行方と決戦
彼女はやはり昨夜と同じ道を行くようだ。人通りもポツンポツンとシャボン玉が飛び散るように消えていき、両手で数えられるだけの人と私、そして彼女がいることが俯瞰できるのみだ。
夜の帳により一際目立つ彼女のスマホからの光線が照らし、トボトボと何事もないように通常運転の歩みを繰り返している。その動きは逆に私に畏れを抱かせるのには十分な効力を発揮している。その頭の中では今何を考えているのかを推し量ろうとするは不可能に近い。
その足取りは林の公園に向かい、実に訪れるのが3度目で私も地図がすっぽりと頭にコピーされてしまっていた。
すると途端に速度を上げ、そそくさと林の中に入っていき、私は急いでそこで待ち構えている算段の古賀さんたちに林の中に入って行ったことをメッセージで伝える。
「私も急がないと.....」
私もせかせかと走り、林の中へと再び足を踏み入れていく。
「ギャァァァァ!!」
すると、喧しい男性の声が林の奥の方で叫ばれ、私は瞬時にそれが聞き慣れた声であることを察知した。
「古賀さん!」
そこには古賀さんと石原さんが二人して別々の木に体を預けるように倒れており、近寄ってみても特に目立った外傷は見られず、どうやら二人とも失神してしまっているようだ。
私は周りを警戒する。あの驚声とこの失神具合ならあの化け猫以外に考えられない。それに彼女はまたしても彼方に消え、化け猫との関連性も黒に著しく近づいている。
私は立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。
「シャァァァァ!!」
私の頭上をあの金切り声に似た猫声が通り過ぎ、背中の方に一瞬で着地し、私も振り返るとやはりあの化け猫だった。ただ、その腕には昨日の玄翠と戦った時にできた火傷のようなものが生々しく留められ、皮膚はもはや原型はなく、荒野のように爛れが広がっている。
「シャァァァァ....」
その鋭い眼光の視線をギロッと私に一点を絞り込み、打ち鳴らす威嚇のドラムは夜天にこだました。
「ジャァァァァ!!!」
化け猫は横腹に何か攻撃を受け、苦しみ悶える声を上げながら、片足立ちになり、半分蹲りかけている。
もしかして......。私は化け猫が攻撃を受けたであろう方向に目を向ける。
「玄翠!」
そこにはやはり、あのイモリこと玄翠が小夜嵐に吹かれながら、化け猫の方向に指を向けていた。
おそらく、あの指から何か光線のようなものを出しているであろうことは予想できる。
「玲香さん!怪我はないですか?」
「うん。大丈夫」
すぐにこちらに駆け寄り、自らの無事を伝える。
その傍で腹を抑え続けながら、なんとか気力を絞って立ちあがろうとしている化け猫の姿がある。
「ちょっと。まだこの化け猫生きてるの!」
「安心してください。おそらくこいつは痩せ我慢をしているんでしょう。どちらにせよもうこれだけの毒を浴びたのですから、長くは持ちますまい」
「毒?じゃあ、あれだけ苦しんでるのって....」
「ええ。私の体で生成されるテトロドトキシンを光線のように発射できる技が私の得意技でしてね」
そう有頂天な表情でフフン!と腕組みをしてその技を誇示するような仕草をみせる玄翠を横目に私はふと化け猫のいた方に目をやる。
「あれ?......いなくなってる!」
「え!?」
そこには化け猫の姿は跡形もなく、おそらく私たちが目を離した隙に逃走したのだろう。
玄翠もそれには流石に目を丸くし、自らのミスに対し、責任を感じているのか気抜けした表情を浮かべる。
「とにかく!今は早くあの化け猫を追わないと。あの疲弊具合じゃそんな遠くには行ってないだろうし......」
化け猫を逃したのは目を離した私にも責任の一端がある。
玄翠を慰める意図も含めて、新たな被害が出る前に急いで後を追うことを提案する。
「.......ん?......玲香さんちょっと待ってください」
「?.....どうしたの?」
するとその場に立ち尽くした玄翠は丸まった顎に手を当て、何かを思案し始め、そしてパッとその顔を上げ、引き締まったような硬い表情をみせる。
「玲香さん。なんとかあの化け猫の居場所が掴めそうですよ!」
玄翠の説明によれば、どうやら2日にかけて毒を受けていることにより、あの化け猫にその毒特有の臭いがかなり残っているようだ。あっちです!と指差す方向は入り口の方とは真逆の出口の方を指している。
古賀さんたちは未だ失神したままだが、とにかく今はあの化け猫を追跡することに専念した。
もしかしたら、あの子や庵の居場所もわかるかもしれないという淡い期待も溢れ出ていた。
「臭いが途切れてる.......おそらくここです」
林の公園から歩いて10分ほど経ったところにある草むらが鬱蒼と生い茂り、ポツンと残っている廃ビルで玄翠は足を止め、ここにあの化け猫が入っていったと見られる。
「もしかしたら、あにさんもいるかもしれません」
そう言いながら、私たちも廃ビルの中に入っていき、冷たいコンクリートと冷却された室内の空気が周りをうろうろと行き交い、1階から2階へ一部が破損し、砂利が散布されている階段を上がって向かい、2階もかつて人々が営んでいた生活の一端の椅子や脚が欠けた机が散乱しており、
それを越えながら、探索を進める。
すると、ところどころにある図太いコンクリートの柱の一部に縄状のようなものが括り付けられてあり、それに気づいた私はすぐにその柱へと進む。
「庵!!」
そこにはやはり、縄でぐるぐる巻きに括り付けられ、項垂れている庵の姿があり、私の声に導かれるように玄翠も駆けつけ、あにさん!と声をかける。
「ん........あれ?.....なんでお前ら」
玄翠が縄を解き、目を覚ました庵も私たちの存在に気がつき、ブルブルと頭を震わせ、寝ぼけている意識を奮い立たせようとしている。
「あんた、あの後どこ行ってたの!」
「私も知らん。いつのまにかここにいて、お前たちが来る前にまた眠らされてな........あと、お前来るのが遅いぞ」
「はいはい。助けてもらった分際であんまりでかい口は叩かない方がいいと思うけど〜」
いつも上から目線のこいつに借りを作れたことは嬉しい限りだが、いつのまにか玄翠はその場からいなくなっており
私は見渡したが、いない。
「あれ?玄翠どこ行ったんだろ」
「もしや、あいつの部屋に行ったか....おい。ついてこい」
そう言って、立ち上がった庵は玄翠の居場所を把握しているかのように先導し、私はそこまで歩ける元気があるなら一人で抜け出すぐらいしろよと漏らしかけたが、今は玄翠の行方を優先する。
「あにさん!」
「玄翠!」
このフロアとは別室にある部屋に入ると玄翠がおり、庵と互いに呼び合いながら、駆け寄る。
「あにさん!こっちです!」
玄翠が手を振り、フロアの奥の部屋に誘導するとそこには
彼女.....真田鈴が壁にもたれかかり、その秀麗な瞼を閉じ、眠ったような状態になっている。
「この女.....私を眠らせた後はご自分はお気楽になりやがって.....」
そうか.....やっぱり彼女が庵の誘拐に一役買っていた。ということはあの化け猫との関連性も俄然高くなる。
「まだ意識はあるようですね。ここら辺であの化け猫に付着した毒の臭いも消えているということはおそらくすでに息絶えたのでしょう」
玄翠がそう見立てを立てていると彼女は艶かしい声を発しながら、その瞼を開眼させる。
「あれ.....ここは.......あなたたちは?」
目を覚ますと開口一番、私たちについて尋ねてきた。
おかしい.....少なくとも庵や私の存在は彼女は把握しているはずだ。
「何があなたたちは?だ。惚けるな。あんたが私を縛り上げたんだろ」
「縛り上げた?.......何のことですか?私知らないです」
普通であれば、彼女は惚けた振りをしてこの場を乗り切ろうとしていると思われるだろう。
しかし、私には彼女のその心は労わらざる本心で、状況を理解できていないのか焦眉を浮かべ、その目には涙を潤わせるなど、とても演技でできるとは思えないほどの迫真さを物にしている。
一体どういうことなんだろう.....追い詰められたような彼女は私たちに縋り付き、その手は震え、助けを求め、体を平伏させるようにしながら、不可思議な刹那は飄々とただ流れていっていた.......




