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伝染病の特効薬(3)

たどり着いた廃村では、いくつかの無事な建物の中に雑魚寝のように布団が敷き詰められ、患者の呻き声だけが響く異様な雰囲気だった。一緒に連れてこられたと思われる患者の家族も終わりの見えない看病に疲れ切った様子を見せていた。

ソフィアはラピスラズリ島で魔法薬の調合と共に医療にも携わっていたが、こんな劣悪な環境での治療など初めてのことだ。震える両手を握りしめ、ソフィアは勇気を振り絞って近くの人に声をかけた。


「こんにちは、私はソフィアと申します。皆さんの治療に参りました」

「あんた、教会の人かい?」

「いいえ、教会とは関係ないです。でも、この病の治療薬を作れます。水場と火をお借りできませんか?」

「教会の医者でも治せない病の薬が作れるだって?小娘が何を言ってる⁈」

「本当です!このクラギス草を調合すれば、特効薬が作れるんです!」


ソフィアが泥だらけの手でクラギス草を見せれば、町人の男は顔を悪鬼の様に怒らせてソフィアの手を叩き落とした。


「ふざけてんのか⁈それは毒のある花じゃねぇか!俺たちをからかってるのか⁈」

「違います!確かに葉と花には毒がありますが、根茎に魔力を通す事でこの病の病原を殺すことが出来るんです」

「何を言ってる?魔力とかなんとか…お前、まさか魔の者か⁈」


騒がしいやり取りにこちらの事を伺っていた人々から、殺気に似た視線が突き刺さってきた。

これでは、はじめの町の二の舞だ。俯きそうになる顔をグッと上げて、ソフィアは力強く言葉を紡いだ。


「魔の者なんかじゃありません!私は、魔女です!」


ーーここに来た目的を思い出せ!ここで私が泣いても、誰も助けられないんだから。


「魔女とは、精霊の力を借りて人を助ける者の事です!私は、この病で苦しむ人を助ける為に来たんです!


お願いします!皆さんの治療をさせて下さい!」


ガバッと頭を下げるが、周りを囲む人達からは何の反応も返ってこない。

ペンダントを握りしめ、俯きかけた所で横合いから小さな声が届いた。


「お姉ちゃん、私のお母さん、助けてくれる?お母さん、咳が止まらなくてずっと苦しそうなの」

「こら、ソーラ!魔の者と話しちゃダメだ!」

「でも、ここにいても誰も助けになんて来てくれないじゃない!町のみんなも見て見ぬ振りして!助けるって言ってくれたのは、この人だけだよ!」


子供の叫びに町人は口をつぐんだ。その子供は、ソフィアが町で助け起こし、男達に泣きながら連れて行かれた子供だった。


「お姉ちゃん、お母さん、治せる?」


じっとソフィアを見つめてくる子供の瞳に合わせる様にソフィアは膝を折ると、今度こそしっかりと目を合わせて頷いた。


「うん!絶対に治してみせるから」

「こっちだよ!」


ソフィアはソーラという子供に手を引かれるまま、炊事場まで連れてこられた。


「ここなら、水も火も使えるよ」

「ありがとう。すぐに薬を作るからね」


クラギス草の根茎を丁寧に水洗いすると、他にも毒性を中和する為の薬草と呼吸を楽にする為の薬草も用意し、均等に刻んでゆく。それらを水につけてから火にかけた。じわじわと抽出された成分濃度を色で見極めながら、ソフィアは容器に手をかざす。そして目を閉じると、自身の魔力を通して薬効の増幅を行なっていく。

魔法薬には調合にまる一ヶ月かかる様な複雑な工程の薬もあるが、今回は複雑な工程がない代わりに薬効の増幅と人体毒性中和の為のバランスが重要であり、繊細な制御を必要とする。

額に汗をかきながら魔力を込め続け、ふっと息を吐いて目を開けると、そこには光がおさまった美しい青色の薬が完成していた。


「凄い、光ってたよ!」

「うん、これが完成の合図なの。病が進行しないうちに、早く飲ませてあげないと」


ソーラと炊事場を出ると、恐々と様子を伺っていた人々が家を囲っていた。


「おい、本当にそれは毒じゃないのか?もしそれでソーラの母親が死んだら、タダじゃ済まさないぞ」


鋭い剣幕で追求する男に、ソフィアは真っ直ぐに立ち向かう。


「もしもこの薬のせいで亡くなったというのなら、私の事はどう処分されても構いません。でも、彼女のお母さんはまだ血も吐いておらず初期症状の段階と聞きました。それなら、確実にこれで治せます。

もしそれでもお疑いなら、この場で私が飲んでみせます!」


ソフィアは一人用の分量をコップにうつすと、皆の前でグイッと薬を飲み干した。町人たちは、驚いたように目を見開く。


「さあ、この子のお母さんの元に行かせて下さい!」


ソフィアの言葉に、おずおずと道を開ける人達の間を縫って、ソフィアはソーラの母親マーラの寝ている場所まで辿り着いた。


「マーラさん、これはこの病の特効薬です。少しずつでも飲んでください」


マーラは咳が酷く衰弱はしていたが、赤黒い斑点も首元に収まっていた。飲んでくれるだろうかと、不安になる心を隠してソフィアは安心させる様に優しく言葉をかける。


「ゲボゲボッ…と、特効薬…?そんなものあるの?ゲボッ」

「お母さん、お願い。お薬飲んで?また、ソーラと遊ぼう?」


特効薬の存在に訝しげにしていたが、ソーラの懇願にマーラは意を決したように薬を飲んだ。


「良かった…!明日には、咳も止まって熱も治まってきますからね」


ソフィアの言葉に、マーラはゆっくりと瞳をおろした。呼吸が苦しくろくに眠れていなかったが、暫くすると段々と呼吸も落ち着きを見せてきていた。この薬は薬効の増幅と共に、即効性と体内の滞留性も改善させているため、一度の服用で七日ほど薬効を維持できる。実質、一度だけの服用で完治させることができるのだ。


「お母さん、寝ちゃったね」

「うん、明日にはきっと起き上がれるようになるからね」


ソフィアはソーラに優しく言い含めると、ソーラにも薬を渡す。


「ソーラちゃんも感染のリスクが高いから、この薬を飲んでおいて欲しいの。私も飲んだ様に、健康な人が飲んでも問題ないから心配しないで」

「分かった」


ソーラも薬を飲むと、安堵からか眠たげな様子を見せたためマーラの隣に寝かせてあげた。穏やかに寝ているのを確認すると、ソフィアはそっと部屋の中を振り返り何人かに声をかけた。


「あの、この薬はなるべく症状が初期の段階で飲むほど回復が早いんです。先程作った薬がまだ三人分はありますので、重篤な方から早く…」


赤黒い斑点のような膿疱の広がりが早く、衰弱している男性の傍に座り込む中年の女性に薬を差し出そうとするが、その手は女性によって薬の入ったコップごと叩き落とされた。


「うちの主人に何を盛ろうって言うんだい⁈化け物が‼︎お前らのせいでうちらはこんなに辛い思いをしなくちゃいけないんだ!」


女性は半乱狂になって叫び出し、憎悪の籠った瞳でソフィアを睨みつけた。


「…この病は、人のせいなんかじゃありません。獣の媒介する微生物が原因で…」

「悪いがね、」


近くで女性を宥めていた男性がソフィアを遮る。


「みんな同じ気持ちなんだよ。とてもじゃ無いがあんたを信用する事なんて出来ない」


周りを見回せば、皆の瞳にも恐怖や憎悪の感情が渦巻いていた。


「分かり…ました。明日の朝、マーラさんの様子を見にまた参ります」


ソフィアは溢れたコップを片付けると、そっと部屋を出た。そして廃村の入り口付近の廃屋に背を預けると、膝を抱えて蹲った。


町の人達に不信感を持たれない様、薬を信用してもらえる様にと、出来るだけ堂々とした態度で立っていようとしたが、本当は震える足を気づかれないよう必死だった。魔女として、救える命は救わなければ…。でも、特効薬があっても、飲んでくれなければ意味がないのだ。先程の男性は、膿疱の広がりも早くかなり悪化している様だった。


「絶対に治す、なんて…」


そんな言葉、本当は使いたくなんてない。だって医療の現場で、絶対なんてない事はソフィアが一番よく知っている。それでもしも救えなければ、その家族の悲しみは憎悪となってソフィアに帰ってくるだろう。それでも、薬を飲んで貰いたくてソフィアは町人達の前でそれを口にした。内心の恐怖と戦いながら…。


「間に合わなかったら、どうしよう…」


ソフィアはグッと膝に額を押し付けた。


本当は早く患者全員の治療を行いたいが、今はマーラの回復を待つことしかできなかった。周りの人々も、マーラの様子を窺いながらピリピリした緊張感を放っていた。

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