魔法と加護
「ふう、美味しかったあ」
エリスが満足そうに俺の作ったミルク粥を平らげ、お腹をさすっている。かなり元気を取り戻したらしい。起き上がってテーブルで一緒に朝ご飯を食べられるぐらいには回復している。その顔には赤みがさし、大分生気を取り戻していた。前世にて近所のお寺の灌仏会で乳粥を食べさせてもらい、それが案外美味かったので今回作ってみたが中々に好評だった。まあ、スラムで喰える飯に比べれば何でも美味いとは思うけど。
このスラムで買える飯は獣肉の食えない部分を火で焼いて毛を除き、それをひたすら煮込むというものなのだ。俺も何度か作るのに挑戦した事がある、某ラーメン屋風の超ギタに灰汁を取らず塩も入れない感じの見た目だ。だから塩さえ入れればラーメンになるかもと思い、購入後にコッソリ塩を入れて飲んでみた事がある。そしたら、胃が拒絶反応を示し吐いてしまった。……まあ、それはともかくとして。カロリーこそ正義なこのスラムで、こんな飯が食えるのも偏にリコの美貌と魔法の才能があってこそだろう。花売りサイコー。
そして食と住を満たすと、次は衣が気になってくる。基本的に毎日風呂へ入っている俺としては、この二人から漂うすえた匂いがとても気になってしまう。いったい、どのくらい風呂に入っていないのだろうか。この国の入浴習慣は知らないが、毎日風呂に入っている国から転生した身としては同居人も同様に風呂へと入ってもらいたい。なので、早速提案することにした。
「ねえ、アレク。アレクってどのくらいお風呂に入ってないの?」
「え、うーん2週間ぐらいかな」
2週間ッ⁉ さすがにスラムの住人たちだって皮膚病怖さに井戸水で体ぐらい洗ってる。まあ、まだ子供だから大丈夫なのかもしれないけど。しかし、衣食足りてなんとやら。今は礼儀正しいこの子たちも、それが不足したら「あー、かいー。風呂一か月入ってねーから痒ーわ」なんてグレだすかもしれない。しかも、それでクサイなんて俺には耐えられない。
「じゃあ、お風呂入ろっか」
「えっ、どうやって?」
「そっか、リコちゃん魔法が使えるんだ!」
正解ッ‼ 魔法があれば、ガス代なんて気にしないで風呂に入り放題さ! あと、ついでにアレクの服も洗ってしまおう。代えの服なら俺のを使えばいい。幸い、背丈はそれほど変わらないし、せいぜいアレクが半ズボンショタになるぐらいだろう。
「でも悪いよ。お風呂なんて贅沢……」
それでもアレクは渋る様子を見せる。個人宅で風呂なんてのは、確かに前世でも近現代に入ってからだ。だからアレクも気兼ねしてしまっているのだろう。だが――
「ここで暮らす以上、お風呂には入ってもらわないと。……だって、アレク臭いし」
「くさっ、って⁉」
ショックを受けたのだろう。アレクは己の裾をクンクンと嗅ぎ始める。……あー、匂いって自分が慣れちゃうとあんま感じないんだよね。スパイシーなアポクリン汗腺の人たちも、全然自分じゃ気付かないし。
「それじゃあ、ちょっと用意してくるね」
ここで一気に畳みかけねば。俺は浴室に行くと手早く風呂を沸かす。そして、再びリビングへ戻るとアレクに入浴を促した。
「沸いたよ。お風呂場にタオルとかも用意してあるから使っていいよ」
「早ッ⁉ ……それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
いまだ釈然としない様子のアレクだが、自分が臭いと言われたショックからか素直に浴室へと向かっていった。よし、今のうちに服も回収してしまうか。あの子のことだから、余計な気をまわして洗わなくていいって言い張るに違いないし。計略が成功した俺は一人ほくそ笑む。だが、そのときエリスが深刻な様子で俯いているのに気づいてしまった。
「……ねえ、リコちゃん。もしかして、私って臭い?」
……しまった。アレクにばっか気を取られ、エリスを気遣うの忘れてた。こういったときの女の子っていうのは面倒くさいんだ。ここは全力でフォローしなければッ!
「ううん、エリスはそんなに臭くないよ。アレクがちょっと臭かっただけかな?」
その業を全て、風呂にいるであろうアレクへと俺は擦り付ける。……すまない、アレク。これは男の宿命なのだ。エリスは俺の言葉にホッとしたように安堵を浮かべる。
「そっかあ、お兄ちゃんが少し臭っただけかあ」
「本当、男子ってイヤよねぇ。臭いしぃ、がさつだしぃ」
その言葉に俺は、すかさず追随する。女の連帯感ってやつで誤魔化してしまえ。
「……でも、私もお風呂入りたいなあ」
「熱が完全に下がったら入ろうね」
エリスが羨むように言うので、俺は微笑みながら答える。さすがに美少女だろうと、風呂に2週間も入らないのはキツイ。体を拭いたとはいえ、エリスも確かに臭う。本当は今すぐ入って欲しいくらいだ。
「そうだね。リコちゃんと一緒にお風呂、楽しみだなあ」
……何故か、俺と一緒に入ることになっている。まあ、いいけどね。俺は前世から過激な巨乳原理主義者だ。成熟していないロリっ娘は余裕で申告敬遠できるはず。そもそも、同性だから全然セーフだし。
「そういえば」
俺は話題を逸らしながら、さりげなく聞きたかった加護について尋ねてみることにした。
「エリスは大地母神の加護とか授かったりしてる?」
「え? 別に授かってないよ。お母さんが昔信奉してたから、何度か神殿には行ってたけど。ああいうのは、厳しい修行をしないと駄目って聞いたよ」
なるほど、自分の受けた加護には気づいてはいないようだ。
「じゃあさ、駄目で元々でいいから一回祈ってみてもらってもいい? ちょっと確認したいことがあるんだ」
「いいけど? リコちゃんは魔法使いさんだから、何か深い考えがあるんだよね。でも、本当に加護は受けてないよ? 期待しないでね」
エリスは釈然としない様子ながら、うーんと必死に祈り始める。しかし、何も起こった様子はない。以前ド派手に転んで膝をすりむいたとき、通りすがりの大地母神の神官さんに癒しの加護をしてもらったことが一度だけある。そのときは神官さんの手が眩く光り、不思議と体全体が熱く高揚したのを覚えている。四元素魔法を全て扱える俺なら回復魔法も使えるかもと思い何度か試したが、未だに使えていない。やはり加護が必要なのだと思う。
「駄目でしょ?」
「うん、そうだね。ごめんね」
やっぱり、一定の修行を受けなければならないのだろうか。そもそも、修行で加護が得られるという話も直接確認したわけではないので分からない。もしかしたら、最初から先天的に加護を持っている者が修行というプロセスで選別されている可能性だってある。こればかりは、自分に加護があるかどうか分からないので判断がつかない。なら、次は魔法かな。MPや魔力があるのなら、だれでも使えると思うんだが。
「じゃあ、次は魔法を使うのを想像してみてほしい。ちょっと確認してみたいことがあるんだ」
「んー? 私はお貴族様や魔法使いの血は流れてないけど、リコちゃんがいうならいいよー」
エリスは腑に落ちないといった表情を少し浮かべるが、それでも俺の提案を快諾してくれる。魔法が使えれば、このスラムでも生き抜くのが大分容易になる。魔法が使えると知られた場合のリスクもあるだろうが、二人とも賢いから簡単にバレるようなことはしないだろうと判断した。俺は悩んだ末、可能なら教えようと決めたのだ。危険性さえ言い含めれば大丈夫だろう。
「イメージは……そうだなあ。水をイメージしてみて。あと呼吸を整えて。おへその下に溜める感じで」
エリスの能力と、一番相性のいい水ならすぐ使えるかも。
「わかった。んんんん……!」
エリスは俺の言う通りに、眼を瞑り集中する。だが、暫くやっても何も起こらない。俺がやった時は一回で出せたのだが、それは俺が特別だったからなのだろうか。まあ転生なんて普通じゃないことをしている時点で、人とは比べられないのかも。
「……やっぱり無理だね」
エリスは少しばかり疲れた様子で微笑む。まだ病み上がりなのに、無理をさせ過ぎたかな。俺は風邪で死にかけても普通に使えたから、ちょっとお手軽に試し過ぎてしまった。別にこれは、今すぐにと焦るものではないだろう。俺は魔法の検証を止めることにして、エリスのステータスを確認する。
「ッ⁉」
そこで、エリスのMPが僅かに減少していることに気付いた。やはり、今ので魔力を行使していたのだろう。どれほどかかるかは分からないが、もしかしたら訓練を経れば使えるかもしれない。これは期待が持ててきたかも。
「ごめんね、病み上がりなのに。ご飯も食べたし、お昼までまた横になるといいよ。後で体も拭いてあげる」
「ありがとう。なんにもしてないのに疲れちゃった。まだ熱が下がってないのかも。……ごめんね、リコちゃん」
自身が魔力を行使した自覚がないのか、それをエリスは体調不良のせいだと思っているようだ。まあ、まだ魔法が使えると決まったわけでもないし、ぬか喜びさせるのも可哀そうだ。
そしてエリスはベッドで横になると、すぐに寝てしまった。やはり、まだ体調が万全ではないのだろう。その健やかな寝顔を見ながら、俺は一つ思い出す。……あ、そうだ。アレクに替えの服を用意してやらないと。俺は服を持つと浴室へ向う。
できれば洗濯も今日中にしたいなあ。同居人ができて、なんだか急にやることが増えてきた。でも、こういったことは嫌いじゃない。やりがいってヤツは生活に張りをもたらしてくれるからね。




