今日あった出来事を話してやろう。二人も俺の活動は知ってるし、賛同もしてくれてる。きっと喜んで聞いてくれるだろう。




