おふくろの味
火打ち石で、乾かした小枝や木屑とゴミに火をつける。魔法でやってもよかったが、このやり方で火をつけるのが最近のマイブームだ。街のゴミ捨て場で拾った少しボロイ火打石セット。石英なのだろうか、固い石と鋼鉄片を打ち合わせると大きな火花が上がる。そこへ急いで火口となる木屑を近づけ、火を大きくする。それを簡易竈に入れ、少しずつ火を大きくしていく。少し手間はかかるが、昔の人はこうやって火を起こしたんだなあ……という感動が味わえるのだ。ほんと文明ってのは大したもんだね。
そして簡易竈の弱火で、野菜くずを徹底的に煮込んでいく。リコの母が生前、よく作ってくれた料理だ。前世では野菜くずで出汁を出すベジブロスという調理法は知っていたが、そこは飽食の国の文明人。興味はあったが、結局挑戦せずに終わってしまった。
だが、この世界でリコが飲んだスープの味は確かに覚えている。野菜くずと塩だけのスープなのに、それは不思議と暖かくて美味しかった。この世界で初めて客人に料理を振る舞うため、俺は丹念かつ丁寧に煮込んでいく。
ちぎったキャベツも入れて煮込み、塩で味を調える。やがてスープは完成した。ネズミ肉も入れようかと思ったが、スラム落ちして日が浅い二人に食べさせるのも少し躊躇われたので止めた。……吐かれても困るしね。
スープの入った土鍋を火傷しないように布の切れ端で持ち、二人のいる部屋へと戻る。まだエリスは熟睡しているようだ。額には冷水で冷やしてあげた布が、まだ置かれている。心なしか、その顔に生気が戻っているように感じた。アレクは起きたらしく、膝を揃えて待機している。そして、入ってきた俺の顔を何故か凝視していた。
「……リコ?」
……ああ、そういえば料理する前に顔と手を洗ったんだった。髪も突っ張るから普通に下ろしている。煤けたブラックパイナップルしかみてないアレクなら、分からなくても無理はない。
「そうだよ」
「普段は、わざとそうしてるの? 凄い綺麗な子が突然来たから驚いた」
「あんまり綺麗な身なりしてると襲われちゃうからね」
それは既に実体験済みだ。まだ幼い少年グループならいいが、彼らは年を経るにつれて段々性というものが売り物になると気づくのだ。それに気づいた連中は、それはそれは醜悪な表情で迫ってきたものだ。……勿論、魔法で返り討ちにしたが。
「それよりご飯にしよう」
「えっ⁉」
「ん? お腹空いてるでしょ?」
貰えるとは思っていなかったのだろう。驚愕の表情を浮かべるアレク。でも、ここに鍋を持ってきた瞬間、視線が鍋へと釘付けとなっていたことに俺は当然気付いている。さすがに、そこで見せびらかしつつ飯を喰うという鬼畜な行為などはしない。
「……いいの?」
「食べたくないなら無理強いはしないけど?」
少し意地悪な問いかけに、アレクはブンブンと勢いよく首を横に振る。そこでハタと気付いたように、エリスへと視線を向ける。
「でも、僕よりもエリスに」
「三人分あるから大丈夫だよ」
妹を心配するアレクに、俺はスープをよそって渡す。うん、土魔法は便利だけどディテールが駄目だなあ。この碗は重た過ぎだ。今度、木かなんかで軽いボウルみたいなのを作ってみようかな。
アレクは碗を受け取ると、しばらくジッとスープを眺める。そして、スプーンで一口啜った。
「……美味しい」
「ふふ、お母さん直伝だからね」
この世界の母が作ってくれた料理。もし母が生きているうちに記憶を取り戻せていたら……と、少しばかり考えてしまい胸が痛んだ。そうであったら、今頃は母と二人でこうしていたのだろうか。
少し気分が滅入ってしまった俺は、この部屋の暗さに気が付いた。大分日も落ちかけている。普段は月明かりの下で魔法特訓に励んだり、瞑想したり、とっとと寝てしまったりするのだが、今日はお客さんもいるから奮発してしまおう。
部屋の隅にある道具置き場から街で購入した蝋燭を取り出すと、指先から火を出して明かりをつける。
「うん、明るくなった」
「凄い、本当に魔法が使えるんだ……」
気付くと、既にアレクの椀は空となってしまっている。まあ、食べ盛りの男の子だからしょうがないのかもしれない。俺も小学校低学年の時は、回転寿司で10皿は余裕だった。そういえば、健ちゃんと優ちゃんもすごく食べてたなあ。……思い返すと、何故あの小さな身体に沢山入ったんだろう?
「おかわり、いる?」
「えっ、でも……」
「俺は街で食べ物恵んでもらったから、そんなにお腹空いてないし」
それは事実だった。街で花を売って得た金で屋台の串焼きを一本だけ購入しようとしたのだが、俺に同い年の娘がいるという話をしてくれた店主は気前よく二本もオマケしてくれたのだ。これもリコの顔面スペックが高すぎるおかげだろう。そして、店主が豚といっていた串焼きの肉はネズミなんかと違い、しっかりと脂がのり大変美味であった。その美味しさは、あまり食うと今後ネズミ肉が食えなくなりそうで危惧したほどだ。
しかし、ハフハフと食べてるだけで気に入ったとばかりにオマケしてくれるなんてチートもいいところだ。俺は喜ぶと同時に、前世で馴染みの店を作りたいと一年通った居酒屋で、全く店主と会話できなかったことを思い出して少しばかりへこんだ。陽キャっぽい若いリーマンの兄ちゃんは、通って一月ほどで店主に気に入られオマケまでしてもらっていたというのに……。
「……ありがとう」
おずおずと差し出された碗に、おかわりを半分ほどよそってやる。後はエリスと俺の分だ。作った以上は俺も食いたい。代わりに非常食として取っておいた、石のごとき固パンを出してやることにした。
「これ、固いからスープに浸して食べるとちょうどいいよ」
アレクは再び礼を言いながら、俺の言うとおりにパンをスープへ浸してモソモソと食べ始める。俺も自分の分のスープを飲むことにした。木製のスプーンでスープをすくい、口へと運ぶ。うん、ブイヨンも使ってないのにしっかりと味が出ている。野菜の甘みと、塩加減がいい感じだ。母の味を、ほぼ再現できていると思う。これぞまさしく、お袋の味ってやつだ。前世の母は、よく肉じゃがを作ってくれた。肉じゃが、ポトフ、カレーという勝利の方程式が我が家を支配しており、代り映えしないメニューに少し辟易したこともあった。だけど、今は無性にそれが食いたくなってきたなあ……。
そんなことを考えながらしみじみスープの味を堪能していると、寝ていたエリスがモゾモゾと動き出した。そして、彼女は体を起こすと寝ぼけ眼を擦りながらスンスンと鼻を鳴らす。それからすぐに、キュルルと可愛らしくお腹を鳴らした。




