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王都の火柱

カイル→ソフィア視点と変わります。


「何だ、どうなっている⁈」


ローガンの慌てた声が聞こえてきた。民衆からも悲鳴が響く。王都の十ヵ所以上の場所が何かしらの爆発を起こし、炎が上がっている。乾燥した冬の空気の中、それはすぐに燃え広がり王都を火の海にしてしまうだろう。


「さあ、心優しき王ならば、すぐに騎士たちを火消しに回させなくてはなぁ?」


王の近衛騎士や衛兵が何とか神兵を抑え均衡を保っていた所で消火に人員を割けば、王の警護は手薄くなってしまう。しかしこのままでは、炎に巻かれて死傷者も出てしまうだろう。


「衛兵!そして騎士たちよ!僕たちのことは構わない。すぐに火を消し、国民の安全の確保に努めよ!」


オースティンの命令にはじめは戸惑う衛兵たちも、すぐさま火と黒煙の上がる場所へと向かうが、この規模の火事を鎮火させるのには相当の時間がかかるはずだ。


「今のうちに王を殺せ!」


守りが手薄になった王へ向けて、ラヴァル公爵は神兵をけしかけた。


「ラヴァル、この爆発はお前の仕業だな。このような事をしでかして、お前は王になれると思っているのか?国民が納得するとでも?」

「うるさい‼︎お前とオースティンが死ねば、王族は私しかいなくなる!そうすれば、愚民共が何を叫ぼうが王は私だ‼︎」


正気を失ったかのようなラヴァル公爵の叫びに、カイルはグッと眉を寄せた。その時ーー。


「カイル!」


いつもカイルに光を示してくれる大切な少女の呼ぶ声にカイルは振り返った。


「私が、火を消すわ。カイルに手伝って欲しいの」


雲ひとつない空の下告げられた言葉に、カイルは目を見開いた。


「王都に、雨を降らせましょう!」



***



驚きながらもすぐさまソフィアに向き直ってくれたカイルに、ソフィアは雨を降らすための魔法を説明した。

小規模な雨ならまだしも、どれだけ魔力があってもソフィアの水魔法だけでは王都全てに雨を降らすような大魔法は使えない。けれど風の愛し子であるカイルがさらに広範囲から空気中の水分を集める事が出来れば…。

はじめての魔法を口頭での説明だけで成功させようなど無茶を言っていることは分かっていたけれど、カイルならきっと大丈夫だと信じられる。

カイルは、疑う事なくソフィアの言葉に頷いてくれた。



ソフィアとカイルは向かい合って両手を繋ぎ、目を瞑った。二人から美しい魔力の光が溢れて二人を取り巻き、くるくると回りながら二つの魔法陣を形成していく。二人が瞳を開けて空を仰ぐと、魔法陣は上へ上へと浮かび上がる。やがて王都の上空でカッと強い輝きを放つと、空を覆うほどの巨大な魔法陣が姿を現した。


「風の精霊よ」「水の精霊よ」


二人の声が重なると、燐光を放ちながら魔法陣が起動し、何もない空に分厚い雲が形成されていく。グングンと大量の魔力が吸い込まれる感覚に、カイルの額にも汗が流れる。ソフィアも制御のために脳が焼き切れるような痛みを感じるが、倒れそうなソフィアをカイルが両手を握りしめて支えてくれた。


やがて王都を覆う分厚い雲から、ポツリポツリと雨粒が落ちてきた。


「…雨だ‼︎」


恐怖で混乱していた民衆も、消火に駆けつける兵士たちも、国民全てが動きを止めて一様に空を見上げていた。上空から降りしきる雨は、段々と勢いを増していくつもの火事を静かに鎮火させていく。

全ての爆発箇所の煙も完全に消えた所で、ソフィアはやっと息を吐き出し体の力を抜いた。床に座り込みそうだったソフィアを、カイルがしっかりと抱きとめる。


「大丈夫か?」

「…うん、ありがと、カイル」


震える足で何とか立ち上がると、多くの目がソフィアとカイルを見つめているのに気がついた。…当然だろう。明らかに今の雨は自然に起こったものではない。舞台の上のよく見える位置で魔法を使ったのだ。ソフィアとカイルが雨を呼んだことは明らかだった。

ローガンの話を聞いてはいても、いざ未知の力を振るわれれば人は恐怖心を持つ。ちらほらとこちらを怯えた目で見ている人もおり、そんな視線からソフィアを庇おうとカイルが前に立つが、ソフィアはその手をキュッと握って前に出た。

今この時、皆の認識を変えなければと強く思った。ラピスラズリで人の目に怯えることなく楽しそうに暮らす隠れ里のみんな、やっと子供らしく遊べるようになったトム、アリー、ミリー。そしてなにより、今手を握ってくれるカイルの為に。魔女長として、私が今出来ることーー。


「…魔法は!」


一言目は、声が震えた。それでも、カイルの握り返してくれる手の温もりに勇気を貰ってソフィアは民衆に向けて顔を上げた。雨が全ての音を飲み込んでしまったかのような静寂の中、ソフィアの声は全ての人々に届く。


「皆さんが異端の力と呼ぶ魔法は、精霊の力を借りて自然の力を増幅させるものです!精霊が与えてくれた、人々を助ける為の力なんです!

確かに普通の人にはない力がありますが、ちゃんと使い方を学べば決して人を傷つけることはありません」


はじめから直ぐに分かり合えるとは思っていない。でもそれは、魔法使いもヒトも関係なく、みんな同じはずだから。


「怖がってもいい、でも、知って欲しい。魔法使いとヒトは、一緒に暮らしていけます。私たちも、皆さんとおんなじ、人間なんだから!」


ソフィアの切ないほどの願いが、広場の人々に浸透する。


「魔の者の力が精霊様の祝福というのは本当なの…?」

「いや、だが、魔の者の言っていることを信じて良いのか…?」

「でも、火事から救ってくれたぞ」

「でも、伝染病は魔の者のせいだって…」


戸惑いの声を上げる民衆の中から、一人の男性が声を張り上げた。


「彼女の言っている事は本当だ!私の村は伝染病で壊滅的だったところを彼女に救われたんだ」

「私も!彼女に子供を治して貰ったわ!」

「うちの町もだ!」


西と南の町からやって来た人々の中からソフィアを擁護する声がいくつも聞こえてきた。その声に、ソフィアの瞳は潤む。…分かってくれる人がいる。その事が、とても嬉しかった。少しずつでも、こうやって理解してくれる人が増えてくれれば、いつかきっと、異端の力への迫害はなくなる。きっとヒトも魔法使いも関係なく、笑い合える国になる。ソフィアはカイルと手を握りあって、溢れるような笑顔を浮かべた。



…しかし、ソフィアが明るい未来を見つめている後ろで、ズルリと体を持ち上げた黒い影があった。


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