18羽 「証明のしようがないですが」②
「ケルハ・ヴェイクだ。座って楽にしてくれたまえ」
名乗ってくれはしたけど、何者なのかは教えてくれなかった。まあ一番偉い人なんだろうけど。赤みがかった金髪をツーブロックにして流していて、柔らかいオレンジなのに鋭いイメージの瞳。太い眉がキリッとして、眉間のシワが深い。イケオジだ。40代くらいかな。
タルクが言われた通りそこにあったソファへ座ったから、僕もその隣に座った。ぜんぜん気配を感じなかった若い男性がすっとやって来て台形型のマグカップでお茶を出してくれてびびった。いい香りだ。高そう。
向かい側のソファにケルハ・ヴェイクさんが座る。近くで見たらけっこういいガタイをしていた。中年になってから、やたら筋トレに凝る人っているもんね。死んだ親父とかもそうだった。よくつきあわされたなー。懐かしい。
「まどろっこしいあいさつとかは抜きにしよう。君がヨータか?」
「はい、そうです」
「そうか。話は聞いている。その容姿でも成人らしいな。生まれは地図にもない遠い国とのことだが、それは本当か?」
「証明のしようがないので、本当ですと申し上げることしかできません」
「はは、それはそうだ」
笑った空気があるのに目が笑っていない。なにこの人こわい。タルクは平然としているけれど、僕はなんか疑われているんだろうなあっていう感触から、あんまりいい気分ではなかった。言いたいことあるならはっきり言えよ。
「腹の探り合いが得意な方ではないのでね。率直に尋ねる。君は、ヴェルク=ライナの間諜か?」
「違います」
「では、テルク=ファル?」
「国名すらこの前知ったばかりです」
「グラ=ゾルム?」
「なんですかそれ?」
あと何個かの国名をあげられたけれど、ぜんぶ横文字だってことしかわからなかった。うんざりしてきて、帰っていいかなあと思い始めたあたりで、気配のない男の人が小さいカップケーキみたいのを皿に三個乗せて僕の前に出して来た。二股フォークでぶっ刺して、口の中に突っ込む。キャロットケーキっぽい味。ちょっとむせてお茶も飲んだ。
「さて、君はどこの国の間諜でもないらしい」
「そうですね。証明のしようがないですが」
「いや、十分だ。わかったよ」
ケルハ・ヴェイクさんはなぜか、打って変わってにこやかな空気感になった。眉間のシワはそのままだけど。なんで。まあ痛くもない腹を探られるよりは納得してもらった方がいいけれども。
その後、なんかいろいろ質問された。主に大学でなにを学んでいたか的なこと。まったく人生に活かせてないけど情報系。あと、雌雄鑑別技術をどうやって身につけたのか。
「一年間、専門の学校で訓練を受けました。その間に約2万羽のひよこを鑑別し技術を磨きます。僕のときは、いっしょに入学したのは八人だったけれど、卒業して資格を得られたのは僕を含めて三名だけでした」
「それは、なぜだ? 卒業試験が難しいのか?」
「それもあります。でも、半分は、最初の三カ月でやめて行きました」
僕が理由を言いあぐねていると、気配のない男の人がお茶を注ぎ足してくれた。どうも。話せっていう圧を感じるので、口にする。
「……鑑別師は、ひよこが好きな人は、なるのが難しいです」
「そうなのか。どうしてだ?」
「……僕たちが技術を磨くのに、使われたひよこたちは……殺処分なので」
タルクが目を剥いて僕を見た。僕だって、なにも思わなかったわけじゃない。最初のうちは眠れなくて、袋に詰められるひよこたちがかわいそうで、泣いて。
でも。
慣れたんだ。
なんて非情な人間なんだろうって、自分が醜く思えた。
その上で、思った。
僕の技術のために死んでしまったひよこたちの命を、ぜったいにムダにしないと。
「……でも、おまえ、ひよこ好きだろ」
ずっと黙っていたタルクが、僕を見ながら言った。
「好きだよ。とても」
僕はその目を見返せなかった。なんとなく。
タルクが、僕の前にあるお皿からカップケーキをひとつつまんで、口に入れた。咀嚼音を聞きながら、僕は死んでしまった親父のことを考えていた。
親父が仕事中、事故に遭ったのは、僕が雌雄鑑別師としての資格を得る最終試験に臨んでいたときだった。
終わって。自己採点では行けてるんじゃないだろうかって思いながらロッカー室へ着替えに戻って。
ずらっと並ぶ母と妹からの着信履歴。メッセージ。試験結果を聞かずすぐに福岡へ飛んだ。
飛行機から降りたとき、メッセージ着信音があって。
『パパ、死んだ』
僕は、間に合わなかった。
ひよこでは、あんなに泣けたのに。僕は親父の死では、泣けなかった。
今話終了時点での主要登場人物のキャラクターイメージを、活動報告にあげ、↓ の『とばそら匿名感想』ボックスの下あたりにリンクしました。
ご参考までに。
ご自身の持たれるイメージを損ないたくない方は、ご覧にならないでください。






