夏といったらアイスだよね
「ということがあったんだけど」
「へえ~、スリって凄いんだね。それに、そのスタンって子もなんだか恰好良いね!」
俺は秘密基地へ帰ると、今日出会ったスリの少年であるスタンのことを二人に話してやった。その傍らで手元の特殊なボウルに入っている液体を、木のスプーンでひたすらにかき混ぜている。エリスは熱に顔を紅潮させながらも、俺の話に目を輝かせてコクコクと頷ずきながら聞いてくれていた。しかし、アレクは――
「エリス、ソイツのどこが格好いいのか僕は理解に苦しむ。結局のところ、金持ちだろうがスリにあった人たちは相応の被害を受けている。スリなどせず至極真っ当に生きている者ですら評価をされにくいというのに、悪人が一つ良い行いをしただけで評価されてしまうのはおかしい。それは、この世の愚かさ以外の何ものでもないと僕は思う。真に評価されるべきは、辛い日々を耐え忍び堅実で直向きに生きている人たちであるべきだ」
……なんか、すごいこと言ってる。まあ、俺もアレクの言いたいことが分からないでもない。思春期を人畜無害に過ごしてきたモブの一般人なら、アレクの言うことには首がもげるほどに勢いよく頷くだろう。でも、長く生きていると同時に気付く。人の世は正しさだけで動いているわけではないと。世の中には都合の良い時にだけ正しさを振りかざし、他の誰かを傷つける者だって少なくはないのだ。
「えぇ~……。じゃあ、お兄ちゃんはお姉ちゃんに助けてもらわなくても真っ当に生きられたの?」
「む、その場合は確かに今より苦しい生活だったかもしれないけど、僕とエリスなら犯罪などに手を染めず生きていけると思うよ」
エリスの問いに少したじろぐも、アレクは自分たちの道徳的な優位性を信じて疑おうとしはしない。まあ、自分を信じられないよりは良いんだろうけど。
「ほら、ちょうどモーラさんところみたいに」
アレクの言うモーラという人物とは、最近この近くに住み始めたグループを取りまとめているリーダーのことだ。モーラは、まだ青年ともいえる年齢の少年である。彼は小さい子供たちを積極的に保護し、貧しくとも犯罪などに手を染めずに皆で助け合って生きている穏健な人物だ。だが、そのスタンスだと速攻でワル共に吊るしあげられてしまうのが此処の習わしであり、普通なら確かにそうなるだろう。しかし、モーラはそれらを撃退しているらしい。噂に聞いた限りだと、モーラは貴族の落胤であり魔法を扱えるという。もしそれが本当なら、ワル共を撃退できてもおかしくはないな。
「でも、それはお姉ちゃんが――」
「はいはい、二人共そこまでだよ。もうできたから」
議論が白熱しそうなところで、俺はストップをかける。こういった論争は平行線になりやすいし、なによりエリスは病人なのだから。
俺は魔法で生成した氷のボウルの中にある、乳白色でヒンヤリとした物体を木皿によそう。そして、それをエリスへと渡した。
「ほら、これが前に言ってたアイスクリンだよ」
といっても、これは卵黄と牛乳を混ぜ合わせて加熱し、それを氷の魔法でひたすら冷却して固めた簡単なものだ。だが、コンビニなどない世界で真夏の暑さのなか食べるコレは、現代の物にも劣らぬ美味さだと俺は思う。
二年前の夏に試してみて、失敗と試行錯誤を重ねながら作り上げたのだ。金はかかるし、複雑な魔力行使をしたせいで、魔力はスッカラカンだが、それでもその価値はあるだろう。以前二人にアイスクリンのことを話したとき、すごい食いつきをみせたので、この夏は絶対に作ってやろうと思っていたのだ。
「はい」
熱のあるエリスには、こんもりとアイスクリンをよそってやる。俺とアレクはほんの数口程度だが、可愛い妹のためなのだから仕方ない。
木皿を受け取ったエリスは、おそるおそるスプーンにアイスクリンを掬い、口へと運んだ。その瞬間、口内に広がる冷たさに驚きギュッと目を瞑る。そして、その目がすぐさまパアッと見開かれた。
「おいしー‼ これ、すっごく美味しいよお姉ちゃん! 口の中が幸せになるっ!」
「……む⁉ 確かにっ! こんなもの今まで食べたことないッ!」
アレクも、アイスクリンを少し口に含むと驚愕に眼を見開いた。そして、チビリチビリと名残惜しそうに少しずつ食べていた。俺も僅かばかりのアイスクリンを口に含む。……うん、素朴な甘さと絶妙な冷たさが口の中に混然一体となり広がっていく。やっぱ、夏といったらアイスだよね。
ふう。……でも、喜んでもらえてよかった。まあ、この世界に俺の知る限りでは氷菓といったものは見当たらないので、ウケるとは思っていた。本当は砂糖か蜂蜜、贅沢をいえばバニラエッセンスも欲しかった。だが、さすがにそこまでは手が出ない。しかし、牛乳だけの素朴な味でも、このスラムでは十分ごちそうと言えるだろう。ゆくゆくは生クリームなども作れるようになって、アイスクリームとかを再現できるようになりたい。
目の色を変えてアイスクリンへ夢中になる二人をみて、将来金がたまったらアイス屋さんになるのも良いなと、ふと思った。看板娘にエリスを据えて、材料調達はアレク、そして俺は店内でひたすらアイス作りだ。やがて俺たちの名前は上流階級まで広がり、ゆくゆくは王室御用達のアイス屋さんとして歴史に名を……。
「ごちそうさまっ! 美味しかったあ……」
「そうだね。姉さん、できればまた……」
満面の笑みを浮かべるエリスと珍しくおねだりする真面目君なアレクの声に、俺は妄想から引き戻された。……おおっと、いかんいかん。だけど、金かあ。起業するにも資金が必要だよなあ。物乞いと花売りだけじゃ、そこまでは無理くさいんだよなあ。やっぱ、迷宮あたりかなあ。危険そうだけど、俺もドリスという強敵を屠って少しは自信がついてきた。エリスの癒しの奇跡さんもあるし、少しくらい無理をしても大丈夫じゃないだろうか? 俺は、そんなことを考えながら二人の食器を受け取る。
「はい、お粗末さま。それじゃあ食器を片付けちゃうね。まだエリスは熱もあるし、もう少し横になって休んでるといいよ」
「うん、ごめんね。寝てばっかりで」
「はは、大丈夫だから気にしないで。病人は体を休めるのが仕事だよ」
エリスは申し訳なさそうに言うと、ベッドに横になってシーツを被る。それから暫くすると、スースーと寝息を立てるのが聞こえた。やはり、熱で大分体力は奪われているのだろう。栄養あるアイスも食べたし、あとは睡眠だね。……おやすみ、エリス。
「ありがとうございます、姉さん。とても美味しかった。そして、エリスも本当に喜んでいました」
二人でエリスの寝顔を穏やかに眺めたあと、アレクは俺に向き合い頭を下げてくる。アレクは自分を姉と定めてから、やたらと敬語になった。俺は別に、そこまで敬わなくても良いと伝えた。だが、真面目なアレクはこれがケジメだと言い張るため、しかたなく好きにさせている。
「うん、喜んでもらえてよかった。また作るからね」
それを聞いて嬉しそうな顔をするアレク。ホント、金を気にしないで現代のものを沢山作れるご身分に早くなりたいものだ。アイスクリームだけではない。美味しいものは他にもいっぱいある。例えばマヨネーズが出来るとポテトサラダなども作れるし、料理のバリエーションだって大きく広がるだろう。
だが、そのためにはやはり金だ。酢などは食材として流通しているのだから、それを購入する金さえあれば何とかなりそうな気はする。まあ、すぐに始めなくてもいいが、今度冒険者ギルドにでも行ってみるのは良いかもな。下調べぐらいしておいても、損はないだろうしね。
食器を片付けながら、俺は頭の中でそんな計画を立て始めていた。




