港街シャルムーズ 花売姫奇譚
シャルムーズ
そこは港街
多くの帆船が行き交い、人々が語らい合う場所
喧騒、酒宴、揉め事、出会い、色恋、そして、娯楽
港街シャルムーズを舞台に逞しく生きる人々を描いた異色の人間ドラマハイ・ファンタジー
あなたもお好きな酒盃を手にシャルムーズに誘われてはいかがでしょう?
その一、デラルト、船を迎えるの事
よこらせっと。
今日はちょっと波が荒れてるな。接岸も難しかったろ。
岸壁から見てたんだが、お前さんたちなかなかいい腕してるじゃねぇか。
当然だろ? 月に何隻の船を家捜ししてると思ってるんだよ?
船の痛み具合や接岸の手際で大抵はわかるぜ。腕の良い船乗りが乗ってる船は見れば判るんだ。
おうよ! そいじゃあとで一杯やろうぜ。丘に上がったらいい飲み屋教えてやっからよ。検閲が終わるまでちぃっと辛抱してくれな。
さて、それじゃ船員たち集めてくれ。ここでの上陸前の決まり事を済ませちまおうぜ。
船長、書類一式頼むぜ。船舶登録に船員名簿、出港地での積み荷の通関証明、それから航海長は航路記録だ。船医は――いるな? 医療行為の記録があればそれも出してくれ。
それと、火薬を含む武器兵器類、麻薬を含む医療用薬物、課税対象となる高級品や酒類は必ず申告してくれ。農作物は積み荷以外にも個人の物も審査対象となる。幾つかの動植物は我が国の自然環境に影響を与えるから発見次第に没収焼却処分となる。これに関しては一切例外は認めないし損失補償も行わない。全ての船舶に課している規定だからな。貿易協定の結ばれている諸外国にも通達済みだ。船主から聞いてるだろ?
わかっていればいい。規定を守るなら我が国の港は君たちを歓迎する!
それと人間以外の生きてる生き物は乗せてないか? 居ないな? すまないが生きている鳥と犬は原則として出港地の証明がないと上陸ができない決まりになっている。以前に鳥と犬が原因で流行病が出てからの慣例だからな。
よーし、全員出たな? 頭数は揃ってるな?
ダバスは書類の確認、アッシュは2名ほど連れて名簿と船員の照らしあわせ頼む。他は積み荷と船内の確認だ。よし行け!
それじゃ口上やるとっすか!
船乗り諸君、長旅ご苦労!
早く上陸して一杯やりたいだろうが、今少し辛抱してくれ!
俺は王都シャルムーズ港湾部外国船区画出入国税関の上級検閲官のデラルト=キニキスだ。
我が国は1500年の歴史を誇る海洋国家であり、最も多くの国々と貿易協定を結んでいる海運国家でもある。様々な物資や文化が集まり貿易が極めて盛んであるため、莫大な利益が生み出されている。我が国ではその莫大な利益を独占すること無く、世界中の諸外国と共有することを国是としている。しかしそれだけに社会に利益をもたらさない害悪となる物も集まりやすい傾向に有る。
密輸、誘拐、海賊行為、密入国、疫病、禁止動植物の持ち込み、これらは全て厳重処罰の対象となる。
諸君らがこれらの害悪行為を働いていないと信じているが、一部の不心得者たちがその信頼を裏切る事が往々にして起こっている。
我々出入国税関は、公共の利益と安全の確保、そして、平穏な市民生活を守るために、シャルムーズ港に出入りする全ての船舶を監視し検閲する事を役目としている。そのため港湾において発生しうる全ての犯罪行為を防ぐために、出入国する全ての船舶に出入国税関の検閲官による常時臨検を実行している。これらの常時臨検において問題がない場合にのみ、上陸と積み荷の揚げ下ろしが許可される。これは絶対原則だ。臨検を拒否した船舶は即時に処罰対象となる。故郷に無事に帰りたければ秩序と決まり事は絶対に乱すな!
それから上陸にあたって厳守してもらう決まり事を説明する。
一つ、上陸にあたっては船員手帳を必ず携帯すること。船員手帳は入国許可証を兼ねている。紛失は官憲による拘束対象となるので注意するように。
次に、上陸前に税関管理地内にある診療所で身体検査を受けること。検査は目診と血液検査で行う。
そこ! 不満があるなら上陸しなくても良いんだぞ!
先にも言った通り、我が国は近隣諸国の中でも最も多くの諸外国との貿易実績を持っている。それだけに重篤な流行病を持ち込まれる危険に常に晒されている。未開の地の風土病であっても、それが港湾地区の外国船舶により瞬く間に世界中に運ばれる危険もある。500年ほど前に世界中に猛威を振るった黒死病の事は船乗りなら知っていると思う。我が国でもあの時は、人口の三分の一を失う惨劇に見舞われている。流行病に対する検疫管理は今やどこに国でも行われている。
人命に関わる問題だからこれは絶対に厳守してもらう。いいな!?
検査の結果、問題がないと判断されれば船員手帳に検査結果が記入され、晴れて上陸が許可される。
だが、上陸後にも守ってもらいたい約束事がある。
上陸後の行動は原則としてこの王都シャルムーズの一部にのみ限定される。それ以外の地域に向かいたい場合には国籍を持つ母国の外交官事務所へと出向き滞在許可を取らねばならない。諸君らの上陸許可はあくまでも貿易による船舶の荷降ろしと船体の修繕、そして船舶業務からの開放と休息のみを目的としているためだ。そして原則として上陸後の行動は船長などの責任者に必ず報告しておくこと。連絡が取れなくなり、規定の報告が行われていない場合、密入国と判断されて官憲に手配される事となる。そうなると罰金刑以上が必ず科せられる! それが嫌なら、飲みに行くか女を抱きに行くかくらいは船長あたりに報告しておけ!
それからあと2つ。
税関は理由なく出入りできない。あまりに頻繁に出入りする場合は尋問を受けることになるので注意しろ! 税関を出た周辺に船乗り向けの安い長期滞在の宿舎が多数存在する。そこを使うのが通例となっている。船を宿代わりにすることは禁止されている。申告のあった船番以外は船で寝起きは許されないので注意しろ!
そして最後にこれが重要だ!
くれぐれもよその船に間違って乗船などするなよ! 毎年これをやって大問題を引き起こすバカが出る!
知らない間に出港して他所の国に行く羽目になったり、他の船乗りと小競り合いを起こしたりする奴が居る。誤乗船の問題は個人の問題だから、税関事務所では一切関知しない! 船乗りなら判るだろうが間違って乗った船が出港しても、よほどの特段の事情が無い限りは出港地には戻らないのが原則だからだ。食料や燃料などの物資は必要最低限しか無いのが鉄則なのは知っているだろう? 無理に戻らせると莫大な賠償金を請求されてキツい鉱山労働をするハメになる! これらの問題の救済措置は我が国には存在しないので覚悟しておけ!
いいか? 丘の上で羽目を外すのは勝手だが、お前さんたちは母国の名誉とメンツもしょっているって事を忘れるな! 問題があまりに多発すると母国との貿易協定を見直すこととなる。それだけは絶対に忘れるな!
上陸に際しての規定の説明は以上だ。なにか質問はあるか?
無ければ俺の口上はこれで終わりだ。
それでは俺の部下が臨検を行ってる間に、診療所での検査を受けてくれ。それが終れる頃には臨検も終わる。そうすれば酒場で旨い酒でも飲んでくれ!
なんだ?
おう女か! もちろんあるぞ!
女は港町シャルムーズの華だからな。安いのから高いのまで色々だ!
娼館住まいや辻に立ってたり酒場で客待ちしているのまで色々居る。街を歩いて入ればかならず見つかる。
ただし! 我が国の女どもは礼儀と流儀に煩いからな、あまり無作法だと蹴られるぞ! それだけは注意しろ!
ようこそシャルムーズへ! 楽しんでいってくれ!
その二、ジャニス、上客を捕まえるの事
はぁーい。おかみさん元気? もちろんあたしも元気よ。
ごめんねぇ。ちょっと休ませてね。なんかちょうだい。喉乾いちゃった。
あら? 今年初物の発泡酒じゃないの? あ、このあいだ港に入った船の荷でしょ?
へぇぇ、もう出てんの? じゃ、それちょうだい。はいこれ。おつりいらないわよ。ありがとう。わぁ、いい香り。
え? 景気? あははダメダメ、今日はぜーんぜん。
だめねぇ、やっぱり休み明けの雨上がりの月曜になんて立ちんぼするもんじゃないわぁ。ろくなのにひっかかりゃしない。だから今日はもうおしまい。
あーあ、外洋帰りのお船が入ってきたから少しはいい男引っ掛けられるかなんて思ってたんだけど甘かったわねぇ。
はいはい、そうよね。地道が一番よね。判ってまーす。
それにしても今日はいつもよりにぎやかじゃない? あぁ、このお酒の船でしょ? え? 他にも入ってきてるの? わぁ。いい事聞いちゃったわぁ。ありがとう、おかみさん。
え? 何考えてるのかって? うふふん、判ってるくせにぃ。
わかってますって、揉め事はおこさないわよぉ。
はぁい、ごめんなさい。ちょっと失礼。
きゃっ! こぉら、お尻触んないの。ひっぱたくわよ!
え? いやよ。すけべな事する人は。ほかの子あたってちょうだい。あはは。
あら、こちらお一人でどうしたの? お隣いいかしら? あらありがとう。
それじゃぁお連れさんはさっさとお相手見つけてお出かけ? 一人だけで置いてけぼり? 残念ね。
でも一人でも遊べるでしょ? え? 遊び方知らない? あら。
でも、ここの言葉お上手じゃない。
うん。すっごい上手よ。訛りが少しあるけど上手よぉ。でも、そんなに上手なのに船乗りさんじゃないの?
え? 違うの? 何してる人?
大学講師? 学者さん? へえ、外国の文化を調べに? 船に乗せてもらう代わりに通訳を? あぁなるほど。ふうん。学者さんなんだ。
じゃ、昼間のお天道さんがのぼってる時に使う言葉には強いけど、沈んだ後の言葉には弱いでしょ?
うふふ、仕方ないわよ。こう言うのってご当地で場所なれしないと判んないもんよ。いい機会よ。覚えて行きなさいよ。





