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じゃんぴん・じゃぐりん!

廃部寸前、部員が一人しかいないジャグリング部に、新入生がやってきた。


「1年A組、李井(すももい)杏子(あんず)です! ジャグリングで! ショーが! やりたい! です!」

「ああ、そう……。得意な道具は?」

「初心者! です!! びぎなーずらっく、とかそういうので! なんとかなるかなって!」

「ならないんだよなあ……」


 彼女はどうやら元気だけのドシロウト。その上、新しく吹き込む風に誘われて集まってくるのは変人ばかり。ショーなんて、夢のまた夢のまた夢。

 これは、そんな道具の名前も使い方も分からない一人の少女が、仲間と共に成長していく、ハイスクール・ジャグリング青春ショー!


 さあ、開演のブザーが鳴りひびく。

 席はじゅうぶん、演者(ドラマ)は山ほど! エンドロールまで。どうぞどなたもお立ち会い!

 放課後の、誰もいない空き教室。部室として使っていた部屋らしいけれど、それも今週末までだ。うちの高校のジャグリング部は部員不足で廃部となる。


「だって、新入部員が私だけだからねー」


 開け放した窓から、風が運動部のかけ声やら吹奏楽部のハイトーンを運んでくる。部屋の隅に片付けられているジャグリング道具を見て、薄緑色をしたリノリウムの床にごろんと仰向けに転がる。今の私の心情? そうだなあ。落胆、が近いかな。公園に遊びに行ったら友達が誰もいなかった、みたいな。


「3年生が卒業して部員ゼロって……。もうちょい勧誘に力入れといてよぉ、先輩方ぁ!!」


 寝転がったまま発した私の叫びが虚しく響く。ま、いいけどね。ジャグリングなんて道具さえあればどこでもできるんだから。ただ、まあ、何て言うんだろうな。青春っぽいじゃん。部活ってなるとさ。


 仰向けの体勢から、ぐっと右足を上げる。スカートの中が見えるって? 誰も見てないしいいでしょ別に。そのままぐんと足を回し、勢いを利用してスターフィッシュキックアップ。うん、決まった。もしこれで誰かに見られてたら、ラブコメの一つでも始まるんだろーけどさ。


 着地の姿勢でちょっと静止してたけど、誰も見てなかったみたい。


「はい始まらない。私のラブコメ始まらなーい。いいもん別に。さて、練習しよ。廃部までは部員だもんね」


 道具入れから適当に、クラブを5本握る。左手に3本、右手に2本。よく、ボウリングのピンみたいだと言われるその形は、私にとっては逆だ。あっちがクラブに似てるんだっての。チョコミントを歯磨き粉の味とか言ってるのと一緒だよね。うん、許せん。歯磨き粉め、後からミントを名乗っておいて、さも自分が代名詞、みたいな態度とっちゃってさー。


 とりとめもないことを考えながら、ダブルスピンで5クラブを投げつつ、投げる高さを変えたり背中側から投げてみたり。ジャグリングってのはつまりさ、物を落とさないように自由に投げるのが基本で、その上で色んなことをするのが楽しいんだよね。別に専用の道具じゃなくたって身の回りにあるものを投げたっていいし。


 ひとしきり楽しんでから1本だけ高く、天井ぎりぎりまで投げ上げてその間に4本をキャッチ。くるりと後ろを向いて、思い切り体を捻る。回転の力を利用して後ろ回し蹴りの要領で宙を刈り取るように落ちてくるクラブの持ち手を膝裏に抱え込む。私の好きなフィニッシュ。んー、これが決まる日は調子がいい証拠。


 ひゅうっと息を吐いて伸びをするのと同時に、がたんと空き教室の引き戸が開く。入って来たのは、女子生徒が二人。なんかちっちゃくて可愛い子と、すらっとしたメガネの子。身長差すごいな。小学生の妹をこっそり連れてきたって言われても信じちゃうかも。


「あ、あのあのっ!」


 ちっちゃい子が目を輝かせてぴっと右手を挙げる。明るめの栗色をしたふんわり癖っ毛がそれに合わせて揺れる。どうした? 可愛いを司る妖精か?


「いまの! すごかった! です!」

「うぇ? あ、見てたんだ。えっと、あなたたちは?」

「1年A組、李井(すももい)杏子(あんず)です! 入部希望なの!」


 同じ一年生か。こんな子、見かけたら忘れないと思うけどなあ。入学式でも見た記憶ないし。や、それよりも入部希望。なんて素晴らしい響き。でも、確か最低5人いないと部として認められないはずだ。


「あー、その、李井さん? この部、今週末でなくなるみたいだよ。人数足りないから」

「わたし! ジャグリングで! ショーがやりたい! です!」

「聞けや人の話を」


 思わず助けを求めてもう一人の来訪者を見る。視線に気づいた彼女は眼を細くして口の端を上げた。うらやましいくらいのストレートヘアを指ですいと払いのけてしっかりと視線を合わせてくる。ん、なんか怪しいぞこのメガネ。胡散臭い気配がする。糸目キャラは怪しいからな。仕方ないな。


「ボクも入部希望。F組の宇佐山(うさやま)。よろしく」

「宇佐山ちゃんがね! ここに来たらショーができるって!」

「だから人数が足りないんだってば。……ところで、得意な道具とかは?」

「初心者! です!! でも、びぎなーずらっく、とかそういうのでなんとかなるかなって!」

「ならないんだよなぁ……」


 私がどうしたものかと頭を掻くと、ちみっ子は泣きそうな顔をしてくりくりと丸い目でこちらを見てくる。なんだよぉ。正体不明の罪悪感が押し寄せてくるけど、私悪くないやつでしょこれ。幸運では練習は越えられない。ピアノに初めて触れた人がすらすらと曲を弾けようか。いや、弾けるわけがない。それと同じ。


「びぎなーずらっく、ないの?」

「ないよ」


 でも、でもね。ショーの才能ってのは、技術とは関係ないんだよね。私には、そっちが無い。どれだけ上手くなったって、私には、ショーはできない。

 少しの間しょぼんとしていた彼女は、むんと身を引き締めて私に一歩近づいた。表情も感情もころころ変わる。なんというか、こう、小動物みたいだ。


「じゃあ、たくさんがんばる!! 部長! まずは何をすればいい!?」

「部長!? あ、いや、まあ、私しかいないんだから私が部長か。えっとね、そこに道具入れがあるから、好きに触ってみるのがいいと思う。あるやつなら、一通りは教えられるし」


 言うが早いか、道具入れから様々な道具を取り出して丁寧に並べ始めた。


「慌ただしくてすまないね。彼女、昔からああなんだ」

「宇佐山さん、だっけ。あの子とは幼馴染か何か?」

「ま、そんな感じ」

「さっきも言ったけど、人数不足でこの部はなくなるよ」

「人手なんてどうとでも。他に問題は?」


 おもむろに教室の端に寄せてある机に腰かけて、優雅に足を組んでくすりと笑う。うん、やっぱり胡散臭いぞ宇佐山(こやつ)。でも、体の動きの滑らかさからしてこっちは初心者ってわけじゃなさそう。動きの一つ一つに止めと流れがある。それはつまり、見せるための動きを知ってるってことでしょ。

 それは私にも分かる。分かるんだけどさ。


「んー。ショーってさ、才能がないとダメで。技術なんかとはもっと別の、華、みたいな。オーラ、的な? 私にはそれがないの。全然。もうぜんっぜん」

「それなら心配に及ばないとボクは思うね」


 宇佐山(うさんくさいやつ)が人差し指を立てて、私の後ろを指す。いちいち動きがもったいぶってんなもう。

 振り返って視線を向けると、李井さんがビーンバッグのボールを1つだけ持って遊んでいる。ちっちゃい手で右手から左手へ。何度か繰り返して、私たちの方を見る。彼女は、それこそ大輪の花が咲いたような満面の笑みを浮かべて、ボールを上に投げた。

 やっていることは何て事のない動作なのに、彼女から目が離せない。風が、彼女から吹いてきているとさえ錯覚する。私を通り抜けて心をざわざわと撫でていく。


 ――ああ、そうか。彼女には、ある(・・)んだ。どうしようもないほど、分かってしまった。


「じゃんぴん!!」


 弾けるような掛け声と共にくるりとバク宙してから、右手を高々と掲げる。

 ボールは、掲げた右手にすっぽりと収まる……ワケでもなく私の目の前にぼてっと落ちた。うん、キャッチするはずだったんだろうな。

 恥ずかしそうに、頬を掻いている。

 

「にへへ、しっぱいしっぱい」


 言葉が出ない。

 私に無いものを、間違いなく彼女は持ってる。


「君の眼から見てどうだい。あんずは、ショーができそうかな」


 きっとできる。ショーに必要な、人を惹く才能が彼女にはある。足りないのは技術だけど、そんなもの練習でなんとでもなる。

 立ちすくんでいる私に、まだ声は続く。


「あんずは、病弱でね。数日前まで入院していたんだよ。その長い長い入院生活の中で、偶然見かけた動画に、彼女は救われた」

「……動画?」

「とあるジャグリング動画さ。高難易度の技を華麗に決めるパフォーマー・RuRu。ああ、それとも、本名で呼ぼうか? 1年C組、楠木(くすのき)留々(るる)さん」

「もったいぶった言い方しちゃって。あんなの、練習風景を撮ってるだけだよ」

「それでも、あんずは君に憧れたんだ。どうだろう。彼女の(ショー)に協力してくれないか?」


 私の目の前に、李井さんが寄ってきてボールを拾い、こっちに差し出してくる。なるほど、ラブコメは始まらなくても、青春ドラマの幕が上がるのなら、演者になってみるのも悪くないかも。このボールを受け取ったら、開幕のベルが鳴るんだ。

 大きく息を吸い込んでそのボールを取ろうとした瞬間、


「ところで、宇佐山ちゃん! わたし、入院なんかしてないよ!!」

「は?」

「そうだね」

「はぁ?」

「それに、さっき廊下で会ったばっかりだし!!」

「はぁぁ!?」


 高速で振り返り、宇佐山を見る。彼女はけらけらと笑って「ほら、出会いはドラマチックな方が盛り上がるだろう?」と悪びれもせずにメガネをくいと上げた。


「でも、あんずが君のファンなのは本当だよ」

「宇佐山ァ! いや、噓山! 私はあんたのことをウソ山と呼ぶことにする!!」

「酷いなあ。親しみを込めて、下の名前で呼んでくれたっていいんだよ」

「……名前、知らないんだけど」

「まこと。真実の真と書いてまこと」

「存在と正反対じゃん!!」


 騒がしいやりとりを、きょとんとした目で見ていた小動物がくすりと吹き出す。


「さっそく仲良くなれてよかった! よろしくね! 部長!」

「仲良くない! 私の感動を返せよぉ!!」


 いつの間にか空はオレンジ色になって、教室を柔らかく染め上げていた。

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