坂田玩具修理店 ~店主が私の推しです~
「安らぎと絆を与えるはずの玩具が恨みを吐く姿に心が痛む」
○月○日 天気:曇り きんちゃん語録No.142 筆記by八重桐子
スマホのメモ機能に打ち込んで、きんちゃんのご尊顔(写真)の説明書きに追加してっと。
はぁぁぁ、なんてステキ格言を仰るの我が現実最推しの店主きんちゃんは。
くぅ~~尊い、尊すぎる。やばい、やばすぎるぅ!
遍く世界を照らすその後光が見えて西国浄土に召されちゃいそう。
はぁ~~ここのバイトができるなんて推しキャラの言葉のおかげよね~!
それに、私のコレがきんちゃんの力になるなんて思いもしなかったし。
推しを見るために推しの手伝いとか、最高の高ぅ!
「桐子さん憑喪神です、はやく!」
おぉっと。
きんちゃん(推し)の活躍をこの目にやきつけなくっちゃ!
スマホをスカートのポケットにつっこんで、 ペンライトもってレッツゴー!
私が憑喪神という言葉を知ったのは、ここ坂田玩具修理店でバイトを始めたときだった。
東京23区でも外側に位置する、お花茶屋。
私鉄の駅はあるけど主な交通手段は自転車という『下町』にカテゴライズされる、名前の響きだけはイッチョ前な、小さな町だ。
東京の大学に進学した際、賃料が安くてなんとなく不思議な響きの名前にひかれて住み始めたのがここである。
「住めば都、何事もポジティブに考えようぜ」という、私最推しのゲームキャラの主張に導かれたのは偶然ではないはず。
推しは推せるときに推せ。そして信じろ。
我が金言である。
私は推しの言葉を信じただけ。推しに間違いはないのだ。
そんなお花茶屋の駅から家屋群の隙間を縫って歩いて5分ちょっとのところに、ぱっと見銭湯だけど昭和の香りをにじませるくすんだ木造一軒家がある。
私のバイト先である坂田玩具修理店だ。
いまどき曇りガラスの引き戸で、焦げ跡の目立つ大きな木製の看板が掲げられていて、一目瞭然でわかりやすい。
およ、店の軒先にポニテ女子がいるではないですか。ここらの小学校の子かな。
手提げかばんを胸元でぎゅっとして、きょろきょろしてる。不安げな所作がこう、保護欲をワキワキとさせてくる。
アップル・ブロッサムのワンピースでかわいらしい。あぁなでなでしたい。
おっと失礼。私は変質者ではない。
私は、文学科を専攻している大学生で、名を八重桐子と申す者。
これでも女子だ。
ひとえ瞼なので伊達メガネで武装している健気な女子。
そう思ってくれたまへ。
私のバイト先はあの少女が来るような店ではない。とすると用事があるわけですなわち、お客様。
ポジティブに考えよう。前向き大事。
ここは行くしかない。
「こんにちはぁ、当店に、大切なおもちゃの修理の御用ですかぁ?」
なるべく柔らかく声をかけた。最近じゃ女が声をかけても事案になりかねないからね。
その子はびくっと大きく肩を揺らして、防犯ブザーをしっかりと手に握って、私を見上げてきた。
「……おねえさんは、どなたですか?」
冷静さを出そうとゆっくり言葉を紡いでるけど瞳がちょっと潤んじゃってる。ごめんね、びっくりさせちゃったかな。
「私はここでバイトをしてる大学生。いまから仕事なんだ」
「……おねえさんがおもちゃを直す、の?」
「私は受付兼珈琲係兼応援者だから直すことはできないけど、重要なお手伝いは私にしかできないんだ」
「応援者?」
「えっと立ち話もアレだし、中に入って、さあさあ。ジュースくらい出すから。オレンジとかレモンとかキュウリもあるよ!」
その子の肩に手を乗せて、ぐいと店に押しやる。
「てんしゅー、お客様ですよー」
私が叫んでからきっかり2秒後に「いま開けます」と返事がきた。曇りガラスの引き戸がガラガラっと開く。
にゅっと顔を突き出してきたのは、当店店主のきんちゃん。
ジーパンに腕まくり白衣でボサッと頭の、どこの貧乏学生だって風体の、優面のお兄さん。
どこにでもいそうでなモブ顔なんだけど、顔のつくりがそれぞれレベル高くって、しかもしかも私最推しのゲームキャラにそっくりで、現実でも最推しである。
もう運命としか思えない。
「こんにちは。僕が店主の坂田です。お嬢さんのお名前を聞いてもいいかな?」
そんな運命の推しが、すっとかがんで女の子と目線を合わせ、にっこり笑顔を向けた。
ぐぅ。推しの笑顔は私に効きすぎる。意識がイッテキマスしそう。
「あ、あたし、後藤、知恵、です」
「後藤様ですね、まずは中でお話を聞かせてもらえますか?」
きんちゃんがさりげなく体をずらせて、店の中をこの子に見せた。
駄菓子屋みたいに狭くって、頑丈そうな棚が壁一面に広がってて、そこにはきんちゃんが修理してきた玩具たちがのびのびと並んでる。
ブリキの車にソフトビニール製の怪獣に女の子の着せ替え人形とか色々。テーブル代わりのインベーダーゲームの筐体もある。
レトロの雰囲気に満ち満ちてるけど、最新のゲーム機だって修理可能。
3Dプリンターもあって、生産中止になってる部品だって3DCADで形をデザインして創り出しちゃう。ちょっとしたラボ。
「後藤様、そちらに座ってもらえますか?」
ゲームの筐体を挟むように、ふたりが座った。きんちゃんがちらっと見てきたから、私は飲み物を用意しに奥の雑スペースへ向かう。
きんちゃんは珈琲だけど、知恵ちゃんは何がいいかなぁ。オレンジだと「子ども扱いしてる」って気にする年頃だから、レモンにしておこう。
ドリップ式のコーヒーを用意するかたわら、冷蔵庫で冷やしてあったレモンジュースを取り出せば、ふたりの声が聞こえてきた。
「あの、直してほしいの、この子なんだけど……」
「かわいらしいクマのぬいぐるみですね。すごく歴史がありそうですね」
「おばあちゃんが小さいころに遊んでた子で、とっても大事にしてて、お母さんが子供の時にも遊んでて、それで、あたしにくれたんだけど」
「ちょっと手に取ってみてもいいですか? ありがとう。うん、左肩がほつれちゃって中の綿が出てきちゃってるね」
「お母さんが直そうとしてくれたんだけど、なんでか針が刺さらないって……それで……」
知恵ちゃん声が小さくなっていく。よほど大事なんだね。
その気持ち、よくわかる。推しは大事。
我が同志ヨって駆けよりたいけど、私はトレイに珈琲とレモンジュースを載せてステイ。今はきんちゃんのお仕事タイム。推しの邪魔はファン失格よ。
「それで僕のところに」
「スマホで調べてたら、ここがヒットしたの。近くだったから……」
「なるほどなるほど。よくわかりました。これならすぐに直せそうです」
「ほんとう? よかったぁ……」
知恵ちゃんが小さく息を吐いたところで、すすっと近づいていく。
「レモンジュースでーす。どうぞー」
筐体にコースターを置いて、グラスをその上に。きんちゃんには珈琲のカップを直接渡す。
知恵ちゃんはグラスをもってコクコク飲み始めた。きんちゃんはというと、カップに口をつけながらも眉間にしわが。ちらっとクマのぬいぐるみに視線をやれば、背筋が凍るような気配。
あー、やっぱりアレなのね。じりじりとすり足で奥へ戻る私。
「あの、お金、これしかなくって」
「では十円玉5枚を、先払いでもらっておきますね」
「え、それだけ?」
「貴重なぬいぐるみに会わせていただきましたからね」
という会話の後ガラガラっと戸が閉まる音。そして、ドンという空気が揺れる音。
「桐子さん急いで!」
「え、ちょっと、早くない?」
私がきんちゃんのところへと馳せ参じたら、そこには宙に浮くファンシーなクマちゃんが。どす黒いオーラを従えて、顔を凶悪に歪めちゃってる。
「憑喪神化です」
きんちゃんが、つぶされたカエルのように呻いた。
親子三代で大切にされてるのに?
「祖母、母親と大事にされて付喪神化したようですが、遊ばれなくなって保管されている間に孤独を覚えてしまい憑喪神として怨念化してしまったのでしょう。知恵ちゃんと遊んでもらえても、また離されて孤独になる。それで直してもらうのを拒否したんでしょう。玩具としては、遊ばれてこそ、ですからね」
「人間風情に、ワシのむなしさがわかるモノカ」
クマのぬいぐるみが、粘り気のある声をあげた。
「あなたのむなしさはよくわかるのですが、憑喪神となってしまっては看過できません」
きんちゃんがそう力強く言い切った。そして白衣の中から、大ぶりの鉞を取り出す。
きんちゃんの体重よりずっとヘビー思われる大きな鉞を、片手でぐるんと回転させて、ドスンと床に突き当てた。
クマのぬいぐるみのオーラがよりいっそう禍々しく濁る。
「貴様、人間ではないな」
「憑いてしまったあなたの怨念、坂田金時たるこの僕が受け取りましょう」
半身になって片手を突き出しドドドンとキメを作るきんちゃん。
白衣に鉞。このミスマッチがたまらない。写真撮らなきゃ!
ってそんな場合じゃない。
眼鏡のブリッジをあげて、視野の調整をする。
きんちゃんの頭上には150、憑喪神クマには600という数字が浮かんでる。
これは、私にしか視えない数字。
私のご先祖様はどうも拝み師だったみたいで、霊感というか、そんなのが視えるみたいで。
頭上の数字が霊格を示してて、大きいほうが強い。
店主たるきんちゃんは、このお店に代々伝わってきた五月人形の付喪神。クマは悪霊化寸前の憑喪神。
負の怨念にかられた憑喪神の力は付喪神を上回って思いっきり不利。
ま、そのために私がいるんだけど!
スカートの特殊ポケットにいれてある2本のペンライトを取り出して両手に握る。
全長30センチ。オタ御用達、電池式でボタンを押すごとに七色変化する優れもの!
サイリウムとは違うのだよ、サイリウムとは!
そしてリズミカルにフルスイングゥ!
「"d(・ω・d)KI(b・ω・)b"NN d(・▽・)bきんちゃん! "d(・ω・d)MSKR(b・ω・)b"KTID d(・▽・)bきんちゃん!」
両腕をぶんぶん振って、声の限り応援する。きんちゃんの数字が350に増えた。
きんちゃんの口元が緩む。
よし、これで一撃は耐えられそう。
そう簡単に、推しのお仕事は終わらせないんだから!





