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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
銀髪小鬼と家出兄妹
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幕間 マスカレード


 王都にある閑静な郊外の一角。そこには贅を凝らした豪勢な邸宅が多く建てられている。この一角は、ほんの一握りの選ばれた者のみが暮らすことを許されていた。もし、まかり間違えて厳重な警備を潜り抜けた平民が迷い込んだなら、生きて帰って来られる方が稀なくらいだ。その中でも、明かりが煌煌と輝き続ける豪邸に三人の影が歩み寄る。人影のうち二人は仮面を被っており、もう一人は騎士の甲冑を身に纏っていた。その三人は、いずれも女性であった。


「おぉ、奴さんたち。盛大にやってるみたいだな」

「ええ、今回は本当に好機ね。ターゲットのロリス侯爵に、父の腰巾着のナブコフもいる。特に、ナブコフをここでやれるのは大きいわね」


 仮面をかぶった二人が、邸宅の光を見つめながら会話を交わす。その傍らで甲冑を纏った美女が恭しく二人に頭を下げた。


「では、お願いします。【氷の魔女】フィーネ殿、【紅蓮】のシャーリー殿」


 そう話しかけられ、仮面の女性たちは甲冑の美女へと振り返る。編まれた金の髪が、暗闇の中でも光り輝いているように見えた。


「そうね、リアス。ここからは、謎の仮面組が全てを行うわ。それが事前の打ち合わせですから。その後、暴漢から救援に駆けつけた兵士たちが違法な薬物をたまたま発見する。殿下の働きかけで、王都の兵も動いてくださるのでしょう?」

「とりあえず、あたしたちはクソな変態共をぶちのめしてればいいんだろ」


 それは、何度も事前に綿密に打ち合わされた計画。おおっぴらに動くことのできない依頼者と、商売敵を倒したい自分たちとの利害が合致して今回の運びとなった。


「ええ、お願いします。彼らも今回ばかりは放逸が過ぎた。第一王子であるレオン殿下に取り入り、調子にのってやりたい放題。それで得た暴利で夜な夜な違法な薬物を使ったパーティーを開催し、汚れた繋がりを拡大する。ネイル殿下も、今回の件で兄上が目を覚ましてくれればと仰っていましたが……」

「まあ、話を聞いた限りだと望みは薄いでしょうけど」


 ワイバーンを単身で狩ったことすらあるという武勇を誇る、この国の第一王子レオン。しかし、伝わってくるのは彼個人の武力のみで、あまり他の面では優れているという話を聞かない。本人は英雄を自認し酒や女を好むというが、そこから浮かび上がるのは粗野な男というイメージだけだ。あまり異性の事が好きではないフィーネが、最も嫌うタイプの男だ。


「ま、それはあたしたちには関係ねえ。なあ、それより早く行こうぜ。こちとら暴れたくてウズウズしてんだ」

「ええ、そうね。じゃあリアス、あなたはここまでで良いわ。第二王子の側近のあなたがここにいた事がバレると、ネイル殿下にも迷惑がかかるでしょうし」


 シャーリーに促され、フィーネは頷くとリアスにそう伝える。リアスは頷くと、再び頭を深く下げる。


「わかりました。二人共ご武運を。ロリス侯爵は護衛にも凄腕の冒険者を雇っていますので、どうかお気をつけて。……といっても、幻ともいわれた天狼族であるシャーリー殿や、魔術学院を12で首席卒業したフィーネ殿には要らぬ心配でしょうが」

「おう、あたしたちはAランクの冒険者だ。問題ねえよ」


 リアスは鋭い犬歯をむき出しにするシャーリーへ微笑むと、小走りに闇の中へと消えていった。


「さあ、それじゃ始めましょうか。どうせだし、正面から優雅に行きましょう?」

「応ッ! そっちのほうが面倒くさくなくていいな」


 シャーリーは己の背に担いだ大斧を手に持つと、頭上でグルンと大きく回す。それだけで強風が周囲へと吹き付けた。強風で乱れた髪を直しながら、正門へとフィーネは歩く。その姿にすぐさま門番たちが気付き、警戒の声をあげようとした。

 それを見たフィーネは、手にしたワンドをトンと地面に打ち付ける。


「~~ッ⁉」


 叫び声をあげようとした門番は声が上げられないことに気付き、混乱した様子で互いに顔を見合わせる。


「寝てな」


 いつの間にか門番たちの背後へ回り込んでいたシャーリーが、門番たちの首を瞬く間に手刀で打ち失神させた。そして二人が正門から館へ入ろうとすると、今度は異変に気付いた番犬がけたたましく吠えながら数匹駆け寄ってくる。


「おいっ、フィーネ!」

「大丈夫、殺さないわ。それと館に入ったら名前は呼ばないでよね」


 シャーリーは動物が大好きだし、フィーネも嫌いではないので極力殺生はしない。空中へワンドをかざすと、左右から迫った番犬は途端に倒れて盛大にいびきをかき始める。二人は、そのまま玄関の入り口へと入った。広間では楽団が演奏しているであろう、音楽が鳴り響いている。二人は、そこに待機していた警備の者たちもあっさり夢の中へ送ると、大広間へのドアをシャーリーが蹴り破る。その途端に音楽は鳴りやみ、広間は静寂に包まれた。


「うわお」

「マスカレードってやつね」


 シャーリーが目の前の光景に間の抜けた声をあげる。フィーネも堪らず眉間に皺を寄せてしまった。そこには、自分たちと同じく仮面を被った大勢の男女がいた。彼らは例外なく立派な服やドレスに身を包んでいるが、中には下半身を露出している者もいる。

 それだけならいいが、問題はそれ以外の者だ。広間には、まだ年端のいかない子供も大勢いた。子供たちは例外なく化粧をさせられており、煽情的な下着を履かされた者や首輪を付けられた者もいる。その肌には鞭に打たれた跡や、垂らされた蝋が付着していた。しかし、子供たちの表情は苦痛というよりも熱に浮かされているような有様だ。おそらく薬でも使われているのだろう。

 入ってきた闖入者に広間の者たちは当初、二人は仮面を被っていることから新たな来場者と思ったのだろう。じっと二人を眺めていたが、シャーリーの斧に気付いた女性の一人が悲鳴を上げた。途端に騒然とする場内。そんな中、シャーリーが抑えた声でフィーネに問いかける。


「なあ」

「何?」

「こいつら、全部殺していいか」

「駄目よ。出された条件は拘束だから。護衛ならいいわ」


 怒っているのだろう。この相方は、その戦闘狂な性格に反して動物や子供が好きなのだ。しかし、ここに居る連中はやんごとない身分の者たちだ。もし殺してしまったら、後が面倒くさすぎる。だが、シャーリーは無理に怒りを抑えさせると暴走する癖もあるので、適度にガス抜きをしてやらないといけない。

 そんな中、護衛らしき冒険者たちが飛び出してくる。いずれも立派な体躯と武装の冒険者だ。数も20ほどいる。その中には、オーガの血でも入っているのだろうか。あきらかに人間のサイズを逸脱したような、全身鎧を着込んだ巨大な男が二人の前へと立ち塞がった。


「おうおう、オメエら。二人だけでいい度胸だ。だが、Aランク冒険者である【鉄壁】のゴランさっ――」

「うるせえっ! この変態がッ‼」


 口上を述べるゴラン。だがしかし、最後までセリフを言うことはできなかった。素早く歩み寄ったシャーリーが、手にした戦斧を目にも止まらぬ速さで真下へと振り下ろしたからだ。その一撃は鋼鉄の全身鎧を真っ二つに両断し、地面を穿った衝撃は地響きを起こしながら周囲を崩壊させる。その光景を目の当たりにした冒険者たちは、ただ呆けたようにシャーリーを見つめていた。

 フィーネは【鉄壁】のゴランという名に聞き覚えがあった。確か、全身をミスリルの鎧で覆っている高名な冒険者だったと頭の片隅で思い出す。ドラゴンの一撃にも耐え、オーガを素手で引き裂くとの武勇伝があったかもしれない。

 吹き荒れる鮮血と響き渡る絶叫。そんな中、フィーネは外へ逃げようとする者たちを発見する。


「駄目よ」


 フィーネは、そうはさせないとばかりに魔力を解放する。途端に冷気が足元から伝い、出口を氷壁が覆う。


「ヒィィ、なんなんだお前たちは⁉ 目的はなんだ! か、金ならいくらでもやる‼」


 一人のしょぼくれた男が、そうフィーネに交渉する。よく見ると、その男には見覚えがあった。父の腰巾着で、使い走りをさせられている小児愛で悪名高いナブコフだ。以前、この男に舐めるように全身を眺められた記憶を思い出し、フィーネは身震いに襲われ全身が鳥肌立つ。


「……おあいにくさま。私は真っ当に自分の力だけで稼ぐわ。汚いお金はいらないの」

「チィ、だれかっ! こいつらを殺せっ! 金なら望むだけくれてやるっ‼」


 ナブコフの隣にいた男が、フィーネたちを指さす。おそらくだが、この男がロリス侯爵だろう。しかし、二人の実力を見せつけられた護衛の冒険者たちは皆尻込みしていた。さっきのゴランという男の有り様に、完全に尻込みをしている。


「なんだ、来ねえのか? もっと殺りあおうぜ……!」


 そうシャーリーが凄むと、何人かの冒険者が己の得物を地面に落とす。戦いの機会が失われて露骨に肩を落とす相棒にクスリとしながら、フィーネは厳かに周囲へと告げた。


「とりあえず、逆らいたいならこの子が相手をしてあげる。それが終わったら、あなたたちは全員御用よ。次に目が覚めた時は、牢獄の中だから覚悟することね」




 深夜の豪邸に、明かりを掲げた騎士団の一隊が入り込む。二人は、その様子を少し離れた丘から見ていた。


「……はあ。あいつら、すぐ投降しやがって」

「あなたが、一番最初に脅し過ぎたのが効いたわね」


 結局、あの後抵抗する者は出なかった。力量を正しく測れるくらいには実力もあったのだろう。


「ま、これで依頼は達成だ。あの殿下からしこたま報酬を貰って豪遊しようぜ」

「あんまし無駄遣いしちゃだめよ」


 清く正しい冒険者である相方は、基本的に宵越しの金を持たない。それはつまり、全く貯蓄というものをしていないということだ。それがなければ、家の一つや二つは楽に買えるくらいは稼いでいるのだが。


「はあ」


 お金のことを考え、フィーネは溜息をつく。

 

「ん、どうした?」

「いえ。いつになったら冒険者としてじゃなく、商人として身を立てられるのかしらって思って」

「そっかあ。でも、今回はフィーネの親父さんの子分をパクったんだろ? なら……」

「駄目よ、所詮はその内の一人だもの。まだ王都での商売は妨害が入る。もっと別の何か、既存のものではない画期的な商品でもあればいいんだけど……」


 フィーネは、自身の障害である実父の顔を思い浮かべる。あの男がいる限り、既存の商品で勝負することは難しいだろう。まだ道のりは遠く険しい。


「ホント、護りの聖女様の天啓によってできた紙みたいな商品でも作れればいいんだけど」


 そんな都合の良いことがあるわけないか……と、フィーネは再度溜息をついた。


 



 




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