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拝啓、『子を産めぬゴミ』と母を追放した国王へ。

名君とされる国王の下に栄えるアイングロス王国の第一王女・アルヴァミーラは、その魔力と気高さから将来を有望視される絶世の美少女である。

しかし婚約者と親友の共謀と、父王の謎の激怒により社会から追放されてしまった。


一方、有力商会を率いる地位にあるセドリックは、王都にて貴族位を得るための商談を終えた帰り、妹の働く商館を取り仕切る婆から『最高級品が入った』と言伝を受け取る。

それを手に入れるために事前に多額の金を積んでいたセドリックは、その最高級品が追放された王女であることを悟る。


これは何も変えられない、敗者おれたちの物語。

——おまえの逃避を許さない。

おまえの罪を、俺たちは/私たちは忘れない。

これは、敗者わたしたちの物語が終わり、新たな明日を迎えるまでの、夜に咲く花のような復讐劇。

 おそらくは誰も予想し得ず、あるいは予想し得たとしても「よもやここでは起こさぬだろう」と楽観視していた連中の度肝を抜く事件が起きた。

 それは当代の王が戴冠してから二十年が経ったことを祝う、大規模なパーティーの最中のことだった。


「アルヴァミーラ・フォン・アイングロス王女殿下……否、もはやあなたのような淫らな女に、王女などという位は相応しくない!」


 アイングロス王国、その栄えある王城の大広間にて、一人の男の糾弾が響く。

 静まり返ったパーティーの会場で、男に指を突きつけられた女は、その顔を少しも逸らさずに正面から男を見返す。


 まさに王宮に咲く大輪と、そう称えられるに相応しい胆力。

 数多の人に踏み潰されて、それでもその輝きに一切の翳りなき白銀の御髪をたわわに揺らし、女はヒールをこつんと鳴らした。


 それは音が一斉に飛び去ってしまったかのような会場に波紋のように広がり、皆の心に鼓動を取り戻させるほど、圧倒的な威を響かせる。


「それで。……我が婚約者たるあなたは、今なんと仰りました?」


 対するものが怯え竦んでしまうほどの冷たさ。

 それを直に向けられて、男の顔に一瞬、焦燥が浮かんだ。

 だがすぐに振り払うと、自信満々に糾弾を続ける。


「あなたは『姦通罪』を犯した! 王女でありながら、私以外の男とまぐわった!! 許されざることだ!」


「私が、そうですか私が。ならば私が、いつ、どこで男とまぐわったと? この尊き日に王族たる私を貶める、それは国王陛下への侮辱に等しいと、理解した上での狼藉ですね?」


 確認するような口調であるが、その声色は絶対零度に染まっている。

 感情の昂りに呼応して漏れ出した魔力と合わせ、空気が覆い被さるような重圧が会場を包む。当事者とさほど歳が変わらない者の中には、圧に耐えきれず口を押さえる者まで出始めた。

 だが、それに気付いた女が再度ヒールを鳴らしたことで、重圧がすうと晴れる。

 周囲の貴族に向け、軽く笑みを向けた女は、しかし男にだけは目を細めた。


「さあ、言ってみなさい。その口で」


「ぐっ……! あ、ああ、言ってやるとも! 我が側近にっ、お前の“貞操の瞳(シークレットアイズ)”の色を知る者がいるのだ!」


 それにざわついたのは、女よりもむしろ周りの貴族たちだ。

 “貞操の瞳”。非常に優れた魔力量を持つ女性にしか発現しない特異体質で、純潔を奪った相手と自己の魔力が結び付くことで、その相手にのみ『彼女だけが認識できる』本当の目の色をさらすものだ。


 すなわち、それを知る者というのは彼女の純潔を奪った相手ということになり——


 女の目が、男から外れてもなお厳しく冷ややかに細まる。

 その視線の向く先は、まるで自分が主役プリマであると胸を張りながら歩いてくる、十年来の親友の姿。


「悪いけど、私、知ってるのよ。あんたが浮気してたコト」


 短く整えた金髪の、得意げに弧を描く碧眼の彼女はルティナと言う。

 女の、アルヴァミーラとは長い付き合いであるはずの、親友と言って問題ないはずの――


 その女が、当て付けるように自然に男と腕を組んだ。


「……ああ、そういうこと」


 そう呟いた彼女の姿は、すでに親友を見てはいない。

 その様は、すでに友を切り捨てた支配者に相応しいもので、けれど何故か己からも目を逸らしているようにも見えた。


「まあ、いいわ。あなた方が今何を喚き、ありもしない非を責め立てようと——この場には国王陛下、父上がいらっしゃる。このような茶番の判決を任せるのは心苦しいけれど、父ならばどうとでもしてくれるでしょう」


 アルヴァミーラが傍に退く。王城の奥、王族専用の通路から、大仰な足音が響いてきた。

 反射的に二人は傅く。王のいる間で立てるのは、同じ王族の血筋のみ。それは王族を糾弾した二人でもわかる絶対規則に他ならない。


 そんな二人を冷ややかに見るのは、アルヴァミーラに限らない。同会場にて、彼女と同じ髪をした厳しい男……王弟と呼ばれる男が、アルヴァミーラよりも冷たい目で二人を見ていた。


 そして、王族専用の通路の扉がゆっくりと開き、幾人かの護衛を連れ添った老王が会場に足を踏み入れる。

 当初は自分の祝いなので晴れやかな顔をしていたが、会場の物々しい雰囲気に気付くと、王弟にそっくりな顔を訝しげに歪ませた。


「なんだ、どうしたと言うのだ。この宴席、余の祝いではなかったのか?」


「それなのですが陛下」


 すかさず傍に寄る家臣団の一人が、国王にぼそぼそと状況を報告する。

 それを聞く度に険しくなる王の顔を見て、アルヴァミーラは安堵する。これならばまともな沙汰を下してくれるに違いない、と。


 しかし、みるみる王の雰囲気が険しくなるにつれて、傅く二人の雰囲気が穏やかなものに変わったことにわずかな疑念を抱く。

 彼女がそれを口に出す前に、王の持つ杖が、先の彼女のヒールのごとくに床を鳴らす。


 アルヴァミーラが王に目を向けると、まるで先ほどの焼き直しのように、王は全身に魔力を湛えていて――




 ――統歴百十二年。

 アルヴァミーラ・フォン・アイングロスは、『姦通罪』により王族の地位を剥奪され、追放刑を受けたのち行方不明に。

 彼女の元婚約者であるルーディス・リオンノール伯爵子息及びフラナ・カランジス子息令嬢は、『王族の権威に屈しず婚約者の不貞を暴いた』として王に賞賛され、新たに婚約を結ぶこととなる。

 また、アルヴァミーラ元王女と関係を持ったというルーディス氏の側近は即時拘束され、獄中にて死亡した。

 こうして『不貞王女事件』は幕を下ろしたのだった。


 ラファルド・エティノー著『社交界の壁際から』エティノー商会



 /


 歴史は繰り返す。

 血も繋がっていないのに、因果は巡って王の息女を貶めた。

 社会構造の欠陥にすくわれた男は、世界構造に己が娘をすくわせた。

 さらに度し難いことに、どちらも男の意志だと言う。


 なんとまあ、三流の喜劇にも劣る美談だろう。

 かつての面影にトラウマでも抱えたか? 今更そんなことをしても、あの人はその手には戻って来ないのに。


 なにせあの人()を追い出したのは、紛れもない奴自身の意思なのだから。


 そしてその意思を罪と言えるのは、きっと世界で俺たちだけだ。


 ――俺はこの日の早朝に、王都に住むある男爵の屋敷を訪れていた。



「セドリック殿、此度は良き商談をどうもありがとうございます。某のような愚者には、もったいない取引でした」


「いいえ、男爵殿。人は移ろい変わりゆくもの、もはや支えきれない重い荷物は適する者に任せるのが賢者の選択にございます。あなたは紛れもない賢者ですよ」


 やつれた様子の初老貴族シルバーグレーは、向かい合って座る俺に頭を下げた。

 その様はまさしく安堵という言葉が相応しく、仄かに香る紅茶の甘い香りも相まって、互いの頬にかすかに笑みを起こさせた。


 男爵ながらに上流の域に入る所作、部屋に置かれた品の良い調度品、一世一代の決断を為せる胆力。

 これで息子が出来損ないでなければ、もう少し家を守ることができたかもしれない。


「はは、国を支える優秀な若者にそう言ってもらえるとは。セドリック殿、やはりあなたこそ貴族位を持つに相応しい」


「社交界を生き抜いた老練な貴人にそこまで言ってもらえれば、私を育てた父も満足でしょう。必要なものがありましたら、格安で用立てましょう」


「この老骨にはもはや過ぎたる権利ですが……ありがたく受け取らせてもらいます」


 蜂蜜はちみつ檸檬れもんの甘さを肴に当たり障りない雑談を交わす。

 互いに大きな取引を行った相手だからか、妙な親近感で口が良く回ったが――しかし、紅茶の尽き目が話題の切れ目。


 貴族位の返還日を改めて確認した後、俺は男爵の屋敷を出た。


「……」


 王都の貴族街を足早に通り抜け、市民街に通ずる門をくぐる。

 顔見知りの門番に軽く会釈を交わし、大通りに出てようやく息を吐いた。


「ったく、貴族街は息が詰まるぜ」


 必要以上に整然としている貴族街より、ところどころにゴミが落ちている市民街の方が居心地が良いのは、俺の根が小市民だからか。


 市民街で開かれている朝市を物色しながら足を進める。

 もちろんだが、俺が住む港町の朝市とは随分と毛色が違う。ここの活気付く前の閑散とした朝市は、乾いた風のように味がない。

 今も俺の頬をくすぐる温かな風とはひどく違う。


 冷やかしをやめて路地裏に入ると、途端にふわっと良い風が吹く。

 喉奥が苦くなる路地裏の臭いをさえぎるように、手元に若草色の封筒が現れた。


 “空風より速く、春風より気まぐれな、ぼくら妖精の友への助けさ!”


「いつもありがとう、小さな友よ」


 封蝋を妖精に切ってもらい、封筒を開く。

 中身は“花娼館”で働く妹の手紙だ。友を長く待たせるわけにはいかないので、身に付けた速読術でさっと目を通していくと、最後の文が目に入った。


『婆さまから聞いたんだけど、近々“最高級品”が入るって。早く帰ってきた方がいいってよ〜!』


「……さすが婆さま、相変わらずのやり手のようで」


 俺とルシアを育ててくれた、“花娼館”を取り仕切る婆さまは俺以上に情報を掴むのが速い。

 そして俺が送り付けた多額の寄付金に相応の対価を払ってくれる、素晴らしい商談相手でもある。


 路地裏から身を翻す。

 さあ、待ちに待った商品だ。早く迎えに行ってやらねば、不誠実というものだろう。


継子ニセモノの王女殿下を、な」

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