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変異人類の冒険者  作者: らる鳥


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 陶器のカップに唇を付け、湯気の立つ茶を少し口に含む。

 熱い液体から感じる苦味と、口から鼻へと広がる香り。

 私もこれが茶の良さなんだろうとわかってはいるが、実は少し苦手だ。

 ごくりと飲んで喉を潤せる水でいいじゃないかと、どうしても思ってしまう。


 それでもこうして茶を口にするのは、落ち着いた場所で茶を楽しむのは、文化的な精神活動に繋がる行動だとされるから。

 なのでサイキックのコミュニティには、こうして茶を出す店が幾つもあった。

 まぁ、私はさっきも述べたように然程に茶を好まないから、自ら足を運ぶ事はあまりないのだけれど。


「……美味しいですね」

 だが私をここに連れてきた相手であるキサラギは、口にした茶に表情を緩め、本当に美味しそうに飲んでいる。

 そうして茶を楽しめている彼女が、少しばかり羨ましい。


 昔の人間は、茶以外にも様々な飲み物をこんな風に楽しんだという。

 茶の葉を発酵させた紅茶や、遠い国から運んできた豆を煎って挽いてそこに湯を注いだ珈琲、果実を絞ったジュース等々。

 その幾つかは今でも口にできるが、例えば珈琲は、異国の豆がこのコミュニティにまで運ばれてこない為、味や香りを知る事は不可能だった。

 尤も本で読む限り、珈琲は茶以上に苦かったらしいので、恐らく豆が手に入ったとしても私には飲めなかっただろうけれども。


 もう一度、カップに口を付けて茶を口に含む。

 先程よりも少し冷めたが、やっぱり苦味は変わらない。

 この苦みに耐える事こそが、文化的な精神活動で、人間性の生産に繋がると言われれば、まぁ飲めなくはないんだが、……美味しそうに飲んでるキサラギを見ると、それも違うんだろうなって、うん、思う。


「それで、話とは?」

 少し苦みにうんざりしたので、私はキサラギにそう問うた。

 前回の依頼を終えた後、自宅に戻ろうとする私に、話をしたいから時間が欲しいといって来た彼女。

 流石にその日はお互いに休みたかったので、翌日に改めて会おうという話になって、……今に至る。


 話の内容が、恐らく機械兵を見付けた時の反応に関してだろうって事くらいは、想像は付く。

 そしてその話は茶なんかよりもずっと苦い筈だから、このお茶も味なんて感じずに飲めるだろう。


「えっと、少し長い話になるんですが、構いませんか? ……いえ、聞いて下さると嬉しいです」

 キサラギが、そう前置きしてから始めた話は、半分程は私の予想した通りの物だった。



 三年前、訓練施設を卒業したキサラギは、冒険者の道を選ぶ。

 PK能力に関しては全く適性がないが、その分だけESP能力に長けた彼女には、多くの選択肢があったそうだ。

 貯蔵物資の把握や、その情報をやり取りする管理者、他のコミュニティとの通信役、或いはキホのような、基地に務める支援担当者。

 支援担当に関しては冒険者だけでなく、軍の兵士にも同じ役割はある為、本当に選択肢は多かったのだろう。


 しかしキサラギが選んだのは、PK能力を全く持たぬ彼女には不向きな、冒険者の道だった。

 その理由は、キサラギの訓練施設での同期が四人、女性ばかりでチームを組む事を決めていて、そこに彼女を誘ったからだ。

 キサラギの持たぬPK能力は自分達でカバーするから、その優れたESP能力で、チームの目となり耳となって欲しいと、そんな風に。


 コミュニティでは、己の超能力に合った道に進む事が、基本的には推奨される。

 なのでPK能力を持たぬ彼女が冒険者になろうとした時、反対する声は多かったそうだが、それでもキサラギは冒険者になった。

 親しい仲間達と、共に歩む為に。


 本当に希少な能力者だったら、そういった我儘は許されないんだけれど、彼女はESP能力の出力が高くて制御も上手かったが、決して特殊な超能力を扱えた訳ではないから。

 冒険者になる事も許されたのだろう。

 つまりキサラギは、優秀ではあるけれど、替えが利かない訳じゃない。

 コミュニティにとってそのくらいの存在だった。

 まぁ、私と同じようなものである。


 キサラギが仲間と組んだチームの名前は、サクラ。

 桜というのは、昔この辺りにあった人間の国で、春の名物といわれて愛された植物の名前だ。

 その桜に咲く花は、五枚の花弁を持っていて、彼女達は自身を、その花弁に見立てたのだろう。


 あぁ、けれども、桜の花はいずれ散る。

 優秀な目を持っていた事もあって、二年間は活躍を重ねたサクラだったが、ある日、人間性の結晶の存在を感じたキサラギ達は、同じ結晶を求めるマシンナーズが率いた機械兵の部隊と遭遇してしまう。

 マシンナーズとは、普段は話し合いをする余地があるけれど、人間性の結晶を探し求めている時に出会えば、ただ殺し合うしかない。


 サクラは優秀なチームだったから、単なる機械兵の部隊が相手なら何の問題もなかった。

 しかし彼女達の運が悪かったのは、その部隊をマシンナーズが率いていた事だ。

 マシンナーズが指揮官として率いていると、機械兵の能力は目に見えて向上する。

 故にその日の戦いは、死闘となった。


 キサラギはチームの目だったから、目を失えば戦えないと、強敵との戦いでは後方に置かれる。

 戦場から少し離れた場所に隠れ潜み、そのESP能力で周囲の地形や敵の動きを把握して、仲間達に共有し、支援を行う。

 実に正しい選択だ。

 もし仮に、先日の依頼の最中に私が何かと戦いになったら、やはり同じように後方に置いて、そこからの支援を求めただろう。


 だが、そうして後方に置かれていたから、キサラギは強敵との戦いに仲間達が倒れていくのを、見ている事しかできなかった。

 いや、実際には支援を行っているのだからそれは大きな間違いなのだが、彼女はそう思って、感じてしまったのだ。


 でもサクラというチームは本当に優秀だったから、そのメンバーは身体を銃弾に引き裂かれながらも、キサラギが示した敵の隙にPK能力を叩き込み、マシンナーズと機械兵を殲滅する。

 それは決して相打ちではなく、サクラというチームの勝利だった。

 何故なら、サクラにはキサラギという生き残りが、ちゃんといたから。

 超能力の中には、サイキックヒールという傷を癒す力もあるけれど、その能力はとても希少で、持ち主が冒険者になる事なんて許されない。

 つまり致命傷を負えば、まだ命があったとしても、いずれ死ぬ運命は避けられなかった。


 キサラギは仲間達の最期の言葉を聞き、そして失う。

 残されたのは、殺し合いの賞品である、人間性の結晶。


 PK能力を持たぬ彼女がただ一人で外に残されて、それでも生きて帰れたのは、隠れ潜む技術が上手かった事と、その人間性の結晶のお陰だった。

 人間性の結晶を持って安全な場所を確保すれば、コミュニティから回収者の迎えが来るから。

 隠れ潜みながら安全な場所まで逃れたキサラギは、テレポーテーションでコミュニティに戻って、人間性を吸収した。

 本当なら五等分する筈だった人間性を、彼女は一人で摂取する。

 もう、分け合う仲間はいないから。


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