17羽 「なにが目的だよ」①【あとがきに地図あり】
「美味しそうですねえ、ひとつください」
「やらねえ」
タルクが外務卿って呼んだのは、黒髪を肩上あたりで切り揃えたオーバルメガネの若い男性だった。僕とそんなに年は違わないように思える。それでたぶん、国の外務大臣みたいなことしてるってことだろ? まあ、普通にすごいよね。
部屋に入って自分の席がないとみるや、すぐに僕側のベッドに座って唐揚げに目をつけたナントカ外務卿さんだけれど、タルクは大皿ごと抱え込んで背を向けた。……なんかこう、やっぱタルクってときどきガキだよね。
「で、なにしに来たんだよ」
「つれないですねえ、ひさしぶりにお会いしたのに。たまたまヴェルンシーヴァへ御用聞きに伺う途中だったんです」
タルクは舌打ちして首だけこっちを向いた。すんごく嫌そうな顔をしている。
「ウソつけ、こんな中途半端な時期にわざわざおまえが行く理由はない」
「ありますよお、たくさん。ヴェルク=シーヴィの国際的な重要性は、あなたが一番ご存じではないですか」
なんかギスギスした空気があるけど仲良しなんだなあって思った。なんとなく。僕が手元のお皿に取り分けてあった唐揚げを食べようとしたら、外務卿さんが笑顔でじーっとこっちを見ていかにも「ください」って感じだったので差し出す。
「わー、ありがとうございます、やさしいですねえ」
「あっ、バカ、餌付けすんな!」
餌付けって言われてびくっとなる。時既に遅し、外務卿さんはハンカチを使って唐揚げをつまんでいた。やっちまった。もしかして、ヴェルク=シーヴィとかその周辺国では、人間でも夫婦とか恋人の間でしか食事のやり取りしないとか? そんなことないよね? ……あっ、でもたしかにヤーヴァちゃんはパンをくれたな……。
とかドキドキしながら考えていたら、キレイに食べ終わって「美味しゅうございました。さすがエルシ公翼の専属調理人さんですね」と外務卿さんが言う。にっこり。
「――私、ブロム・ルクヴォテルと申します。気軽にブロムとお呼びください。お名前を伺っても?」
「ルマだ。もう食っただろ、さっさと出ていけ」
「そんなに邪険にすることないじゃないですかあ」
僕が名乗る前にぜんぜん違う適当な名前をタルクが言った。まあ、僕の名前ってここの世界ではあんまりない名前っぽいから、その方がいいのかも。そこらへんのこと、あんまりタルクは教えてくれないから、僕はひたすら空気読みに徹している感じだ。
ブロム外務卿さんはめげない。
「ルマくん、エルシ公翼へお仕えするようになって、どれくらいなんです?」
「えっと、えっと」
「もう2年になる。いーからさっさと出ていけ!」
また適当な数字をタルクが言った。なんか、全面的に警戒しているなあ。僕はなにも話さない方がよさそうだ。キレイにたたんだハンカチを懐へ入れながら、ブロム外務卿さんは「おやあ、おかしいですねえ」と言った。
「私が小耳に挟んだウワサだと、ルマくんに似た人物がエルシ公翼の周辺に現れたのは3カ月程前だと」
「耳かきしてないおまえの耳がなにを聞き取ろうと知らん」
「失礼ですね。3日置きに耳清掃しております」
「それかきすぎだろ」
「ところで、ルマくんについてですが。おもしろい話がありまして」
タルクがたぶん実力行使で追い出そうと立ち上がったときに、ブロム外務卿がにっこりしながら言った。なんでしょうか。僕がなんとなく居住まいを正すと、彼は僕を見ながらにこにこと続けた。
「いつどこで、どうやって、ヴェルミトゥラへ入ったのか。ヴェルク=シーヴィの民なのか、はたまた別の国の者なのか。それがまったく見えてこない。出自も、経歴も、国籍さえも。なんの情報もない、との報告がありました」
「おおっぴらに諜報してんのバラすなよ」
心底あきれたようにため息をつきつつ、タルクが言った。そりゃあ僕だって、どうやって灰翼判庁のあのハルシーピ舎へ行ったのかさっぱりわからない。なので、説明を求められても困るんだよなあ。
「そんな神秘的なルマくんには、ルマなんていうありきたりじゃない、もっとステキな名前が似合うと思うんだけどなあ」
いかにも悩ましげな表情を作ってから「――うん、そうだ」とブロム外務卿は言った。
すんごい笑顔で。
「ヨータなんてどうだろう? いい響きでしょう。ヨータくんと呼ばせてもらっても? ルマくん?」
なにもかもぜんぶバレっバレなんだから、いいよねってことで、僕は「はい、どうぞ」と言った。






