とある日の瑞貴家 後編 (お礼SS)
Tシャツとジーンズに着替えて、一階に下りる。
リビングには真崎がいて。
既に焼きあがっていた餃子を、頬張っていた。
「美咲ちゃん、料理上手いよね。これで課長の胃は掴んだも同然! 男は胃袋だよ、落とすなら」
「なんですかそれ。とりあえず、口にあってよかったです」
キッチンから出てきた美咲が、リビングの入り口に立っていた俺に気付いて足を止める。
「どうしたの、哲。早く座りなよ」
首を傾げながら俺を見上げる美咲の、可愛さといったら……
頭の中が妄想一色になりかけたその時、視線を感じて視線を美咲の後ろに向けると真崎と目があった。
ニヤニヤしながら、こっちを見てる。
「あー、腹減った」
一瞬にして現実に戻った俺は、わざとらしい声を上げながら自分の席についた。
「田口さんと加藤くん、さっき駅に着いたって言ってたから。もう帰ってくるわよ」
トレーにのっている皿をテーブルに置きながら美咲がそういうと、いいタイミングで玄関のチャイムが鳴り響いた。
「早いなぁ、歩くの」
そんなことを言いながら、美咲は玄関へと歩いていく。
俺は箸を手に取ると、餃子を口の中に放り込む。
……うまい
勢いづいて、ばくばくと連続して口に入れる。
昔から、美咲の作る餃子が好きだった。
そういえば、美咲のアパートで最後に食べたのも餃子だったな……
「みーずき、顔、にやけてる」
「……っ」
真崎の声に、びくっと肩を震わせた。
「にやけてなんか……」
「瑞貴は、既に胃も掴まれちゃってるわけだ。春が来るのは遠いかなぁ~」
「うるせぇ」
悪態つきながら、内心溜息をつく。
遠いよ、多分。分かってるよ。
二十年以上の想いが、簡単に消えるわけないだろ。
「ただいまですー」
「真崎先輩、もう帰ってたんですか」
後輩二人(おまけ二・三)がリビングのソファに荷物を置いて、そのまま椅子に腰を下ろした。
「着替えてきたら?」
真崎の言葉に、後輩二人は恨めしそうに頭を横に振った。
「着替えるのも億劫なほど、腹減ってんです。どっかの誰かに使われまくってるんで」
「いっとけ、後輩。真崎は、言わないとわかんねーからな。言ってもわかんねーけど」
「言うだけ無駄じゃないですか、それ」
田口と加藤は、美咲の後輩。真崎の部下。
なんというか、話してて面白いし落ち着く。
美咲の周りには、いい奴が多いな。
俺も、その一人だと嬉しいんだけど。
「ほら、田口さんも加藤くんもいっぱい食べて」
大量の餃子と玉子の炒め物。
中華スープ、もやしのナムルに、杏仁豆腐。
高校卒業からずっと一人暮らしだった美咲は、誰かにご飯を食べてもらえるのが嬉しいらしい。
早めに帰った時は、凝ったものや皿数の多い夕飯を作る。
しかも一人暮らしで質素倹約が身についてるから、見た目ほど食費も余りかからないし。
多分、反動。
風呂も掃除も、食事も。
住んでいるからの恩返しっていう気持ちもあるんだろうけれど、単純にやるのが楽しいんだろう。
「なんか、久我先輩って……。料理も上手いし、いい奥さんになりますよ」
加藤が感嘆の声を上げた。
奥さん……、課長の。
美咲の結婚相手は、決定済み。
今頃残業でかじりついてる企画室で、奴はくしゃみでもしてるんじゃないだろうか。
美咲はけらけらと笑いながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ありがと、料理だけはねー。一人暮らしとはいえ、おいしいものを食べたかったんだ」
「今度、教えてください。先輩」
なぜか食事の前にデザートの杏仁豆腐を食べていた田口が、思いついたように美咲を見た。
自分も食事を始めていた美咲は、口をもごもごさせながら了承する。
「いいよー、休みの時に一緒に作ろうか」
「はい」
そんなやり取りを見ながら、真崎がにこやかに笑った。
「奥さんって言うか、お母さんみたい。なんか、ホント実家に帰った雰囲気だなぁ」
「家族ですねー」
そう笑う加藤の言葉に、嬉しくなった。
家族としての時間、ちゃんと俺、美咲に味合わせてやれてるってことだよな?
俺だけが、嬉しいわけじゃないって……
「何にやけてんのー、瑞貴ったらスケベ」
内心喜んでいた俺は、真崎の言葉にイラッと目を細める。
「スケベは真崎だろ。さっきも美咲に抱きつきやがって」
途端に上がる、後輩二人の声。
「何やってんですか、真崎先輩!」
「セクハラだーっ」
その声に眉を顰めて、真崎は美咲を見た。
「瑞貴が最近、呼び捨てにするんだよ、美咲ちゃん」
「そこですかっ」
何かずれているその訴えに、美咲は苦笑いで突っ込む。
「だったら、私もーっ」
そういいながら隣の席に座る田口が、美咲の腰に両腕を回して。
それを見た加藤が、俺もーとか言い出したのを、片手で頭を掴んで椅子に押し戻す。
「させるか」
その声に、また笑い声が上がる。
「真剣になんない、瑞貴ったら」
「なるっての! 加藤はやる。こいつ、マジで純粋にやる」
「はい、やりますよ。だって、久我先輩だし」
ねーっと、田口と二人で納得しあってる。
「まったく、いいから早くご飯食べて」
それを呆れた顔で、美咲が見ていて。
その声に、後輩二人が元気よく返事をする。
そんなやり取りを見ながら、小さく息を吐き出した。
この家で、ここまで楽しい食卓、今まであっただろうか。
幼い頃は、美咲の家に行くことが多かった。
高校卒業してからは、一人暮らしの美咲のアパートに行くことが当たり前で。
ここは、ほとんど母親と二人で暮らすばかりだったから。
こんなに騒がしい毎日は、ありえなかった。
食事を終えて、美咲と後輩二人に片づけを頼むと、俺は風呂に入るべく部屋に着替えを取りにいく。
適当に手にとって部屋を出たら、二階に上がってきた真崎と出くわした。
「みーずき」
ニコニコと笑う真崎に、首を傾げる。
真崎は俺に近づくと、声を潜めてくすりと笑った。
「そんな寂しそうな顔しなくても、僕達が居座るから」
思わず顔を離して、真崎を見る。
「美咲ちゃんがここを出ていっても、僕達がいるよ。なんだかもう、僕にとっても君は弟みたいだ」
ぽんっ、と肩を軽く叩くと、呆然としている俺の横を通り過ぎて真崎は部屋に入っていった。
ホントに可愛いんだから、と笑いながら。
真崎の閉めたドアの音に押されるように、階下へと歩いていく。
「あれ、哲? どーしたの?」
廊下で、キッチンから出てきた美咲とかち合う。
「顔、真っ赤」
怪訝そうな顔で覗き込まれて、しかも言われたその言葉に思わず片手で顔を隠す。
「ちょっと、筋トレしてきた」
そのまま脱衣所へと逃げ込む。
ドアの向こうでは、若いわねぇと呟く美咲の声がしていた。
もそもそと服を脱いで、湯船につかる。
一人の時は、ほとんど沸かしたことのない風呂。
そこにつかりながら、膝を両手で抱え込んだ。
俺が、味わいたかったんだ。
美咲との時間、美咲との家族の時間だけじゃなくて。
真崎たちが一緒に住むようになって、偶然知ったこの時間。
家族との時間。
幼い頃から、家族が揃ったことがあまりなかったから。
美咲んちで味わうしかなかった、家族との時間。
それと、同じ。
血は繋がっていないけれど、既に、日常の一部となっている真崎や後輩達。
それは確かに家族じゃないかもしれないけれど。
偽でも、感じる暖かさは一緒なのかもしれない。
「……思ったより俺……、子供だな」
抱えていた足を思いっきり伸ばして、天井を見上げる。
にーちゃんやらねーちゃんやら、なんだかいっぱい出来た感じ。
後輩達は、さしずめ弟妹?
なんだか、こんなことで嬉しさを感じている自分がなんだか気恥ずかしい。
「おにーちゃんね……」
真崎も、思ったより嫌な奴じゃない。
ちゃらんぽらんにみえて、ちゃんと人を見ている。
「寂しかったのは、俺だったのかもな……」
ずっと傍にいると思っていた美咲が、俺から離れていく。
その、事実に。
絶対、直接言わねぇけど。
「真崎に、感謝、かな」
その呟きは、風呂場に少し響いて消えていった。
お知らせとお願いです。
「君は何を想う?」の続編に関して、サイト(マイページにリンクがあります)でアンケートを設置しています。
9月15日までになりますので、宜しければご意見お願いします!
……内容は……哲の続編の書き方という、なんじゃそりゃ的なアンケートだったりするんですが……←優柔不断




