表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/39

とある日の瑞貴家 後編 (お礼SS)

Tシャツとジーンズに着替えて、一階に下りる。


リビングには真崎がいて。

既に焼きあがっていた餃子を、頬張っていた。


「美咲ちゃん、料理上手いよね。これで課長の胃は掴んだも同然! 男は胃袋だよ、落とすなら」

「なんですかそれ。とりあえず、口にあってよかったです」


キッチンから出てきた美咲が、リビングの入り口に立っていた俺に気付いて足を止める。


「どうしたの、哲。早く座りなよ」

首を傾げながら俺を見上げる美咲の、可愛さといったら……


頭の中が妄想一色になりかけたその時、視線を感じて視線を美咲の後ろに向けると真崎と目があった。

ニヤニヤしながら、こっちを見てる。


「あー、腹減った」

一瞬にして現実に戻った俺は、わざとらしい声を上げながら自分の席についた。

「田口さんと加藤くん、さっき駅に着いたって言ってたから。もう帰ってくるわよ」

トレーにのっている皿をテーブルに置きながら美咲がそういうと、いいタイミングで玄関のチャイムが鳴り響いた。


「早いなぁ、歩くの」

そんなことを言いながら、美咲は玄関へと歩いていく。


俺は箸を手に取ると、餃子を口の中に放り込む。

……うまい

勢いづいて、ばくばくと連続して口に入れる。


昔から、美咲の作る餃子が好きだった。

そういえば、美咲のアパートで最後に食べたのも餃子だったな……


「みーずき、顔、にやけてる」

「……っ」


真崎の声に、びくっと肩を震わせた。

「にやけてなんか……」

「瑞貴は、既に胃も掴まれちゃってるわけだ。春が来るのは遠いかなぁ~」

「うるせぇ」


悪態つきながら、内心溜息をつく。

遠いよ、多分。分かってるよ。

二十年以上の想いが、簡単に消えるわけないだろ。


「ただいまですー」

「真崎先輩、もう帰ってたんですか」


後輩二人(おまけ二・三)がリビングのソファに荷物を置いて、そのまま椅子に腰を下ろした。

「着替えてきたら?」

真崎の言葉に、後輩二人は恨めしそうに頭を横に振った。

「着替えるのも億劫なほど、腹減ってんです。どっかの誰かに使われまくってるんで」

「いっとけ、後輩。真崎は、言わないとわかんねーからな。言ってもわかんねーけど」

「言うだけ無駄じゃないですか、それ」

田口と加藤は、美咲の後輩。真崎の部下。

なんというか、話してて面白いし落ち着く。

美咲の周りには、いい奴が多いな。

俺も、その一人だと嬉しいんだけど。


「ほら、田口さんも加藤くんもいっぱい食べて」

大量の餃子と玉子の炒め物。

中華スープ、もやしのナムルに、杏仁豆腐。


高校卒業からずっと一人暮らしだった美咲は、誰かにご飯を食べてもらえるのが嬉しいらしい。

早めに帰った時は、凝ったものや皿数の多い夕飯を作る。

しかも一人暮らしで質素倹約が身についてるから、見た目ほど食費も余りかからないし。


多分、反動。

風呂も掃除も、食事も。

住んでいるからの恩返しっていう気持ちもあるんだろうけれど、単純にやるのが楽しいんだろう。


「なんか、久我先輩って……。料理も上手いし、いい奥さんになりますよ」

加藤が感嘆の声を上げた。


奥さん……、課長の。

美咲の結婚相手は、決定済み。

今頃残業でかじりついてる企画室で、奴はくしゃみでもしてるんじゃないだろうか。


美咲はけらけらと笑いながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ありがと、料理だけはねー。一人暮らしとはいえ、おいしいものを食べたかったんだ」

「今度、教えてください。先輩」

なぜか食事の前にデザートの杏仁豆腐を食べていた田口が、思いついたように美咲を見た。


自分も食事を始めていた美咲は、口をもごもごさせながら了承する。

「いいよー、休みの時に一緒に作ろうか」

「はい」


そんなやり取りを見ながら、真崎がにこやかに笑った。

「奥さんって言うか、お母さんみたい。なんか、ホント実家に帰った雰囲気だなぁ」

「家族ですねー」

そう笑う加藤の言葉に、嬉しくなった。


家族としての時間、ちゃんと俺、美咲に味合わせてやれてるってことだよな?

俺だけが、嬉しいわけじゃないって……


「何にやけてんのー、瑞貴ったらスケベ」


内心喜んでいた俺は、真崎の言葉にイラッと目を細める。

「スケベは真崎だろ。さっきも美咲に抱きつきやがって」

途端に上がる、後輩二人の声。

「何やってんですか、真崎先輩!」

「セクハラだーっ」

その声に眉を顰めて、真崎は美咲を見た。

「瑞貴が最近、呼び捨てにするんだよ、美咲ちゃん」

「そこですかっ」

何かずれているその訴えに、美咲は苦笑いで突っ込む。


「だったら、私もーっ」

そういいながら隣の席に座る田口が、美咲の腰に両腕を回して。

それを見た加藤が、俺もーとか言い出したのを、片手で頭を掴んで椅子に押し戻す。

「させるか」

その声に、また笑い声が上がる。


「真剣になんない、瑞貴ったら」

「なるっての! 加藤はやる。こいつ、マジで純粋にやる」

「はい、やりますよ。だって、久我先輩だし」

ねーっと、田口と二人で納得しあってる。

「まったく、いいから早くご飯食べて」

それを呆れた顔で、美咲が見ていて。

その声に、後輩二人が元気よく返事をする。


そんなやり取りを見ながら、小さく息を吐き出した。


この家で、ここまで楽しい食卓、今まであっただろうか。

幼い頃は、美咲の家に行くことが多かった。

高校卒業してからは、一人暮らしの美咲のアパートに行くことが当たり前で。

ここは、ほとんど母親と二人で暮らすばかりだったから。

こんなに騒がしい毎日は、ありえなかった。




食事を終えて、美咲と後輩二人に片づけを頼むと、俺は風呂に入るべく部屋に着替えを取りにいく。

適当に手にとって部屋を出たら、二階に上がってきた真崎と出くわした。


「みーずき」

ニコニコと笑う真崎に、首を傾げる。

真崎は俺に近づくと、声を潜めてくすりと笑った。


「そんな寂しそうな顔しなくても、僕達が居座るから」

思わず顔を離して、真崎を見る。

「美咲ちゃんがここを出ていっても、僕達がいるよ。なんだかもう、僕にとっても君は弟みたいだ」

ぽんっ、と肩を軽く叩くと、呆然としている俺の横を通り過ぎて真崎は部屋に入っていった。

ホントに可愛いんだから、と笑いながら。



真崎の閉めたドアの音に押されるように、階下へと歩いていく。

「あれ、哲? どーしたの?」

廊下で、キッチンから出てきた美咲とかち合う。

「顔、真っ赤」

怪訝そうな顔で覗き込まれて、しかも言われたその言葉に思わず片手で顔を隠す。

「ちょっと、筋トレしてきた」

そのまま脱衣所へと逃げ込む。

ドアの向こうでは、若いわねぇと呟く美咲の声がしていた。



もそもそと服を脱いで、湯船につかる。

一人の時は、ほとんど沸かしたことのない風呂。


そこにつかりながら、膝を両手で抱え込んだ。



俺が、味わいたかったんだ。

美咲との時間、美咲との家族の時間だけじゃなくて。


真崎たちが一緒に住むようになって、偶然知ったこの時間。

家族との時間。


幼い頃から、家族が揃ったことがあまりなかったから。

美咲んちで味わうしかなかった、家族との時間。


それと、同じ。


血は繋がっていないけれど、既に、日常の一部となっている真崎や後輩達。

それは確かに家族じゃないかもしれないけれど。

偽でも、感じる暖かさは一緒なのかもしれない。



「……思ったより俺……、子供だな」


抱えていた足を思いっきり伸ばして、天井を見上げる。

にーちゃんやらねーちゃんやら、なんだかいっぱい出来た感じ。

後輩達は、さしずめ弟妹?


なんだか、こんなことで嬉しさを感じている自分がなんだか気恥ずかしい。




「おにーちゃんね……」



真崎も、思ったより嫌な奴じゃない。

ちゃらんぽらんにみえて、ちゃんと人を見ている。


「寂しかったのは、俺だったのかもな……」


ずっと傍にいると思っていた美咲が、俺から離れていく。

その、事実に。




絶対、直接言わねぇけど。



「真崎に、感謝、かな」



その呟きは、風呂場に少し響いて消えていった。


お知らせとお願いです。

「君は何を想う?」の続編に関して、サイト(マイページにリンクがあります)でアンケートを設置しています。

9月15日までになりますので、宜しければご意見お願いします!


……内容は……哲の続編の書き方という、なんじゃそりゃ的なアンケートだったりするんですが……←優柔不断


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ