初めての強敵
「退け。その二人に危害を加えるというなら、容赦はしない」
……やべえ、ギリギリ間に合った。スラムを駆けまわったせいで、もう心臓はバクバクだ。気を抜いたらゼエゼエしたくなっちゃう。仮面も持ってて幸いだった。おかげで呼吸が荒くなっているのを誤魔化すことができる。
しかし、まさか二人を見つけることができるだなんて。しかも、このタイミングで。以前の自分なら間違いなく、こういった時にベストなタイミングでイベントが起きるという事はありえなかったはず。運命という言葉を気安く信じたくはないが、それでもこの幸運には感謝してもしきれない。
「なんだァ? てめェ……」
ここではあり得ぬような上物の服に身を包んだ長身の男が、鋭い眼光でこちらを見据えている。……あれが、アレク達の言ってた商会お抱えのゴロツキか。仮面越しに男をジッと見据え、その能力を確認する。
【ドリス】
種族 :人間
性別 :男性
年齢 :28歳
HP :185
MP : 32
力 :188
防御 :125
魔力 : 34
早さ :155
器用さ:102
知力 : 89
魅力 : 67
武器適性
剣 :B
槍 :C
斧 :C
弓 :B
格闘:C
杖 :D
魔力適性
火 :D
水 :D
土 :D
風 :D
マジか。なんか、ちょっと強いかも? そういえば、アレクが手紙で騎士崩れとか言ってたな。ということは、騎士団などで正規の訓練やらを受けているかもしれない。こちらは魔法が使えるといっても、9歳の幼女。当然だが身体能力は高くない。それに前世の経験があると言っても、格闘技の経験なんて体育の授業で剣道や柔道を習ったくらいだ。……ああ、古武術さえ、せめて古武術さえ学んでおけば。
「気を付けてっ! ソイツ、魔法使いも斬ったことがあるって」
アレクが俺に警戒を促す。マジか、知りたくなかった情報がもう一つ。
「アレクッ! エリスッ! とりあえずこっちへ!」
敵中に居られるとやり難い。俺は二人に、こちらへ来るように促す。アレクはゴロツキたちを警戒しながら身体を起こし、エリスの手を取る。
「おいっ! お前ら行けっ! 絶対に逃がすなっ! さっきの雇用の話、なかったことにすんぞぉ‼」
ドリスが周囲のゴロツキたちに発破をかける。ゴロツキたちは一瞬こちらを怯えたように見るも互いに頷き合うと、アレクたちを捕まえようと駆け出す。……大丈夫だ、問題ない。こいつらのステータスは、何れも100に満たない雑魚ばかりだ。
「させるかッ!」
俺は風弾の照準を瞬時に合わせると、ゴロツキたちへ四つ同時に放つ。
「ひでぶっ」
「ぷぎゃ」
「あうちっ」
「ぐはあっ」
うん、コントロールも完璧だ。今日はいつになく調子もいい。ゴロツキたちはいずれも顔面に風弾をくらい、きりもみしながら吹っ飛んだ。壁とかも砕ける威力を込めたから、ボクサーのフルスイングの拳ぐらいは威力があるかも。地面に倒れているゴロツキたちはピクリとも動かない。KOだ。
「リコッ!」
「リコちゃん!」
その隙に二人が俺へと駆け寄ってくる。俺は二人を背後に匿うと、ドリスの方を見る。手下がやられたというのに、悠々と佇むその姿は強者の風格すら漂わせている。ドリスはゴロツキ達を見下すと、わざとらしく大きな溜息をついた。
「……はあ~、ザッコ。こんなんじゃあ、雇用の話は無しだな。まあ、こんなゴミ捨て場のゴミ共なんて端から雇うつもりはなかったけどな」
ニチャア、と嫌らしい笑みを顔に貼りつかせたドリスは、腰に下げていた長剣を引き抜く。……うぉ、何気に武器らしい武器を向けられたのは初めてかもしれない。ここにいる奴らは大体棒だの、石だの、錆びたナイフといったものしか持ってないからなあ。でも、結構威圧感があるな。先端恐怖症だったら泣いてるかも。
そしてドリスは、その切っ先を俺へと向ける。
「まさか、家出兄妹にこんなお友達ができていたとはなあ。大方、貴族か魔法使いの落としだねってところか。偶にいるんだよなあ、スラムでもお前みたいな力に目覚める奴が」
そうなのか。それは良いことを聞いた。やはり魔法が使えるようになるのは、俺だけじゃないらしい。それに、そいつらは本当に貴族や魔法使いの血を引いていたかは分からない。まだまだ検証の価値はありそうだ。
「なあ、お前」
「……なんだ」
「俺は現役時代、野盗に混じった魔法使いも斬ったことがある。いくら魔法を使えようが、俺と殺ったら……死ぬぜ」
ドリスは、俺に向かい殺気をこめて言い放つ。
「……」
俺は、それに対して何も答えない。不必要に喋り、ブルってるのがバレたら嫌だし。ただ戦闘に備え、腰を低くして構えるのみだ。
「なあ、もしお前さんがそこの二人を渡すってんなら金は弾むぜ? 俺も魔法使い相手に怪我はしたくはねえ。それに考えてもみろ。そこのチンケなガキ二人を渡すだけで、このスラムから脱け出せるほどの金を手に入れられる。しかも、その魔法の力があれば雇い口だって幾らでもある。なんならウチで雇ってやってもいいぞ」
そんな俺に対し、ドリスは余裕を崩すことなくふざけた提案をしてくる。背後の二人が、それを聞いて身を固くするのが分かった。
「断る。アレクとエリスは大事な仲間だ。売ったりなんて絶対にしない」
二人を安心させてやるように、俺は断固として言い放つ。すると背後の雰囲気が和らぐのを感じた。……もう、俺は迷わない。その為だけに、ここへ来たのだ。それに死ぬのだって一度は経験済み。怖くないといったら嘘になるが、不思議と覚悟は出来ている。
「チッ、ガキが! ……はあ、くだらねえなあ」
その答えにドリスはわざとらしく苛立ちを見せると、剣を下ろして盛大に溜息をつく。
「……リコ、あいつは卑怯なやつだ」
「ああ、わかってる。巻き込むかもしれないから、二人は下がってて」
背後で、アレクが俺に警戒を促す。俺も前を向いたまま、アレク達にそう指示する。行こう、という声と共にアレクとエリスが俺から離れて行くのを感じた。そして俺は一層ドリスへの警戒を高めようとしたその瞬間、突如弾けるようにドリスが突進してきた。凄まじい速度でこちらへ肉薄してくる。
「オラァ‼」
「ッ⁉」
速い。だが、こっちも虚を突かれたわけではない。何かをやってきそうな雰囲気はあった。真剣相手に命のやり取り。正直、俺も相手の命に配慮はできない。殺さずなんて上級プレイは御免被る。
「斬り裂けッ!」
警戒していた間、ずっと体内で練り込んでいた魔力を風の刃に変えてドリスへと放つ。最大限の魔力を込めたその一撃。だが――
「ドォリャアアアアアアッッッ‼」
ドリスは、その風の刃を裂帛の声とともに己の剣で断ち切った。四散した突風がこちらまで吹き付けてくる。
「リコッ‼」
背後でアレクが心配そうに叫ぶ。く~……やっぱそういうのってできるのか。正直想定はしていたが、実際に見るとショックは大きい。魔法が通用しなかったのは初めての経験だ。……だが、あくまでそれは想定内だ。
「死ねええええええええええ‼」
「まだまだッ‼」
呼吸を整えると、俺は矢継ぎ早に風の刃を放ち続ける。初撃ほどの威力はないが、一度で駄目なら何度でも放つ。放ってみせる。
「チィッ!」
ドリスは二発目と三発目を剣で切り裂くが、四発目を身をよじって躱し、五発目を後ろへと飛びずさって回避する。……よし、これで再び距離ができた。ドリスも今の攻撃に度肝を抜かれたのか、驚愕の表情でこちらを見ている。
「まさか、そこまで連発がきくとはなあ。……テメエ、何者だ」
「銀髪鬼……と、人は呼ぶ」
少しばかり余裕ができたことで、俺は軽口をたたく。だが魔法の連発は結構な負担となり、既に息は上がり始めていた。なんとか呼吸を整えなくては。目の前の相手は生まれて初めて戦う強者。まだ幾つか手はあるが、出し切る前に倒したい。なぜなら、命のアウトカウントは一つしかないからだ。
再びドリスが剣を構える。俺も再び魔力を練り上げ、ドリスへと対峙した。




