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飛ばない僕と、空を行く君と  作者: つこさん。
第一章

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15羽 「実感を得たんだが」 「今さら⁉」①

 ムルナヴェン村中の人たちが集まったんじゃないだろうかと思うくらい、大々的なお見送りになった。僕はともかく、とにかくグラが人気者で。特に子どもたちやお年寄りから残念がる声があがっていた。泣いてる子もいた。

 グラのために造られた特別製の地車(じぐるま)へ、陸用に改良されたハルシーピが二頭つながれた。空を飛ぶ種より小柄で、筋肉質で羽が短い。二頭合わせて今のグラくらいの大きさ。なんか立ち居振る舞いがエキスパートって感じで、僕が「おおっ、かっこいいねー!」って二頭に言うと、グラがキエェェェ! みたいな威嚇声をあげた。陸用二頭はなんだこいつ、みたいな目で見てた。

 その後もずっと二頭へ同じ声をかけているから、首元をかいておとなしくさせた。僕もグラの扱いに慣れたもんだな。


 いっしょにラィードの収穫に携わっていた人たちが、元気にやんなよー、とあいさつをしに来てくれる。僕はひとりひとりに「お世話になりました。みなさんもお元気で」って返していく。

 滞在が長くても二カ月くらいってわかっていたから、僕はあえて自分の年齢を話していなかった。言っても冗談だと思われるのは経験からわかっていたからね。だから、たいていのムルナヴェンの人たちは、僕をいっしょうけんめい働く少年みたいに思ってるっぽい。こんなに惜しんでもらえると思っていなかったから、ちょっと騙してしまった気分で後ろめたい。どうしよう。でもここで突然「じつは27歳になったばかりで」とか言うの、すごくおかしいよな。


「ヨータくん、とてもさみしいよ。君にはうちの畑でずっと働いてほしかった」


 ヤーヴァちゃんのお父さん、トゥルカ・ライナさんが僕の肩を何度も叩いてそう言ってくれた。ありがたいなあ。ご厚意に甘えて、初めての経験をたくさんさせてもらった約二カ月だった。

 僕はライナさんに向き直って「たくさんの学びを得ました。通りすがりの僕のような者に、良くしてくださって本当にありがとうございます」と言った。以前、握手の習慣はこちらの世界にないとタルクと話して知っていたので、僕は前に灰翼判庁でタルクがしていた、右手を胸に当てる動作をした。ライナさんがどきっとした顔をした。


 もろもろの準備が済んで、グラの地車とはべつに、陸用ハルシーピが一頭つながれた馬車に乗り込む。ハルシーピ車って言った方が合ってるよな。僕がこっちで買った家財も積んだ。ほとんど調理器具だけど。黒板も持ってきた。あると便利だからね。

 僕が乗り込もうとしたときに、袖を引っ張られてそちらを向いた。ヤーヴァちゃんだった。


「ヤーヴァちゃん。たくさんありがとうね。すごく感謝しているよ。パン、美味しかった」

「……焼いたから。持っていきなさいよ」


 限界まで膨らんだ手提げ袋を僕の目線まで掲げ持ってヤーヴァちゃんが言った。僕はまだ熱々のそれを受け取って「ありがとう。すごくうれしい」って言った。

 そして、ヤーヴァちゃんはどこかすっきりとした顔で、僕以外に聞こえないような小声でつぶやいた。


「……あたし、あんたのこと、ちょっといいなって思っていたわ」

「そう? 僕はヤーヴァちゃん、すごくいいなって思っていたよ」

「心にもないこと言わないで」


 ヤーヴァちゃんはちょっと動揺して目をきょろきょろさせた。僕は笑って、その耳に口を寄せてつぶやいた。


「――僕ね、27歳のおじさんなんだ。……じゃあね。元気で、幸せになってね」


 ぱっと身を離して、ハルシーピ車に乗り込んだ。タルクがめちゃくちゃ興味津々の笑い目でこっちを見ていた。うざ。キモ。タルクが口笛をひとつ吹くと、三頭のハルシーピが動き出す。

 僕がみんなへ手を振る。すると、ハルシーピ車が助走をつけ始めたあたりで、ヤーヴァちゃんがちょっと走って来て止まって、叫んだ。


「――詐欺師ーーー!」

「なにそれちょっとまって⁉」


 タルクが腹を抱えて爆笑し転げ回った。とりあえずひとつ蹴りを入れた。振り返って、ヤーヴァちゃんや他の人を見る。


「ありがとう、さよならー!」


 ハルシーピ車は、馬車じゃあり得ないくらいの速度を軽く出して進んでいく。あっという間って言葉を使う間もなく、ムルナヴェンは見えなくなった。


「いやーーーー、笑った! 最高だな、あの子!」

「……もう一回蹴ろうかな」

「おう、それで笑う権利をもらえるならいくらでも」

「やらねーよ!」


 とりあえず腹に一発拳を入れておいた。感想として「おまえを成人として認める」という言葉をもらった。どうも。しばらくおとなしくなった後、起き上がってタルクは言った。


「おまえが、ニホンっていう、どこかここじゃないところから来たっていう実感を得たんだが」

「今さら⁉」

「あの、女の子の父親だろ、あいさつしたの」

「ほぼ全員とあいさつしたからどの人のことかわかりかねるけど、ヤーヴァちゃんと話した直前にあいさつした人と仮定して返事をすると、うん」

「おまえ、あの、右手を左胸に当てることの意味、わかってんのか?」


 脚を投げ出してちょっと真面目な顔で僕を見てそう尋ねてくる。僕はあぐらを組んで「なに? なんか、タルクが前にやってたやつ、真似したんだけど」と答える。


「あれ、最上位の人間にする仕草だ。この国では翼公。他の国では、王族とか、なんかめちゃくちゃ位の高い貴族とか」

「えー、まじでー⁉」

「……まあ、かえってよかったかもな?」

「なにが」


 タルクは、僕の真似をしてあぐらを組もうとして、失敗していた。ふふふ、脚が長すぎてできなかろう。せいぜい悔しがれ。ちょっと空しい。なんとか右脚だけあぐらっぽくできて、その状態でタルクは言った。


「……なんかこう、あんたんとこの娘さん、めっちゃいい子だけど、俺には高望み過ぎますーみたいな。そんな感じにとられる気がする」

「まじか、なんだよそれ、そこまで考えてない」

「そりゃそうだ。まあ、いいんじゃね? 悪くは思われようがない」


 じゃあいいや。たぶん、もう行くこともないだろうしな……ムルナヴェン。そう思っていたから、全力でたのしめたのもあるし。

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