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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
銀髪小鬼と家出兄妹
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意外な結末


 あれから数日が過ぎた。

 俺とアレク、エリスは今も仲良く一緒に暮らしている。あの慌ただしい日の夜に倒れこむように寝てしまった俺たちは、朝起きたあと互いに話し合い状況を整理した。

 あのエリスが起こした奇跡は、大地母神のもので間違いはないとの事だった。俺が傷ついて倒れたとき頭が真っ白になり、そのとき直接頭のなかに大地母神その人からの声が響いたらしい。曰く優しいエリスに、癒しの奇跡を授けてくれると言っていたそうだ。その声は優しく慈愛に満ち溢れており、昔のお母さんみたいだったとエリスは言う。まあ、そのお陰で俺も死なずに済んだし、大地母神様には頭が上がらないな。という事で大地母神様ぁ、ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえますだあ、ナンマンダブナンマンダブ……という冗談は抜きにして。――大地母神様、俺たちの窮地を救ってくださり本当にありがとうございました。この御恩は決して忘れません。これからも、どうか俺の家族をお護りください。俺は頭の中で、大地母神へと静かに祈りを捧げた。

 そして、あの襲撃してきたドリスという男は、二人の母親が再婚した男の手下だという。なんでも再婚の理由が、友人に借金を背負わされて苦境のところを男に助けられたからだというのだ。正直、話が出来すぎている気がする。それに、以前から雇ったゴロツキたちを使って、自分より立場の弱い同業者を巧妙に締め上げていたとも聞く。もしかすると、その一件も男に仕組まれていた可能性が高い。本当に度しがたい男だ。しかも、まだエリスを諦めていない可能性もある。依然として油断は出来ない状況だろう。まだ、二人だけでの行動は控えた方がいいな。とはいっても、自由に動けないのは何かともどかしいだろう。なんとかできれば良いんだけど……。

 そして、俺たちの今後の事も話し合い……いってみれば家族会議だが、それを経て多少は関係が変化した。


「これから一緒に暮らしていくに当たり、二人には言っておくことがあーる! 君たちは確かに俺より一つ年上ではあるが……だがしかーしっ! まだ9歳だけど、俺には溢れるばかりの人生経験があるのだっ! だから家長には俺がなるのが妥当かと思うっ! ……もちろん、二人は俺を姉と慕っても良いのだよ。で、何か異論はある? 異論は、あ・り・ま・す・かぁ?」

 

 俺は腕を組んで胸を反らし、得意気な顔で鼻息をフンスフンスとしながら二人へ宣言する。……いや、正直アレクとエリスに妹扱いされるのは少々キツかったんだよね。本音は父親代わりという気持ちだが、この外見では残念ながら無理がある。だから、姉という選択肢は最低限の妥協なのだ。……いいよね、別に。三国志の劉備だって、年上の関羽を弟にしていたしね。


「僕は構いませんよ。これからよろしくお願いしますね、姉さん」

「うん、私もいーよ。よろしくね、お姉ちゃん!」


 あの戦いから大分素直に気持ちを表してくれるようになった二人は、少しばかりイキった俺の案を快く了承してくれた。今では、二人とも俺のことを「姉さん」「お姉ちゃん」と呼んで慕ってくれている。……それもそれで少しばかりこそばゆいんだけどね。




 とある日、俺は二人を秘密基地に残すと、金策のため一般街へ花という名の雑草を売りに来ていた。そのとき、俺は自分の周囲を取り巻く状況が劇的に変化した事を知った。それは、吟遊詩人が路上で通りすがりの通行人たちへ歌っている内容が耳に入った時だ。その日は特に人気がある演目らしく、いつもより人通りが多かった。吟遊詩人は優美に竪琴を奏でながら、優雅に演目を語っている。金策に忙しい俺は、チラリと衆目を横目にして通りすぎようとしていた。だが、吟遊詩人の歌に見知った名前が出てきた瞬間、俺は思わず立ち止まった。


「夜な夜な背徳の宴が開かれる貴族の館。麻薬に耽り、いたいけな少年少女を毒牙にかけるは腐敗した貴族と、それを取り巻く豪商たち。そこへ乗り込むは、仮面をかぶりし二人の女。女たちは瞬く間に護衛の兵を叩き伏せ、逃げる貴族や豪商を一網打尽に捕縛する! 隠しきれない悪行醜聞に、国王直々に処罰されるは傲慢に民を虐げたロリス侯爵。さらには御用商人で、違法な薬物を捌き売り飢饉には小麦を買い占めた悪徳商人ナブコフ。その他諸々も見事罰を下され、王国にまた一つ正義がなされた。しかして二人の仮面の女。その正体は、未だ露とも知れず!」


 ……おお、かっけえな! 俺もスラム街では銀髪鬼として名を馳せているが、皆考えることは結構同じなんだな。きっと、その二人も正体を知られたくはないんだろう。……あれ? でも今出てきたナブコフって、あのエリスを狙っていたロリコン野郎の事ではないだろうか。

 それなら、もうエリスが狙われる事はないのでは。今は、二人をあまり外へと出せていない。ドリスに襲われてから日が経っていないので、用心を重ねている。早朝や夕暮れに、日光を浴びせに外へと出しているぐらいだ。でも、ずっとそうしている訳にはいかないだろう。育ち盛りの子供をずっと部屋に閉じこもらせていたら、将来ニートになっちゃうかもしれないし。


「お?」


 そんなとき、よろよろと杖をつきながら歩いている男の姿が俺の視界に入ってきた。……それはなんと、あのドリスであった。一瞬だけ視線が合うも、ドリスは俺に気付かぬようだ。まあ、俺も今あの仮面をかぶっていないからな。そんな俺を尻目に、ドリスはそのまま路地裏へと入っていく。……これは、丁度いいチャンスかもしれない。俺は懐の仮面へ手を忍ばせると、その後を追った。


「くそっ、まだタマが痛みやがる……! ったく、神殿の腐れアマ共が。前に神官見習いの二、三人ブチ犯したぐれえで治療拒否しやがって。おかげで大地母神も法神も財神も全部駄目だ。あいつら、弱えくせにつるみやがって……。ポーションは値が張る割に効きが悪りぃしよお。しかも旦那の前では、あのガキにやられたことを伝えてねえから杖も持てないぜ」


 ドリスは、そんな悪態を一人でついている。……しかし、そんな事までしてたのか。まさに因果応報ってやつだな。まあ、こいつが救いようのない屑で助かった。おかげで手心を加える必要もなさそうだ。……それじゃ、声をイケボに変換してっと。


「オイ」

「あんっ、なんだァ? てめっ……ヒィッ⁉」


 振り返り俺の姿を目にした瞬間、ドリスの手が腰の剣へと伸びる。だが、それよりも早く路地裏の壁から石で出来た手が伸び、ドリスの四肢を強く拘束する。実は声をかける前に、俺は壁に手を触れて魔力を流し込んでいたのだ。うん、相手が手負いとはいえ完璧な奇襲だ。ドリスは必死に体を動かして拘束を外そうとするが、それほどの力はないようだ。


「ヒッ、お、俺を殺すのかっ⁉ た、頼む、金ならそれなりにあるっ! 見逃してくれっ‼」

「キサマノヘントウシダイダナ。ワレノトイカケニコタエロ。キサマハマダアノフタリヲネラッテイルカ」


 ドリスは一瞬きょとんとした様子であったが、俺の考えていることを察したのだろう。ブンブンと首を縦に振ると、少しずつ語りだした。


「……あ、ああ、ナブコフの変態野郎が捕まっちまったから、旦那ももうエリスを捜さなくていいと俺に言ったよ。もう、あの二人は大丈夫だろう。それに、元から旦那は二人に大して興味はねえ。ただ、血のつながらねえ奥方の連れ子だから目障りだっただけだ。利用価値も無くなっちまったし。しかも、そのあと俺の目の前で、二人はスラムで死んだと奥方に告げてたぜ。そんとき旦那が俺にも賛同を求めてきたから、俺も二人の死体を見つけて焼いてやったって言ったからよお。……へ、へへ、よかったじゃねえか。あの二人は、これでアンタのもんだ」


 恐怖にひきつった表情で、へらへらと媚びを売るように俺へと笑いかけるドリス。どうやら俺との敗北の失態を隠しているらしい。そして、死体を焼いたと言ったのも本当なのだろう。……この男の言う通りなら、確かに二人は安全に違いない。だが、それを聞いたとき二人の母親はどう思ったのか。俺は壁に手を当てると、再度魔力を込める。


「ギャアアッ⁉ や、止めてくれっ‼」


 石手の拘束が更に強まり、ドリスの肉や骨を締め上げる。ビキビキと人体がきしむ音が響いた。


「フタリノハハハ、ソノトキドウシタ?」

「えっ? そ、それは……」


 ドリスは戸惑った様子で、こちらの態度を窺う。俺の期待する答えでも考えているのだろうか。……だが、考えさせる隙など与えない。俺は流す魔力を再度強めた。ドリスが更に悲鳴をあげる。


「シンジツノミヲイエ」

「わ、わかった、わかったからっ! あの女は、そうって無表情で呟いただけだよっ! もとより、あの二人から完全に興味なんてなくしてたからよおっ! な、なあっ! 頼む助けてくれ! もう、あんたたちには絶対に手を出さないっ! 俺は利で動く男だ! 俺より強え奴になんか復讐だって絶対しない! 長生きの秘訣ってやつだからなっ! だから、なあっ! 頼むっ‼ 望むなら全財産だって差し出すからよぉ‼」


 これだけ締め付けてるのだから、きっとこの男の言葉は真実だろう。復讐よりも、自身の安全が第一優先というのも嘘ではあるまい。……ただ、二人が完全に死んだと聞かされた母親は、それを悲しむことすらなかった。その事実に、俺はアレクとエリスが少しばかり不憫に思えた。


「デハ、コレハモラッテイク」


 さすがに、武器を持たせたまま解放するつもりはない。それで前回は刺されたし。俺はドリスの腰より長剣を奪い取ると、その剣は想像よりも軽く感じられた。


「それは俺の魔法付与の剣……! あ、いや、なんでもない……。そ、それもあんたにくれてやるから! だから命だけはっ‼」

「モシ、ツギニテキタイスルトイウナラ、ツギハタマヲツブスダケデハスマンゾ」

「わ、わかった! もうこの付近にも二度と近づかない‼ 頼むっ! いや頼みますっ‼」


 ひたすら哀願するドリスから俺は距離を取ると、その拘束を解いてやる。ドリスは拘束が外れた瞬間、なんとか立ち上がるとヨロヨロ小走りに逃げていく。その間も、しきりに俺の方を振り返り警戒しながら表の通りへと消えていった。……さて、いくらドリスの脛に傷があっても、ここに俺が居続けてるのは余りよろしくないな。この魔法付与の剣もあることだし、速やかに帰った方が良さそうだ。

 もちろん、まだ念のため警戒は続ける。小さい二人を一般街へ出すなら、常に俺が一緒にいてやらねばならないだろう。それで二人が狙われる事がなくなるなら、きっと生活の幅も広がるに違いない。どう二人に今回の件を伝えようか悩みながら、俺は剣を抱えて秘密基地への道を駆けていった。


 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 姉。二人にとって絶対に存在し得無かった存在ですし、代替ではないポジションなので、すごくしっくりきます。新しい家族のカタチですね。
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