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馬小屋のペティ

馬小屋に住む少女が白馬に乗った王子様と出会い結ばれ、ペロ姫と呼ばれるまでを描いたシンデレラストーリー。

 のどかな田園風景を一望できる小高い丘の上に、ローゼンバッハ伯爵のお屋敷がありました。伯爵には愛する妻とペティという名の一人娘がいます。思わず手を触れたくなるほどに艶やかなブロンドの髪は父親ゆずりで、思わず吸い込まれそうになるほどに深いサファイアブルーの瞳は母親ゆずりの魅力的な女の子です。ペティは伯爵夫妻にとても可愛がられていました。


 ところがペティが8歳のとき、お母様が事故で死んでしまったのです。

 ペティは葬儀の間、じっと涙が出るのをこらえていたのですが、部屋で一人になったとたんに泣き崩れてしまいました。

 その夜、ペティはとても不思議な夢を見ました。お墓に入ったはずのお母様が会いに来てくれたのです。

「ああ、悲しまないで、愛しのペティ。わたしはまだそばにいて、あなたのことを見守っているのですから」

 それからお母様はペティの手をとり、いろんな話を聞かせてくれました。


 翌朝、メイド長のサリーがカーテンを開けると、後ろから「おはよう」という元気な声が聞こえました。振り返るとペティの笑顔が見えました。思わずサリーは目を丸くして他のメイド達と顔を見合わせます。だってサリーはカーテンを開けるずっと前から、ペティを慰めるための言葉をいくつも考えていたのですから無理もありません。


 次の日も、その次の日も、ペティは夢の中でお母様に会いました。するとペティは日を追うごとに明るく元気になっていったのです。

 すっかり明るさを取り戻したペティは、メイド達と他愛のないおしゃべりを楽しみながらお手伝いをするようになりましたし、一見気難しく無口に見える料理長のロイリーにはリンゴの皮むきを教えてもらったり、使用人の中では最年長のサム爺と一緒に馬小屋へ干し草を運んだりもするようになりました。


 それからしばらく経ったある日のこと。夢の中で会ったお母様はとても悲しそうな様子に見えました。ペティが駆け寄ると、お母様はペティの頬を両手でやさしく包み込み、諭すようにように話し始めます。


「こうして会えるのは今日でおしまいです。わたしはもういかなければならないからです。ああ、わたしの愛するペティ。最期にあなたのために一つだけ特別な力を残していきます。あなたがそれを本当に望んだとき、その力は形となってあらわれるでしょう」


 朝になるとペティの枕はぐっしょりと濡れていました。悲しみがあふれてきて、小さな胸が張り裂けそうになりました。その様子に気づいたサリーはペティに駆け寄り、ギュッと抱きしめてくれました。サリーだけではありません。行く先々で使用人達はペティをやさしく抱きしめてくれたのです。すると不思議なことに悲しみは春の淡雪のように溶けていくのでした。 


 それから4年の月日が経ち、伯爵は新しい妻を(めと)りました。その妻にはペティよりも少し年上の二人の連れ子がいました。ペティに継母と二人の義姉ができたのです。

「まあ、なんと可愛い子でしょう」

 二人の義姉は代わり番こにペティの頭を撫でてくれます。それを見た伯爵は満足そうに微笑んでいました。

 ところがそれは演技だったのです。なんと義姉は陰でペティをまるで召使いのように扱い、自分たちの身の回りの世話を命じたのです。

 気の毒に思ったサリーが手伝おうとすると、義姉にひどく叱責されてしまいます。

「大丈夫よサリー。わたしは一人で何でもできるのですから」

 実際、ペティにとって部屋の片付けなどはお手のもの。義姉が脱ぎ散らかした洋服を手際よくハンガーに通して仕舞うことも、部屋の隅から隅まで床を拭き上げることだってできるのです。

 そんなペティを見て、義姉の意地悪な命令はどんどんエスカレートしていきます。それでもペティは「わたしが頑張ればきっとお姉様たちも認めてくださるわ」と思い、一所懸命に頑張りました。


 ある日事件が起きました。上の姉が大切にしまっていた金のブレスレットがなくなってしまったのです。

「きっとこの子が盗んだに違いないわ。クローネお姉様の細い手首の美しさに嫉妬したのよ!」

 下の姉がペティを指さして言いました。(たか)のように鋭い眼で睨み付けられたペティは動揺して何も言い返すことができません。それから下の姉はペティの部屋に入ると、チェストの引き出しを開けました。すると中から探していたブレスレットが見つかったのです。


 事件は次の日にも起きました。今度は下の姉が宝石箱にしまっていた指輪がなくなってしまったのです。

「きっとこの子が盗んだに違いないわ。ヒエラの細くて美しい指先に嫉妬したのよ!」

 上の姉がペティを指さして言いました。(からす)のように真っ黒な瞳を向けられたペティは動揺して何も言い返すことができません。それから上の姉はペティの部屋に入ると、チェストの引き出しを開けました。するとまた探していた物が出てきたのです。


「あの子は伯爵家の娘として相応しくないわ。この屋敷から追放しましょう」

 そう継母に詰め寄られた伯爵は、あろうことか首を縦に振ってしまいます。最近の天候不良に追い打ちをかけるように疫病が流行し、領民からの税の徴収もままならず、伯爵はすっかりやつれてしまっていたのです。

 お屋敷から追い出され、行く当てのないペティを気の毒に思った使用人達は皆で相談し、馬小屋の片隅にベッドをこしらえ、住まわせることにしました。それを知った二人の義姉は勝ち誇ったような笑みを浮かべたそうです。


 こうして馬小屋に住むことになったペティでしたが、使用人達が入れ替わり立ち替わりお菓子やご馳走を届けてくれるし、馬の世話係のサム爺が若い頃の冒険譚をいっぱい聞かせてくれるので全然寂しくはありませんでした。

 夜になってサム爺がお屋敷に戻ってしまうと、ペティは干し草のベッドで星を見上げながら歌を唄いました。すると馬たちは尻尾をフリフリ、身体をユラユラ揺らしてリズムをとり始めます。

 すっかり馬たちと仲良しになったペティは馬の背中で寝てしまうこともありました。でも不思議なことに朝目覚めたときには干し草のベッドにいて、肩までちゃんと布団が被せられていたのです。


 それから半年が過ぎたある日のこと。その日は朝から嵐が吹き荒れていましたが、伯爵は大切な用事があるからと馬車を走らせていきました。馬小屋の前でお見送りをしたペティには変な胸騒ぎがしました。

 その日の夜、一頭の馬がひどい怪我をして戻って来ました。それは長いたてがみの美しい白馬で、いつもペティの歌を隅っこで聞いているような引っ込み思案な馬でした。そんな彼は馬車を先頭で引いていたときに、ぬかるみに足を滑らせて前脚を見るも無惨に折ってしまったのです。

「今までよく働いてくれたな。今夜はおまえの大好きなニンジンを好きなだけ食べていいんだぞ」

 サム爺は横たわる白馬の身体を布で拭きながら言いました。馬は前脚が折れるともう助からないのです。でも、ペティにはそのことが信じられません。

「元気になってお馬さん。きっと頑張れば大丈夫よ」

 ペティは白馬に寄り添い歌い始めました。今夜はすぐ近くで聞いてもらいたかったんです。すると白馬の瞳に光が戻ってきて、立ち上がろうともがき始めます。でも途中まで起き上がったものの、大きな音を立てて倒れてしまいました。馬たちがヒヒーンと一斉に声を上げ馬小屋は大変な騒動になってしまいました。サム爺が一頭ずつなだめて回って落ち着かせてから、ペティの肩に手を置いて言いました。

「もういいんだ。このまま眠らせてやろう」

「で、でも……」

 サム爺はなんて薄情なんだろうとペティは思いましたが、すぐに間違いに気づきました。サム爺の彫りの深い小さな目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていたのです。

「ああ、サム爺もう泣かないで。わたしがお馬さんの傷を治すわ」

 それからペティは四つん這いになり、折れた前脚をペロペロと舐め始めました。すると白馬の呼吸が穏やかになり、みるみるうちに傷が癒えていくではありませんか。

 そう、ペティはお母様の最期の言葉を一時も忘れたことはなかったのです。サム爺と白馬のために、ひとつだけ(・・・・・)の特別な力を使ったのです。


 ペティが馬の怪我を治したという噂話は使用人達の間で密かに広がり、その数日後に木から落ちた庭師の怪我をペロペロと舐めて治してみせると、いよいよ大騒ぎになりました。これにはペティ自身も驚きました。『特別な力』は一度限りではなかったのです。

 翌日から馬小屋は即席の診療所となりました。ペティが四つん這いになって傷口をペロペロと舐めると、どんな傷でもみるみるうちに回復したのです。


 馬小屋の診療所の噂は領民にも広がり、ペティの元には農作業で怪我をした人などがやってくるようになりました。どんな相手にも分け隔てなく接するペティは、次第に領民からも慕われるようになります。その様子を見た使用人達はペティこそ伯爵家を継ぐにふさわしいと思いましたが、そんなことを口に出すと伯爵夫人とその連れ子に何をされるか分かりません。


 年月は流れペティは18歳になりました。身なりこそ質素ですがもう一人前のレディです。

 一方、領内の不作は相変わらず続いていて、伯爵家の資金が底を突き、お屋敷で働く使用人も半数は解雇されていたのです。

 そんな折、お屋敷に届いた書簡を読んだ義姉たちが色めき立ちました。

「お城の舞踏会に招待されたわ。王子様に見初(みそ)められるチャンスよ!」

「わぁ、何を着ていこうかしら!」


 二人の義姉を横目に見ながら、サリーは机の上に残されたもう1通の書簡をそっとポケットに忍ばせ、馬小屋へと向かうのでした。

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