Air Force Global Strike Command
AFGSC:Air Force Global Strike Command(空軍グローバルストライク軍団)
第8空軍(戦略爆撃機部隊)と第20空軍(大陸間弾道ミサイル部隊)を指揮下に置き、核兵器ならびに通常兵器を運用するアメリカ空軍のメジャーコマンド。
MAD:相互確証破壊
先制核攻撃を実施した相手に対し、確実に報復核攻撃を行う戦力を保有する事が核抑止に繋がるという理論・戦略。
2024年8月7日 0020時
アメリカ コロラド州
20AF(第20空軍)傘下の90MW(第90ミサイル航空団)が運用し、核攻撃に備えてミサイルを格納した地下サイロと同様に複数の州に分散して設置された発射管制・指揮所(地下20m・出入り口1箇所・鍵付き)の1つでは、当直担当の空軍士官が2人1組の3交代制で常駐していた。
これらの施設は冷戦時代の遺物で最盛期よりも大幅に数を減らしているが、アメリカの核戦略を担う重要な戦力として現在でも24時間体制で『LMG-30GミニットマンⅢ』ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射態勢が維持されている。
もっとも、報復核戦力としては海中にいて探知の困難なオハイオ級戦略原潜に搭載された『トライデントD5』SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)が重視されており、それは実戦配備状態にある核弾頭の数や予算という形で露骨に表れていた。
ゆえに、『LMG-30G』ICBMの発射管制・指揮所という役割の重大さに比べてコンパクトな室内(大型トラックの荷台に余裕で収まる程度)には、冷戦時代からほとんど変わっていないアナログ式の機器が並んでいた。
すると、けたたましい警告音が突如として室内に鳴り響き、同時に“EAM”と表示された警告灯が赤色に点灯する。その瞬間、当直担当の男性兵士達の表情が一気に険しくなって雰囲気も変わり、厳格に定められた手順に従って最初の行動を開始した。
まず、2人のうち上官に当たる大尉が椅子から立ち上がって小型金庫のダイヤルを右手で素早く左右に回して番号を合わせ、左手でレバーを動かして扉を開けると、チェーンの付いた鍵を2本と透明なプラスチック製のカードケースのような物を取り出す。
「大尉、確認を」
「中尉、鍵だ」
大尉の行動と並行して中尉は複数の上級司令部経由で送られてきたEAM(緊急行動命令)を専用の機械でプリントアウトしていたので、A4サイズの紙1枚に印刷された命令書を手渡し、代わりにチェーンの付いた鍵の1本を受け取って首から掛けた。
その隣で大尉は、金庫に収められていたプラスチック製カードケースのような物を両手で持つと予め刻んであった溝に沿って折り曲げて割り、書かれた内容が外から分からないよう2つ折りで封入されている赤色のカードを指先で掴んで引っ張り出した。
「確認する」
そう宣言した大尉は赤色のカードを開き、そこに記載されていた10文字を超えるアルファベットをプリントアウトした命令書の末尾に記載されているものと見比べ、左端から順番に声に出して読み上げていく。
「リマ、ヤンキー、ゴルフ、――アルファ、インディア。確認した。本物だ」
それが終わると、大尉は命令書と赤色のカードを中尉に手渡した。
「中尉、確認を」
「確認します。リマ、ヤンキー、ゴルフ、――アルファ、インディア。本物です」
そして、確認を終えた中尉は命令書と赤色のカードを大尉に返却する。このダブルチェックによって命令が本物と断定された為、アメリカで核兵器の使用権限を唯一持つ大統領からのミサイル発射命令は有効となった。
なお、命令の真偽を確かめる作業は彼らの下に辿り着くまでに複数回実施されており、その過程で1度でも違うと判断されれば偽物として破棄されるが、今回は本物だったので彼らは命令に従ってICBMの発射準備に取り掛かった。
「電源オン」
「電源オン」
大尉の命令を中尉が復唱し、お互いに自分の席にあるコンソールを操作していく。まずは、発射装置そのものを動かすのに必要な電力の確保だ。
「8番サイロ、発射扉開放」
「8番サイロ、発射扉開放」
続いてICBMを格納している地下サイロの発射口を塞ぐ扉を開けるのだが、防御を兼ねた分厚くて重い鉄筋コンクリート製なので完全開放するには少し時間が掛かる。
また、発射口の様子を直接確認する術がなく距離もkm単位で離れているので、彼らは発射扉が開ききった事を示すランプが点灯するのを静かに待ち、それを確認した上で次の行動に移った。
「マスターアーム、オン」
「マスターアーム、オン」
次に彼らはコンソールにあるマスターアームスイッチを“ARM”に切り替え、誤射を避ける為の電気的な安全装置を解除する。
これが一般的なミサイルなら、この後は誘導装置に攻撃目標のデータを入力する(ロックオンやGPS座標の設定など)段階になるのだが、それは上級司令部の役割なので彼らは自分達に与えられた任務を遂行する事に集中していた。
だから大尉達は、安全装置の解除に伴ってコンソール上の鍵穴を覆っていたポリカーボネート製カバーのロックが解除されたので開けると、チェーン付きの鍵を首から外して右手に持った。
「中尉、鍵を挿せ」
「了解」
大尉が中尉に命令を下しながら手にした鍵を自分の席のコンソール上にある鍵穴に挿し、即座に命令に従った中尉も同様に自分の席のコンソール上にある鍵穴に鍵を挿し込んだ。そして、その様子を確認した大尉が次の行動を指示する。
「中尉、3つ数えたら鍵を右に回せ。いいな?」
「了解」
ちなみに、この2つの鍵穴は1人では絶対に届かない位置関係になるよう設置されており、必ず2人の人間が操作しないと発射できないようにする事で安全装置の役割を果たしていた。
「3・2・1、今だ! 回せ!」
大尉が命令を出しつつ右手で鍵を90度以上回し、中尉も同じタイミングで鍵を右手で90度以上回した。その瞬間、ミサイル発射の信号が受理された事を示す発射装置上のランプが点灯し、地下サイロ内で発射態勢に入っていたICBMのロケットモーター(エンジン)が作動する。
基本的な構造などは宇宙事業用のロケットと同じだが、発射前の燃料注入が不要な固体燃料ロケットエンジンを採用しているが故の即応性だった。
こうしてロケットモーターに点火した『LMG-30G』ICBMは、使い捨ての地下サイロ内壁を高温の燃焼ガスで焼きつつ重力に逆らってゆっくりと上昇していき、地上に姿を現すと大量の白煙を引きながら更に加速して高度を上げていく。
そして、燃焼が終わった物から随時切り離して次のエンジンに点火する3段式ロケットエンジンによって軽量化と加速を繰り返し、最終的に核弾頭(再突入体)を宇宙空間にまで達する目標への投射軌道に乗せた。
この砲弾と同じように惰性で飛翔する再突入体には、大気圏に再突入した際に大気との摩擦で生じる超高温から弾頭を護り、大気圏内を安定して飛翔する役割がある。
しかも、MIRV(個別誘導複数目標弾頭:1基のミサイルに複数の弾頭を搭載し、個々の弾頭には誘導機能もある)によって一定の範囲内にある複数の固定目標を同時にピンポイント攻撃ができた。ただし、現在は戦略兵器削減条約で搭載する弾頭は1基になっている。
また、攻撃中止命令は発射時と同様に何度も確認して本物だと判断されたもの以外は認めず、ミサイル発射後に攻撃中止の信号を受信できる時間も限られていた。
最後は核出力300ktの『W87』核弾頭が事前に設定した起爆モード(空中爆発や触発など)で核融合反応を経て核爆発を起こし、莫大な爆発エネルギーを放出して通常兵器とは比べ物にならない破壊をもたらす。これが実戦で本当にICBMを発射していれば。
「よし、訓練終了だ」
本物そっくりの訓練施設内に設置されたスピーカーからミサイル中隊指揮官の少佐の声が聞こえ、2人の空軍士官は揃って緊張を解くのだった。
◆
2024年8月7日 0930時(現地時間)
バーレーン アメリカ第5艦隊司令部
司令部施設が建つ敷地へ入る為の正面ゲート、そこに設置されたロードブロック前で砂埃に塗れた古い1台のSUVが停車した。
「エンジンを切ってトランクも開けるんだ。それと、身分証を」
警備に当たる複数の『M4A1』カービンを持った海軍兵士の中から男性曹長が車両左側の運転席に近付き、開いた窓から運転手の男に向かって指示を出す。すると、運転手は慣れた様子でエンジンを切ってトランクの鍵も開けると、予め準備していた2人分の身分証を手渡した。
なぜなら、運転手はアメリカ軍に雇われたアラブ人通訳で頻繁に出入りしていたからだ。だが、助手席に座っていたのは警察官の制服を着た男で初めて見る顔だった。
そして、曹長が手にしたタブレット端末で身分証に埋め込まれたICチップのデータを読み取って端末内のデータと照合し、兵士の1人が長い棒の先に付いた鏡を使って車体下部に爆発物が隠されていないかを調べる。
さらに、別の兵士がトランクを開けて中を目視で確認している時だった。まるで、車内で生活をしているかのように雑多な物が大量に積まれていたのだが、それらの中に重量物は見当たらないのに車体後部が不自然に沈んでいる事に気付いた。
なので、その違和感を曹長に伝えるべく兵士が駆け寄った直後、それまで静かに座っているだけだった通訳の男が大声で叫んだ。
「アラー・アクバル!(神は偉大なり)」
叫んだ本人以外の全員が突然の出来事に驚いて一斉に男に視線を向ける中、その意味を理解した曹長が焦った様子で周囲の兵士達に大声で命令を下しながら持っていた物から手を放し、代わりに右腰のホルスターから『M18』ハンドガンを引き抜こうとする。
「運転手を殺せ!」
曹長は男に素早く狙いをつけて開きっ放しの窓から9mmパラベラム弾を連続で撃ち込むが、男が起爆装置を作動させて自爆する方が僅かに早かった。次の瞬間、核爆発で生じた強烈な閃光と衝撃波、高熱と放射線が一帯を襲って第5艦隊司令部は壊滅した。





