魔法使いに大切なこと
あれから数日が経ち、エリスの熱もすっかりと下がった。本人の抵抗力もあったかもしれないが、やはり俺の特製アイスクリンが決め手だろう。やっぱり、アイスは最高の風邪薬だぜ!
ということで俺とアレクにエリスは、昼下がりに一番広い部屋へと移動して魔法訓練を行っていた。これは俺たちが共に暮らし始めてから、毎日の日課として行っているものだ。まず訓練を始める前に、俺は二人のステータスを確認する。
【アレク】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 : 10歳
HP : 92
MP : 18
力 : 92
防御 : 53
魔力 : 20
早さ : 50
器用さ: 40
知力 : 48
魅力 : 82
加護:剣神の加護
武器適性
剣 :A
槍 :B
斧 :B
弓 :C
格闘:A
杖 :D
魔力適性
火 :E
水 :E
土 :C
風 :E
【エリス】
種族 :人間
性別 :女性
年齢 : 10歳
HP : 48
MP : 67
力 : 23
防御 : 29
魔力 : 96
早さ : 28
器用さ: 42
知力 : 49
魅力 :100
加護:大地母神の加護
武器適性
剣 :D
槍 :E
斧 :E
弓 :C
格闘:C
杖 :B
魔力適性
火 :C
水 :B
土 :C
風 :C
二人とも成長期の子供だし、ステータスの上がりもいい。同年代では敵なしとも言える性能だろう。俺のおまじないの能力も相まって、将来性はSってところかな。これで第二次性徴期が来たら、一体どうなっちゃうのかと空恐ろしいところまである。
しかし、まだ二人は背も伸び切っていない小さい子供だ。肉弾戦よりも魔法を覚えさせたほうが護身になると思い、俺は魔法の訓練を優先している。当初こそ、魔法は本当に貴族か魔法使いの血脈しか使えないのではないかと懸念していた。また、もしかしたら努力が徒労に終わるかも知れないと思い、常に訓練の中止を念頭においていた。だが、その心配を今はまったくしていない。なぜなら――
「エリス」
「うんっ!」
エリスが両手を前へと突き出し、両目を閉じて集中する。すると、その両手の先端から淡い光と共に小さな水球が形成されたのだ。
「そう、いいよ。そのまま集中を解かないで」
「うん、むむむ……!」
エリスは俺の言葉に頷くと、額に汗をたらしながら水球の維持に努める。それが1分ほど続くと、やがてエリスは限界とばかりに声をあげる。
「も、もう限界かもっ!」
「わかった。じゃあ、そこの石桶にソレを入れてね。零れないようにそっと、ゆっくりね」
「そ、そおっと……」
エリスは、おそるおそる水球を石桶へと入れていく。ホワホワと漂った水球は石桶に入るとパシャッと弾け、チャプチャプと水面を張る。うん、この水は後でお風呂用にしよう。
「はあっ……はあっ……」
「お疲れエリス。大分扱いが上手くなったね」
最初の頃は水を纏めることが出来ず、床をビショビショにしてしまっていたものだ。しかし、当初は少し魔法を使っただけで疲労困憊となってしまっていたが、今は呼吸が少し乱れる程度までに燃費も良くなってきている。
エリスが水の魔法を使えるようになったのは一月前。魔法訓練を始めてから二月ほどして、水が出せる魔法を使えるようになったのだ。最初は水鉄砲ぐらいの威力であったが、その時の感動と言ったらなかった。努力が報われる瞬間ってのは堪らないね。やはり、魔法の才能に血統は関係ないという推測が正しかったのだと思う。まあ、その血が二人の何代か前に入っていた可能性もゼロじゃないけど。
でも、まだエリスも魔法を一発使うと大分ヘロヘロになってしまう。確かにエリスのステータスは同年代よりも優秀だ。ただ燃費が悪いように思える。MPを見ると、一発で使えなくなるくらいの消費量だからなあ。
それを考えると、リコの性能は本当に規格外といえるだろう。年齢からするとエリスよりMPが低くてもおかしくない筈だが、明らかに膨大なMPを持っている。ドリスも魔法を連発する俺に驚いていたし。ホント、自分のステータスだけは確認できないのが残念でならない。でも、やはり自分が転生者だということも何かしら影響はしてそうだ。……ハッ! もしや、前世で魔法使いに大切な資格を満たしていたことも関係があるのか⁉
「じゃあ、次はアレクの番かな」
「……はい」
浮かない顔のアレク。まだアレクは魔法を成功させてはいない。まあ、あまり魔法に秀でているタイプではないので、エリスより習得が遅いのも仕方ないが。
「えへへ」
でも、エリスはそんなアレクを見てニマニマと笑みを浮かべている。いつも真剣に兄を応援しているのに、この子にしては珍しい態度だ。でも、決して優越感から他者を見下すような子ではないし、きっと何かあるのかもしれない。そこまで考えて、俺は一つの可能性に思い当たる。
「あっ⁉ もしかして……!」
「うん、そうだよお姉ちゃん。お兄ちゃんも魔法が使えるようになったんだ!」
自慢げにエリスが胸を張る。兄も魔法を使えるようになったのが嬉しいのだろう。もしかしたら俺の居ないところでも、二人で練習していたのかもしれない。でも、それなら何故アレクは浮かない顔をしているのだろう。
「ほら、お兄ちゃん!」
「……う、うん。わかった」
アレクはエリスに促され、仕方なさそうに両手を前へと突き出す。
「おおっ!」
アレクの真下にある地面が、急にモコモコと盛り上がり始める。それはやがて人の形を取り始め、小さいプラモデルほどの大きさをした姿形となる。その表面はのっぺりとしており、手足は某国民的アニメの青狸みたいな丸い形をしていた。そして、表れたソレはピョコピョコと器用に周囲を跳ねまわり始める。……なんだ、コリャ?
「あはは、相変わらずかわいー」
「……姉さん、これってなんなんですか? なんで動くんでしょうか?」
嬉しそうに笑い声をあげるエリスに、ヨッとばかりに人形はブンブンと手をふって答える。それを横目に、アレクはコレの正体を俺へと不安そうに聞いてくる。……アレクよ、俺にだって分からないことぐらいある。でも、この魔法のコンセプトは解る。以前ゴーレムを土魔法で使えるようになりたいと思い、俺も練習をしてみた事があるのだ。もしできたらタンク役にもなるし。だが、結果は失敗だった。作った像はピクリとも動いてくれなかったのだ。どうやら俺には、そういう才能がなかったらしい。だが、アレクも別段それを意識して行ったわけではなさそうだ。
「アレクは何を考えてコレを?」
「いや、ただ僕は姉さんに言われたとおりに、土の魔法を使おうとしただけで……」
複雑そうな表情を浮かべ、エリスの前でピコピコと動く土人形を眺めるアレク。これは完全に主人の意思から逸脱して動いているようにも見える。もしかしたら、完全自律型なのかもしれない。
「あまり、役立たなそうですね」
「確かに、このままだったらね。あっ、でもフラグにはなるかも」
「え、フラグ?」
アレクが効きなれぬ言葉に戸惑いの表情を浮かべる。それを横目に、俺の脳内では一つの物語が展開されていた。人形を操ることのできる青年。その力を使いながら日銭を稼ぎ、とある海辺の町へと立ち寄る。そして、そこで出会った不思議な雰囲気の少女と繰り広げる悲しくも切ない物語。ああ、また夏が来る。ラーメンセット食いたい。
「姉さん?」
「はっ⁉」
いかん、トリップしてしまっていた。見ると、土人形はエリスの手拍子に合わせてダンスを踊っている。なんか知能まであるように見える。
「姉さん、コレどうやって止めるんですか? なんか、凄い疲れてきたんですけど……」
「え、わかんない」
何、これもしかして自分じゃ止められないの? 呆然と立ちすくむ俺たちの視線の先で、土人形はファンキーにダンシングし続けている。――しかし、終わりは唐突に訪れた。
「あっ……」
エリスが悲し気に声をあげる。突如、土人形の足がボロッと崩れ落ちる。ドスンと尻餅をつき、呆然と自身の両手を見ている。そして、俺たちに向かって崩れゆく両手をブンブン振ると、そのままボロッと崩壊して土くれへと戻っていった。……なんか、変に愛嬌があるから結構くるものがあるな。
「むー、お兄ちゃんもう一回!」
「いや、もう無理だよ……」
エリスのおねだりをすげなく断るアレク。アレクも今のでMPを使い切ったのか、肩で大きく呼吸をしている。……うーん、ギリギリまで引っ込められないのは少し怖いな。でも、この魔法を鍛えれば、もしかしたら優秀なタンクになれるかもしれない。エリスももう少しで実戦に耐えられるぐらいの魔法を使えそうな雰囲気があるし、あとは精進あるのみだな。
みんなが魔法をちゃんと使えるようになればチートってレベルじゃないし、我が家の家計改善計画も大きく捗ることだろう。そうなったら、このスラムから脱出することも出来るかもしれない。いやあ、その時がホントに楽しみだなあ。




