まあ、あの子ったら主人公ムーブしてるわ
夜中、俺は目を覚ました。
エリスの看病をして二日目、俺は夕食を食べたあと日暮れとともに二人と一緒に就寝していた。うっすらと天井が見えているなかで、俺は自分に纏わりつく柔らかな感触に気付く。視線を移すと、そこには俺の胴に纏わりついているエリスがいた。別々の寝床で寝ようとしたときエリスが三人で一緒に寝ようとゴネたため、こういう形となったのだ。エリスとしては、自分だけが柔らかいベッドで寝るのに抵抗があったんだろう。
今日は昼も夕も食事を奮発した。客人がいるため、ちょっと背伸びをしたのだ。アレクもエリスも美味しいと食べてくれたのは、とても嬉しかった。だが街で食材を買い求めたため、かなりの出費となってしまった。今までの蓄えから出したので特に問題はなかったが、このペースで出費が重なると蓄えはすぐに無くなってしまうだろう。その前に、なんとか手を考えねば。
(……あれ? そういえばアレクは?)
そんなことを考えながらエリスの拘束をほどいていると、俺は部屋の中にアレクがいないことに気付く。他の部屋も見て回ったが、アレクの姿はみえない。……ということは、アレクは外だろうか。こんな夜中に、いったいどうしたのだろう。少し不安に思い、俺はアレクを探しに外へ出ることにした。天井の隙間から月の光が差し込むため、なんとか足元は見えている。そうして外に出ると、何かが風をきるような音が聞こえてくる。入り口から少しばかり離れたところで、俺はアレクを発見した。
「うわあ……!」
二つの月が、はっきりと見える夜。満天の星空の下で、一人の美しい少年が一心不乱に木の枝を剣に見立てて振っていた。その光景は幻想的であり、まるでアニメか何かのワンシーンのようだ。
まあ! あの子ったら主人公ムーブしてるわ! しかも、夜にコッソリ抜け出て素振りとか俺の大好きなシチュエーションじゃん! よく漫画とかでもあったし! やっぱ、努力できる主人公っていいよね‼ 見守ったろ‼
テンションの上がった俺は暫く見ていたが、アレクが素振りを止める気配は一向にない。もう、既に一時間くらい振りっぱなしかも。いい加減ならまだいいが、全部渾身の力を込めて振っているように思える。さすがに心配になった俺は、アレクに声を掛けることにした。
「精が出るね。でも、あんまり根をつめると体に毒だよ」
「あ……リコか」
息も絶え絶えといった様子で、アレクが俺の方を見る。まだ春とはいえ、それでも夜は寒い。アレクの汗が蒸発し、白い湯気を全身から漂わせている。ゼエゼエと呼吸も荒く、全身から流れ出る汗で服が体に貼りついてしまっていた。……いったい、どんだけ振り込んだんだよ。
「少し休んだら?」
「そうだね。あれ……」
アレクは木の棒を手放そうとして手間取る。どうやら指が硬直してしまっているようだ。「くそっ」と悪態をつくアレク。自分の意思では動かせなくなってしまっているらしい。俺はアレクへと歩み寄ると、そっと手を取る。木の棒を手から離してやろうとして、ヌルッとした感触を覚え俺はアレクと自分の手を見た。すると、両方とも赤黒く濡れてしまっている。アレクの手から木の棒を離してみると、手の皮がズルズルとなり血が滴っている。……おいおい、ホントどんだけ振ったんだよ⁉
「うわっ、ズル剥けじゃん! アレク、痛くないの?」
「本当だ、気付かなかった。……ぐ、なんか意識したら痛くなってきた」
まあ、そうだろうな。しかし、こうなるまで気付かないなんてよっぽど集中してたんだなあ。
「ちょっと待ってて」
傷口にばい菌が入るといけない。俺は一度秘密基地へ戻り、清潔な布を取り出してからアレクの元へと戻る。
「手、見せて」
「え? うん、いいけど……」
アレクはズタボロな自らの手を差し出す。俺は水を魔力で生成すると、そっとアレクの手から血を洗い流してやる。そして、そこに綺麗な布を巻き付けて保護する。
「……」
「ん、どうしたの?」
見ると、アレクは俺の顔をジッと凝視している。俺が声をかけると、顔をフイと背けてしまう。人の世話になるのが嫌なのだろうか。まあ、この年頃の子は色々あるしなあ。
「別に、なんでもない」
「……そっか、わかった」
色々あるからね、男の子には。わかるよ、俺もそうだった。……まあ、ずっとモブライフを送ってはいたけどね。
「リコは……凄いね」
「ん?」
「魔法が使えるだけじゃない。色々知ってる」
まあ、転生してるからね。でも、それを言うつもりはない。え? それは何故かだって? ……考えてみてほしい。例えば、ティーンの頃に友人から「俺、実はアラフォーおっさんの前世があるんだ」って言われたら誰でも戸惑ってしまうだろ。なんや、こいつって。だから言うつもりはない。
「……まあ、俺も色々あったから」
「でも、しっかりと自分の力で生きている。とても羨ましいと思うよ。……僕は、なんにもできないから」
アレクは、じっと自らの掌を見る。その怜悧な表情、10歳にしては高いと思わされる分別、同年代より高いステータスも含めて正直チートクラスだと思う。だが、それでもこのスラムでは力が足りなさすぎるという事実は揺るがない。
「不安……なの?」
「……うん、エリスと二人になって分かった。僕は、僕たちは色んなものに護られていたんだって。二人になった瞬間、このざまだ。あのときリコが来てくれなかったら、どうなってたか」
ギュッと拳を握りしめるアレク。まあ、仕方ない部分はある。なんのセーフティネットもないここでは、毎日のように子供が追いやられては死んでいる。ここに二年間住んで分かったことがある。それは、ここが保健所のようなものとして機能しているということだ。福祉が脆弱なこの国では、社会が育てきれない子供たちを暗黙の了解でスラムへと投げ入れている。いわば、俺たちは捨て猫のようなものなのだ。
「この先、これから先、いったい僕たちはどうなってしまうのかって考えると、たまらなく怖くなる。だから気晴らしに剣の訓練なんかをしてみたけど、所詮は付け焼刃だ。……リコ、僕は騎士になるのが夢だったんだ。父さんみたいに強く優しい騎士に。でも、父さんは病気で死んじゃって、母さんは再婚した男との間にできた子供しか見なくなった。死ぬ前に父さんと家族やエリスを護れるぐらい強くなるって約束したけど、その約束も守れるかどうかわからない。不安なんだ」
「……そっか」
心細そうに呟くその声に、俺は何も言えなくなる。まだ詳しく聞いていなかったけど、アレクとエリスは実の母親からネグレクトをされていたようだ。アレクの懊悩は、本来10歳の子供が抱くべきものではない。社会は子供だけで生きてはいけない。だから庇護される必要がある。だが、そんな考えはここでは通じない。弱ければ死ぬ、ただそれだけだ。アレクは賢いから、それを感じ取っているのだろう。でも、やはり子供というのは脆弱な存在だ。そして、ここでは子供が育ちきるまで待ってくれたりなどしないのが現実だ。
それでも、と俺は思う。もしもそれまでアレクが無事に生き抜くことができたなら、きっと一角の男になるだろう。なんたって剣神の加護という大層な加護もあるし、剣の適性もAだ。必ず名を残せる男になるだろう。……だが、今のアレクは当然それを知る由もない。俺も自分のステータスを見れなくて不安に思っているから、その気持ちが痛いほどよく解る。だからこそ――
「アレクは強くなれるよ、誰よりもね」
「リコ……?」
唐突な俺の言葉に、アレクはただ黙って俺の瞳を見据える。その表情はどこまでも真剣だ。俺は悪戯っぽく笑うと、己の瞳を指さした。
「実はね、俺の……この瞳は特別なんだ」
「特別?」
「うん、人の力とかが大体わかるんだ。魔眼って、やつかな。だから、アレクの資質もわかる。正直凄いと思うよ。才能ありありだ」
「僕が……?」
アレクは、呆然とした表情になる。正直数字なんかも伝えようかと思ったが、そこまですると逆にやる気を削ぐかもと思い止めた。俺の言葉を信じて才能に胡坐をかくということも、十分にあり得るしね。
「だから、アレクも自分を信じて。頑張れば、きっとアレクは凄い奴になれるよ」
「……本当に?」
まだ信じきれぬといったアレクに、俺はここが正念場とばかりに手を取り、握りしめる。前世であった会社の新人研修にて、ボディコンタクトのメリットについて叩き込まれたことを思い出したのだ。これで君も信頼度アップ間違いなしだぜ! ……まあセクハラとかも怖かったし、一度も使う機会はなかったが。
でも、いまだこの眼については良くわかってないから、いい加減なことは言えない。しかし家族を護りたいと願い、己の手を血に染めてまで素振りをする少年には明るい未来を掴んでほしいと思う。祈るような気持ちでアレクの手を握っていると、ふと体から力が抜けていくのを感じる。……えっ、ナニコレ?
「リコ、今のって……?」
アレクも違和感に気付いたのか、俺にそう問いかける。俺はアレクから手を離すと、自分の手を見る。とくに何ともなってはいない。だが、今のは魔法を使ったときの虚脱感に似ている。……あれは、いったい何だったのだろう?
とりあえず、気をとりなおしてアレクのステータスを確認してみるか。
「えっ?」
ステータスの数値じたいに変化はないけど、力と防御、速さの欄が輝いている。なんだろ、コレ? この眼に起因するものだとは思うけど。
「ありがとうリコ。おかげで何だか大分気持ちが楽になった。これからも頑張ろうって思うことができたよ。……でも、最後のあれって? 体に力が満ちた感じがしたんだけど、なにかの魔法?」
「ん~、おまじないってやつかな」
詳細が分からない以上、不用意なことは言えない。だがアレクの発言からすると、決して害となるものではないようだ。新しく発見したこの力、もう少し検証が必要だなあ。
「ま、今日はもう大分遅くなったし、帰って寝よう。明日はスラムの炊き出しスポットとかを教えてあげるよ」
「そうだね。僕も疲れたし、帰ろっか」
アレクからも張り詰めた様子が消えてるし、力になれたようで良かった。将来、成長したら凄い冒険者になって剣聖とか呼ばれるようになっちゃったりして。そしたらドヤ顔で言うね。この子、俺が育てたんスよって。




