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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド壱の二:嫌になったら生まれ変われば良いんじゃね?
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後片付け

 文化祭の翌日は、後片付けの日となっていた。文化祭の出し物は、ほとんどが立体映像で作られたものであり、学校中で有効になっていた立体映像装置を消すことで片付けは終わる手はずになっていた。その装置は十時に一斉に消される予定だった。

 後片付けでは、それが一種の一区切りとなっていて、生徒達はその時間まで机や椅子などの片付けをしながら待っているのが一般的だった。


「ハァ、ハァ……、ま、間に合ったぁ……」


 その日は、いつもより三十分ほど遅い朝九時が登校時間となっていたが、津名は十分遅れで到着した。そっと後ろの扉から入ったが、すぐに大寬と日高に見つかった。


「はぁ~?間に合ってないわよっ!バッカじゃないのっ!」

"津名氏、完全遅刻じゃまいか……。片付け日で良かったぞよ、出席を取らなかったからねぇ"


"大寬さんも日高さんも先に行くんだもんっ!起こしてくれても良かったのにっ!"


 無論、二人は起こしに来たのだが、彼は完全に疲れ切っていたのか全くの無反応だった。


"起こしたけど起きなかったのよっ!あなたが悪いんでしょっ!"

"疲れ切ってたから、まあいっかってなったんだよ"


「まあいっかって、ひ、酷いっ!酷くないか……」


「そうよっ!」

"んだもんだな"


 津名はそっと入ったつもりだったが、すったもんだのため大きな声となり、クラスメイト達にも気づかれてしまった。


「お、津名だっ!」

「や~っと来たね」

「遅刻だぞ~っ!」

「あはは~っ!」


 自分のところにみんなが集まってくるので津名は怒られるものだと思ってひたすらに謝るしか無かった。


「お、遅れて、ごめんなさい……。ちょ、ちょっと寝坊しちゃって、あ、あの……」


 すると蓮沼が彼の背中を叩いた。


「津名っ!んなことはどうでも良いんだよっ!」


「ゲホッ、ゲホッ。……えっ、どうでも?怒ってない?」


「怒ってるわけ無いだろっ!やったじゃないかよっ!」


「えっ、なにが?」


 しかし、津名は何のことやら訳も分からず困惑するだけだった。


「はぁ、ま、またか?え、マジで言ってる?」


 これには蓮沼どころか皆がまさかと思って驚き、戸惑っていた。


「津名君、後夜祭に居なかったよね?」

「そう言えば、居なかったかも……?」

「え~、蓮沼のお婆ちゃんと何か話していたでしょ?」

「だよ、私も見たもん」

「あの後、帰ったんじゃ?」

「えぇ?ほ、ほんと?」

「ありえんっしょっ!」


 津名は螢田の件など話せるはずも無く、ただ苦笑いをした。


「あ、あはは……、つ、疲れちゃった……かも……なので、帰ったのかも……なんだよね、あ、とっきょの歌は聴いたよ、これは本当だよ」


 またも下手くそな演技だったので事情を知る大寬と日高は頭を抱えた。


「あちゃ~、なにが"これは本当だよ"、よ……」

"ヘタじゃなぁ……"


 しかし、珠川えんはもしかしてと大寬をつついて真相を聞いた。


「(まやぁ、津名君となんかしていたん?)」


「(仕事よ、仕事)」


「(はぁ~、あんな日に?まさに神対応か~?おつかれーしょ。あ~、だからスヤネで遅れタン?昨日、もりアゲアゲだったの教えないと~。てか、私も参加したかったっしょっ!)」


 結局、事情も分からない津名は困り果てた。


「お前らしいなぁ……まさかと思ってたけど、マジだったか……」


「は、蓮沼、何があったのさ……」


 すると、蓮沼は電子黒板の横を指差した。


「アレを見ろってっ!よ~くなっ!」


 他のクラスメイト達も一斉に同じ場所を指差していた。津名はそこにあるものを見て唖然とした。


「……あっ!」


 そこには優勝トロフィーが立体映像として表示されていて、周りに優勝の文字やら、おめでとうの文字やらも表示されていた。しかし、津名はまだ何が優勝したのか分からず、戸惑っていた。


「ゆ、優勝?……あれ、な、なにが優勝したの?」


 これにはクラス中が一斉にずっこけた。


「うぉぉ~い……」

「がちボケ?」

「なんなん……」


 それには今度は大寬が説明した。


「バカねっ!私達のクラスの出し物よっ!」


「出し物……、配管工アクションゲームの出し物が?」


「そ・れ・がっ!一番人気だったのよっ!!」


「えぇっ!」


 津名はトロフィーをもう一度、じっくりと見つめ、ゆっくりと近づいた。


「い、一番……人気……?」


 近くまで寄ると、津名は涙を流し始めていた。


「う、うぅ……、ぐぐぐ……、うぅぅぅ……一番……い、一番……」


 蓮沼はそれ見たことかと思った。


「あぁ~、やっぱこうなった……。言ったとおりだったろ?」


 すでに津名は顔がボロボロになるぐらい涙を流していた。


「う、うぅぅ、うわぁぁぁぁん……、みんな頑張ったぁぁぁ……」


「遅いってんだよっ!」


 蓮沼は津名の肩に手を回して、お腹に軽くパンチを入れた。


「や、やった~~っ!やったよ、みんな~~っ!!うぅぅぅ……、ぐぐぐ……」


 津名はそれを振り払うように顔と両手を上げて叫んだ。その声と彼の涙でクラスメイト達も改めて優勝した喜びが溢れ出てきた。


「あははっ!グスッ……」

「そうだぜ、津名っ!!」

「な、泣くか?高校生だぜ……グスッ」

「やったんだよ、俺達っ!」

「沢山問題作って良かったよぉ~~、うわぁぁぁん……」

「絵も凄く気合い入れて作ったからねぇぇ……」

「そうだったよねぇ、グスッ」

「現場で運営した人達もお疲れだったよなっ!」

「立ちっぱは大変だったもんね」

「だよね~」

「今日は宴会だ~っ!」


 津名の周りは肩を取り合ったり涙を流したり、喜びで満ち溢れていた。彼はその中心で嗚咽が出来るぐらい泣いていた。


「ウッグ、うぅぅぅ……、あはは……、みんなすごいや……、うぅぅぅ……」


 日高も泣きながら声をかけた。


"津名氏ぃぃ……、タブレットも見るといいぞよぉぉ、うわぁぁぁぁん……"


 津名はタブレットを開いて目を丸くした。そこにはおめでとうや祝などのメッセージが溢れていたからだった。


「う、う……、こ、こりゃ駄目だ……。嬉しい……、嬉しすぎる……、あぁ、お父様……」


 皆で喜び合っていると、校内放送が流れた。それは生徒会からの挨拶でもあった。


“ おはようございます。生徒会長の長田です。今年も文化祭の準備から運営までお疲れ様でした。今年の文化祭は今までで最高の文化祭だったと思います。これはみんなで盛り上げた結果だと思います。改めてありがとうございました。間もなく立体映像を消す時間です。れ、例年通りカウントダウンを表示します。来年も是非盛り上げて下さいっ!……い、一年の津名っ!今、例年通りって言ったところで笑っただろっ!お前、お、覚えて……モゴモゴ……ピ~……ガ~……ボコ、ボコボコ……“


“……あ~、あ~、副会長の荒本です。会長が何か変なことを言いそうになったけど、つまり来年も期待しているよ、と言いたかったようです。え~っと、私からは一言っ!お前ら来年はもっと盛り上げろよ~っ!以上、生徒会でした~~っ!お疲れ様~~っ!“


“おま、俺の決め台詞……ゴボゴボ……“


“や、やめろって、これ以上、生徒会の品性を落とす……”


“け、消すね……、あっ、カウントダウン開始です……プツン“


 最後は書記の吉田の声で校内放送は途切れた。


 生徒達は何を聞かされたのだろうかと思ったが、ともあれ、「あと60秒」と表示され、カウントダウンは始まった。


あと59秒

あと58秒……


 それは徐々に減っていき、あと10秒となったところで生徒達はカウントダウンに声を合わせた。


「10っ!」

「9っ!」

「8っ!」

  ・

  ・

  ・


 その声は小さくなるどころか徐々に大きくなっていった。


  ・

  ・

  ・

「3っ!!」

「2っ!!」

「1っ!!」


 そして、ゼロと言った瞬間、学校中の生徒達は一斉にジャンプした。

 その瞬間、全てがスローモーションのようになり、その足達の着地音は学校を揺すった。皆が着地すると、文化祭を彩った立体映像は徐々に消えていった。


 津名のクラスメイト達も配管工アクションゲームの映像が消えていくのをじっと見つめた。

 それが消えてしまうと、みんなには胸に熱いものが込み上げていた。つまり、それが消えても彼らの心には何かが永遠に残っていることを意味した。


 端から見れば馬鹿げた出し物だったかもしれないが、それは彼らの未来への思いが込められたものだった。彼らは青春の一ページをみんなで作ったという自信に満ちあふれていた。


 全てが消えた後、また互いに手を取り合ったり、肩を組み合ったり、抱き合ったり、大声で叫んだり、拍手をする者もいた。


「お疲れっ!」

「ひょ~っ!」

「うぇ~~いっ!」

「ひゃっほ~~っ!」

「お疲れちゃ~~んっ!」

「ひゃ~っ!」

「やったよ~っ!」


 未来を担う若者達の歓喜の声と笑い声はしばらく消えることはなかった。


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