20羽 「わからなかった?」①
約二カ月半ぶり。……僕は、ヴェルミトゥラに、帰って来た。
「ヨーター!」
僕たちの姿を見て、ライラちゃんが土手の坂を転げ落ちるように走って来た。ハッラさんの家の近所の人たちも。ゆっくり進むハルシーピ車から飛び降りて、僕はみんなのところへ走った。
「おかえり!」
「ただいま!」
僕の腕に飛び込んできたライラちゃんは、ちょっとだけ重くなった気がする。
この、突然訪れたヴェルク=シーヴィでの僕の生活。その、始まりの場所に――戻って来た。
滞在した時間で言えば、ムルナヴェンの方が長いんだけどね。
でも。思い入れで考えたら、やっぱヴェルミトゥラなんだ。
その日は、町を挙げての宴会。僕はライラちゃんを救った英雄ってことになっていたし、元気に手足をバタバタさせる弟くんは、僕にあやかってヨルタっていう名前になっていた。恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。僕、匍匐前進しただけなのに。
「ヨーター! おかえり――!」
あらかたの人が僕ら関係なく飲み始めて歌ったり踊ったりし始めたとき、ガシッと肩を組んできたのは……ルムスだ!
「うわー! ルムスだ、うわー! ただいまー!」
「なにそのうわー! ての」
「なんか、帰って来たなあって。ルムス見たら、すごい実感が」
なんか、ヴェルク=シーヴィ来てからのあんなことやこんなことが、走馬灯のように。あやうく涙ぐみそうだった僕を見て、ルムスは「お、おお……」と言った。
「――で、ムルナヴェンのかわい子ちゃんとは、どうなったの」
「はあ?」
にやあ、っとさもたのしそうに笑って、ルムスが言った。深く考えなくてもヤーヴァちゃんのことだろう。余計なことを話しやがった犯人の姿を探したけれど、危機を察知したのか見当たらなかった。
「……あのね、ルムス。タルクからなにを聞いたのか知らないけどさ。ヤーヴァちゃんは子どもなんだよ。さすがに僕にはムリだよ、手を出すわけがないだろ」
「あー? なに、26っていう設定、まだ生きてるの?」
「このまえ27になった。まあ、もういいよ。ムリに信じなくてもいい」
そもそも、酒を飲んでる時点でわかるだろ。……と思ったけど、ここの法律知らないな。子どもでも飲酒可なのかな。何歳から成人なんだろ。
ルムスは「……まじかー」と僕をしげしげと見た。そしてなんか、肩をぽんぽんと叩いて「いろいろ、大変なこともあるだろうけど、がんばれよ……」と言った。なにそれ。え、若見えってもしかしてここでは致命的な欠点だったりする……?
飲みながらいろいろルムスに聞いた。ヴェルク=シーヴィでの成人は男女ともに15歳。法的な結婚ができるのはそれからで、飲酒もそのときから。テルク=ファルでは成人が男女で違って、女性は16歳で、男性は18歳なんだって。なんで? で、飲酒は一律で18歳。
「てか、なんでこんなこと知らんの? なに、やっぱヨータってこの国の人じゃないの?」
「えっ、なんで?」
ちょっと声が裏返ってしまった。たぶん、日本とかそういうのは、あんまり言わない方がいいと思うんだよな。だからどう反応したらいいのかわからなくて、とりあえずコップの酒をぐいーと飲み干した。ルムスはそんな僕を見て「やっぱそうなのかー」と言った。
「やっぱって、なにさ」
「やっぱって、やっぱだよ。自分の容姿、珍しい自覚、ある?」
ギャルピースみたいな感じで僕を指差して、ルムスが言う。うう、そりゃ、僕が浮いてるのはわかってるよ。なんかみんな平均的に彫りが深い美形ばっか。べつに僕が特筆するほど不細工だとは思わないけどさ。こんな中にいたら、目立つよ、わかってる。
「……ルムスほどイケメンじゃない自覚はあるよ」
「なにそれいい気になるわ、もっと言って、言いふらして」
上機嫌で僕のコップへ酒を注いで、ルムスは僕の顔を覗き込むように見た。
そして「顔の造りとかもそうだけどさ、それよりも、その目」と言う。
「ヨータで初めて見たんだけど。ほとんど真っ黒。すごいじゃん、なんかこう、神秘的でさ」
「ええっ、ええ? そうかな?」
僕としては、ちょっと茶色いっぽいかなって思っていたんだけれどな。でもたしかにルムスのカステラの焼色みたいにキレイな茶色じゃないから、そう言われたら黒かも。あー、そっかー、目の色かあ……。
「……だから顔を見られること、多いんだ」
「だろうねー。ねね、で、どこらへんの出身なわけ? 前に『ニホン』って言ってたよね。どこそれ? いーかげん教えてよ」
内緒話する感じでめっちゃ隣に寄ってきて、ワクワク顔でルムスが聞いてきた。あれ、僕、日本から来たって言ったっけ。……言ったな。強盗に入られて、片づけを手伝ってもらったときに、言った。でも、ここの世界じゃないってこと……言う? ルムスくらいには言ってもいい気がするけど、とちょっとは思う。
迷っていると、後ろから頭をガシガシとされた。だれだよ、と思って振り返ったら、逃げていたタルク。
「帰るぞ。馬車持ってきた」
「あー、そっか。逃げたのかと思ってた。ありがとう。でも、抜けてだいじょうぶかな?」
「逃げるってなんだ。もうおまえ関係なく飲んでるだろ、みんな」
それはそう。とりあえず近くに居た人たちへ頭を下げて、撤収する。ルムスもいっしょに会場を出てきた。
「ルムスも帰る? どっち方向? 乗って行かない?」
「あー、用事あるから、それ済ませて帰るわ、あんがと」
「わかったー、気をつけてね」
で、別れようとしたときに、ルムスが僕の耳にこそっと「次の出勤のときにでも、教えてくれよなー」とつぶやいた。うん、そうだね。たくさん人がいるところでは、やっぱ話しづらいかな。
と思って、僕が返事をしようとしたとき。
キェェエエエ!
空に、グラのひと声。






