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「好きだったんだ」と咲いたアリスはつぶやいた。

「私は必ず、あなたの底を測ります。よろしくお願いしますね、ジャック・ラカン」

犯罪遺伝子の存在が明らかになったアルテッツァ共和国では、犯罪者を6つのランクに分け、収容していた。アリスたち管理官は遺伝子検査で陽性反応が出た犯罪者たち――通称「烙印者」と面談し、犯罪遺伝子によるランク分けが適切かどうかを測ることが仕事だった。

ある日、アリスにとある烙印者との面談の仕事が割り振られる。その男は既存の6つのランクには適合しない第7番目のランク「Timor(理解不能)」に該当した史上初の烙印者だった。

男の名前はジャック・ラカン。希代のナンパ師として名を馳せ、「管理官をたぶらかし、一緒に愛の逃避行に洒落込みたい」と考えるような軽薄な男だった。

アリスはジャックと毎日面談を行い、Timorとランク付けされた彼の底を測ろうとするのだが――

これは憧憬と後悔にまみれた、史上最悪のボーイミーツガール。


――あなたのことなんて、嫌いにならなければ良かったのに。


「この文章を聞いて、あなたは何を想像しますか?」


 ガラスの向こう、簡素な部屋。

 コーニス照明の青白い光に照らされた男は、気怠そうに頬をかいた。


「知らねーよ、ばーか」


 アリスは手元のタブレット端末に「想像力:F」と追記した。

 次いで、男の経歴を再確認する。

 母親が十八の時に生まれ、幼少期からスラム街を出入り。

 教会学校を中退後は軽犯罪に手を染め、たびたび警察の厄介に。

 大規模遺伝子採取(Great Gene War)で陽性反応。

 その後、ここ、ヴィラ管理署に収容される。


「出生:F」「頭脳:F」「容姿:E」「将来性:F」「特記事項:なし」

 文句なしの「Mediocre(低俗)」だ。


「管理官さあん。俺っていつまでこんなところに居なきゃいけねーのぉ? ここじゃ煙草の一本も――」

「ご心配なく」


 ページの末尾にサインをし、アリスは端末の電源を切った。


「じきにあなたは移送されますから」

「おっ、まじぃ?」

「追って通達がきます。それまで大人しく待機していてください」

「ははっ、やりぃ! 思ったより早かったなー! 噂じゃ何年も監禁されるって聞かされてたからさー心配してたんだよなー!」


 そういう人間もいる。

 中には十年前に行われた第一次GGWから、一度もこの管理署を出ていない人間も、いる。


「なー、これって俺が優秀だったからかなあ? だから他のやつよりも早く出られるんだよなあ? なあ?」

「いいえ、違いますよ」


 アリスは淡々と答えた。


「あなたはもう、底が知れましたから(・・・・・・・・・)


 ※


 世界を変える発見や発明は、少なからず存在する。

 火。言語。文字。

 元素の存在。宇宙の存在。

 0という概念。

 車輪の発明。電気の発明。

 妨害霧に覆われた第七大陸の存在。

 遺物オーパーツ解析技術の確立。


 そして――解答アンサーの発見。


『お昼のニュースです。国立遺伝学研究所によりますと、「解答」を元に作成したレベッカ症候群特効薬の臨床実験が終了し、諸医療機関での使用が承認される見込みということです。「解答」を元に作成されたワクチン、医薬品の数はこれで五十を超え、そう遠くない未来、世界からあらゆる病が――』


 食堂に流れるニュースを流し聞きながら、アリスはマグカップをレバーに押し付けた。オレンジ色のゼリーがぼたぼたと中を満たす。


「あー! アリス先輩また補給剤だけでお昼済ませようとしてるー!」


 背後からかかった姦しい声に眉をひそめる。振り返れば、トレイの上いっぱいに料理を乗せたツインテールの少女がぷくっと頬を膨らませていた。


「ちゃんと食べなきゃダメですよぅ。ミアの分けてあげますから。一緒にご飯にしましょ?」

「あのね、ミア。前も言ったけど私は――」

「無駄なことはしない主義、ですよね? でも私は、無駄なことをしたい主義なんです」


 無駄なこと、意味のないこと。

 そういう無価値で不要な物こそが、人生を彩るのだというのがミアの主張だ。

 理解はできないが、否定もしない。しないのだが――


「あなたの主義を、勝手に私に押し付けないでくれない?」

「無駄だからですか?」

「迷惑だからよ」

「またまたあ。先輩ってば素直じゃないんですから」


 にへらと笑うと、ミアはアリスの背中を押し、食堂の一角に押し込んだ。あれよあれよという間にトレイの上に取り分けられる料理の数々を、アリスはため息をつきながら眺めていた。

 まったく……自我(・・)の強い子だ。


「そういえば、午前中は検診でしたっけ。どうでした?」

「いつも通りよ。いくつか質問して、問診票にサインしておしまい」

「またMediocreですかー。そろそろ下層区も増設がひふようはもでふねえ」


 オムライスを大きく口に頬張って、ミアは窓の外を眺めた。

 その口についたケチャップをナプキンでふき取りつつ、アリスも思わず目を向ける。

 空中で制止する巨大な円錐状の建造物――通称、循環都市オーブメント

 第二大陸の茫漠砂漠で発見された遺物を修復したもので、現在約三百万人を収容している。

 その役割は、烙印者スティグマの隔離および、その管理だ。


「そうね。試験段階とはいえ、管理署にはまだ百万人以上も烙印者がいるわけだし」

「来年にはまたGGWをやるって話じゃないですかあ。仕事は無限にやってきますねえ」

「忙しいのはいいことよ」

「やるべき事しかやれないのは、つまらないですう」


 第七大陸をどの国よりも早く踏破したアルテッツァ共和国は、大陸の奥に眠っていた遺物、「解答」を手にした。解答――即ちヒトゲノムの完璧な解析結果だ。


 それはまさに可能性の塊だった。

 医学とバイオテクノロジーの分野にもたらされた利益は莫大で、不治の病と謳われた遺伝疾患の治療薬の開発、DNAバーコーディングによる完全個体識別システム、デザイナーズベイビー技術の確立……数え上げればきりがない。

 だがそれ以上に、彼らを驚かせたのは、たった一つの遺伝子だった。


【犯罪遺伝子】

 犯罪性と極めて強い相関を示し、対象者の犯罪レベルをランク付けできる。


 解答アンサーには、そう記されていた。


 これを受けて政府は、犯罪遺伝子による「ふるい分け」を試験的に開始した。

 GGW、管理署での検診を経たのち、陽性反応者はランクごとに循環都市に収容される。

 アリスたち管理官は、犯罪遺伝子によるランク分けが適切かどうかをテストする――要するに、烙印者たちの底を測るのが仕事だった。


 チカチカと視界の端で通知が点滅した。

 マグカップを持ち上げながら、目だけでそれを確認する。


「どうしました、先輩?」

「ごめん、仕事入っちゃった」

「えー、もうですかあ? さぼっちゃいましょうよお」

「そういうわけにもいかないでしょ」


 アリスは補給剤を一気に飲み干した。

 どろりとしたゼリー状の物体は、クエン酸と、ほのかに塩化ナトリウムの味がした。



 犯罪遺伝子によるランクは、6つに分かれている。


 Mediocre(低俗)

 Asinusu(愚者)

 Tenues(白面)

 Proditor(反逆者)

 Tyrannus(独裁者)

 Deus(世界)


 最高ランク、Deusに近いほど犯罪レベルが高く、またその数も少なくなる。

 ……と、言われている。


「入ります」


 実のところ、犯罪遺伝子によるランクは7つ(・・)存在している。

 カテゴライズ不能。詳細不明。

 とある理由から一部の者にしか知らされていない、シークレットランク。

 その名称は、


「ようやく来たか。待ちわびたぜ」


――Timor(理解不能)


「最初にお聞きしたいことがあります」


 ガラスの向こう、簡素な部屋。

 コーニス照明の青白い光に照らされた(Timor)にアリスは問う。


「『あなたのことなんて、嫌いにならなければ良かったのに』。この言葉を聞いて、あなたは何を想像しますか?」



怒り(・・)



 男は即答した。


「それは後悔のセリフだ。少なくとも過去に相手のことを好いていて、何かしらの形で相手を嫌いにならざるを得なかった、強い強い悔恨の言葉だ。話者は女、相手は男。悠々自適なやつだったんだろう。海原みたいに自由な、それでいて人を惹きつける、そういう男だったんだろう。だから『あなたのことなんて』なんて言葉が出るんだよ」

「それならば」


 アリスは答える。


「後悔と答えるべきでは」

「バカかお前は」


 男は一歩、ガラス越しに近づいた。


「こういう女は、大抵自分を責めるもんだ」

「さすがは希代のナンパ師。女性の事をよくご存じで」

「褒めるな、照れるだろ」

「褒めてません。照れないでください」


 手元のタブレットで、男の情報が光っている。

 ジャック・ラカン。希代のナンパ師。数多くの女性を手籠めにした男。

 女性管理官を指名した理由は「管理官をたぶらかし、一緒に愛の逃避行と洒落込むため」

 こんな男が、Timor……?


 疑問はいくつも浮んだが――自分が担当になった理由だけは理解した。


「……一つ、いいことを教えて差し上げましょう」

「ほう?」

「我が国は」


 アリスは言う。


「我が国は解答を取得し、数々の技術を飛躍的に向上させました。医療技術、薬品開発、進化学、犯罪学、そして――遺伝子工学」

「おいおい勘弁してくれ」


 ジャックは大げさに両手をあげた。


「教科書的な話は嫌いだぜ」


 アリスは構わず続ける。


「一口に遺伝子工学と言っても、その内実は様々です。DNAバーコーディングのためのマイクロチップ開発もそうですし、遺伝子組み換えに関する技術もこれに該当します」

「なあ、もっと違う話を――」

「あとはそうですね」



完全人体ヒューマノイドの作成、とかも」



 ジャックの肩が小さく跳ねる。


「……おい、まさか」

「察しがいいですね」


 アリスは自分の胸に手を当てた。

 完全人体。それは長らく、人造人間などと呼ばれてきた存在だ。

 解答の力を得て、それは完全な姿に生まれ変わった。


 ただ一つ。

 ただ一つ、人と違う点は――


「では改めて自己紹介を。型番LP7、ステージ:発芽、ネーム:アリス。技術の粋を集めて作られた、完全人体です」

 


 ヒューマノイドは恋をしない。

 


「私は必ず、あなた(理解不能)の底を測ります。よろしくお願いしますね、ジャック・ラカン」

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